第176話、意志は強く、どこまでも
ガンティエ帝国は、周辺国から攻められて大変なようだが、俺たちヴァンデ王国も高みの見物をしているだけ余裕があるかというと、そうでもない。
いつ邪神復活を行うかわからない魔の塔ダンジョンの攻略。攻略は進んでいるが、果たして最深部はどこなのか。
「よく進んでいると思うんですよ」
王都冒険者ギルドのギルマス代理のボングは、そう言うのだ。
「アレス様が来られるまで45階で足踏みしていたことを考えれば、次で60階。15階も更新しているんですよ。しかも短期間に!」
そう言われると、異常なペースかもしれない。それでもここ最近は、何があるかわからない初見で挑んでいることもあり、以前のようなペースで攻略とはいっていない。
……犠牲者も増えてきているしな。
「ダンジョン攻略には、多くの冒険者が命を落としてきました」
ボングはしみじみとした調子で言う。
「ダンジョンに限らず、冒険者は獣やモンスター退治もしていますから、死と隣り合わせな職業ですよ。魔の塔ダンジョンだって、最初から開拓を進める段階で犠牲者は出ていました。これまでもそうですし、おそらくこれからもそうなのでしょう」
だから――
「ダンジョンを制覇することが、彼、彼女の犠牲に報いる方法なんだと思います」
「先人たちが切り開いた道か」
「……まあ、アレス様なら、自ら切り開いたのでしょうが」
「いや、俺も45階までは、先人の攻略情報を参考にしたからな。ありがたかったし、感謝しているよ」
「そう言ってもらえるなら、ギルドとしても、冒険者たちを支えてきた努力が報われるというもの」
「……前任者たちが帝国のスパイと共謀して、妨害したり不正を働いたりしていたがね」
「それを言われると、耳が痛いですが」
ボングは首を傾けた。
「攻略が停滞したのも、優秀な冒険者が妨害で命を落としたことを思えば、我々としても忸怩たる思いです」
「不正は一層された。今はそれでいい。お前たちにはよく冒険者たちを支えてもらっている。感謝している」
「もったいなきお言葉」
ギルマス代理は頭を下げた。
「……しかし、また一段と厳しくなりそうですね」
ギルドフロア。合同攻略パーティーは……集まらなかった。
アレスのパーティーの面々はいるが、それ以外のパーティーメンバーでいるのは、鉄血のリチャード・ジョー。グラムの土属性魔術師ドルーの二人だけだった。
「仕方がない」
俺も予想はしていたんだけどさ。
「59階での犠牲が大きかった」
死亡者も多かったが、重傷者も多かった。ウルティモのシガ、バルバーリッシュのカミリア、グラムのマルダン爺、個人勢のルエールなど、命を取り留めたが、傷も深く、完全復帰までにしばらく時間がかかる。……当然、それを待っている余裕はなかった。
リーダー格、トップランクの者たちの戦線離脱は、軽傷だった者たちの心を砕き、魔の塔ダンジョンに挑むことを恐れさせた。装備ロストもまた大きい。
「……まだ、間に合いましたでしょうか?」
バルバーリッシュのヒーラーにして、聖女と言われるティーツァがやってきた。
「こっちでよかったのか?」
重傷冒険者たちの治療もあるだろうに。
「命に別状はないところまで回復しました。リハビリは時間がかかるもの。それよりもアレス様をお助けせよ、とカミリア様の『命令』です」
自分たちは間に合わないから、ヒーラーとして最強の聖女を、手当てよりも攻略に送り込む――カミリアはそう判断したのだ。
「命令、か」
「まだ安静が必要なのに、攻略に参加しようとしていました」
ティーツァは上手く笑えなかった。
「ストップをかけないと、せっかくの治療も無駄になる――そう言い聞かせて、ようやく諦めてくれました。彼女、アレス様のお供ができなくて、ベッドで大泣きしていました。……彼女の分まで、私が皆さんのお役に立ってみせます!」
「歓迎する、ティーツァ。道半ばで脱落せざるを得なかったカミリアや仲間たちのためにも、攻略は成功させないといけない」
俺たちは、進み続ける。王国の住む民たちの安全と平和を守るために。邪教教団の野望は、何としても阻止しなくてはいけないのだ。
・ ・ ・
ヴェンデ王国で活動する邪教教団モルファーの者たちにとって、アレス・ヴァンデら冒険者が、迫っていることに強い危機感を抱かずにはいられなかった。
都教団の指導者であるリマウ・ランジャは、頭を抱えていた。
「マスター・ハディーゴ。いよいよ、彼らは60階に到達しました」
見た目子供のリマウを、老魔術師であるハディーゴは見つめる。
「ええ、実に。しかし59階で、冒険者グループにかなりの打撃を与えたことは事実。もう一息でずぞ」
「それは、向こうにも言えるのでは? あと6階しかありません」
リマウの冷え切った目。しかしハディーゴは怯まない。
「こちらが苦しい時は、相手もまた苦しいものです。意志を貫き通した者が勝つ。それが戦いというもの」
「……」
リマウは押し黙る。邪神復活に必要な魔力は、まだまだ足りない。
「さすがに時間切れでは?」
「足りないのならば、自然に任せるのではなく、こちらから足してやるのも手やもしれませぬ」
ハディーゴは事務的に告げた。
「つまりは、生贄ですな。多少不安定ではありますが、復活の儀式に必要な魔力を補うことができるかと」
「贅沢は言いたくはありませんが、生贄は不安定です。成功率……下がりますよ?」
「その前にアレス・ヴァンデらが、ここに辿り着いてしまえば、成功率はゼロですよ」
しれっと上級魔術師は告げた。
「それならば、多少失敗率が上がろうとも、実行することが大事ではなりませぬか?」
「その失敗した時のリスクもまた大きい」
リマウは、ハディーゴを睨んだ。
「国だけでなく、我々も滅びますよ」
「繰り返しますが、彼らが来てしまえば、どの道、我々は滅びます」
まったく揺れることなく、ハディーゴの声は鋼のようだった。
「滅び方について、後悔のないよう、マスター・リマウにはご判断頂きたく」
「……わかりました」
どうせ破滅ならば――リマウはため息をついた。
「みっともないと思うでしょうが、アレス・ヴァンデたちが65階までに倒れてくれることを祈りますよ」
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