第179話、不死の呪い
これはペースも落ちるというものだ。
俺もソルラもパッと見では怪我は治っているようだが、まだ完全回復とは言い難い。俺の不死の呪いといっても、瞬時に全快するとか、都合よくはできていない。
しかし……どうしたものか。
俺はここにきて、ちょっと考えている。今もパーティーに参加している面々に対して、一時的に『不死』の呪いを与えておくべくか、と。
さすがにここまで来るのに犠牲が大きかった。合同攻略パーティーは、壊滅的な状態で、もやは解散も同然だ。
魔の塔ダンジョンも殺しにきているのだから、仲間たちが死なないように立ち回るのは当然のことで、万が一の事態に備えておくべきではある。
だが……だがね、『不死』というのは、たとえ呪いといえど、人を惑わす力にもなる。
一時的のつもりだから、後で回収するつもりだが、死なない力を手に入れてしまい、それを奪われることを嫌がる者もいるのではないか?
これは暗殺者であるベルデがー、とか言うつもりはない。ふだん聞き分けがよくて真面目なソルラだって、物事を単純に見ているシヤンだって、例外ではない。
普通の人だからこそ、不死という誘惑にかられるものだ。不死の力どうこうで、対立――なんてこともある。人はもらった力は受け入れるが、奪われることには、それが些細なものであろうとも拒否反応を示す。
それでも……死んでしまうよりは、いいのではないかと思うが、人間の心というものはわからないものだ。たった一つの亀裂が原因で、決別なんてことも起こりうるのが人間だ。
特に不死なんて力ともなると、それを得るために手段を選ばない者もいるだろう。……気がかりといえば、リルカルムもそうだ。
彼女もまた不老不死の呪いを持っていた。それを俺がカースイーターで奪ってしまい、渋々俺に従っている。魔の塔ダンジョン攻略と、いい子にしていたら返してやる、という条件付きで、だ。
非常に頼もしい魔術師ではあるが、災厄の魔女と呼ばれた凶暴性、残虐性は今も彼女にはあって、俺たちの敵ではあるガンティエ帝国に対する報復では、彼女は嬉々として実行する。
敵が共通している時は、本当に頼もしいのだが、彼女に不死を返す時、果たして大丈夫なのか? 過去の悪夢を引き起こすが如く、自由気ままに破壊と殺戮を繰り広げないか、心配である。
そんなリルカルムがいる以上、不死の呪いを与えて、ダンジョン攻略します、なんて言えないわけだ。
彼女だけ与えなければ、不公平感で出て、もしかしたら精神的に改善しつつあるリルカルムを災厄の方向へ引き寄せてしまうかもしれない。
本当に善い方向へ導けているのなら、不死の呪いを返すのは約束通りだ。しかしそうでないなら……、約束を反故にする可能性も出てくる。
そしてそれを返す前に見せてしまうと、裏切られたと判断してリルカルムが闇に囚われるのは確定だろう。
そもそも、災厄の魔女を作り出したとある国は、彼女を呪いの実験台にして、苦しめ、裏切り、報復されて滅んだのだ。
たぶん、今もリルカルムは、裏切り、嘘、約束を守らないことに対しては、人一倍過敏に反応すると思う。
……結局、俺が彼女を信用できるかどうかなんだ、この問題は。
リルカルムに関しては、魔の塔ダンジョン攻略の暁に、大丈夫と判断すれば呪いを返すことになっている。早かれ遅かれ、その時は来てしまう。
俺が不死の呪いを一時的とはいえ仲間たちに渡すというのは、リルカルムの今後を見る上でも、非常にデリケートな問題なのだ。彼女の場合は、不死の呪いを貰えるというのは、一時的も関係なく、俺たちと一緒にいる理由がなくなって、そのまま逃げることもできるわけだから。
かといって、制限をつけたら『ワタシを信用していないの?』と裏切りの理由を与えることになってしまう。
と、くどくど考えた結果、仲間たち、そしてリルカルムにも知らせず、こっそり不死の呪いを授け、終わったらまたこっそり返してもらうことにした。
世の中、知らないほうがいいこともある。
・ ・ ・
「アレス、ちょっといいですか?」
「どうした、ジン?」
ダンジョンから冒険者ギルドに戻り、ギルマス代理のボングに報告しようと思っていたところ、ギルドで解体作業をする回収屋のジンが声を掛けてきた。
「大事な話なので、二人だけで話せませんか?」
「……いいぞ」
他のメンバーは、回収屋の弟子であるラエルを除けば、大公屋敷に帰してある。ソルラはよく俺に同行したがるが、今回は彼女が療養組だから、シヤンやベルデに取り押さえられるような形で、半ば強制帰宅させた。
王都冒険者ギルドの相談室を借りて、俺はジンと一対一で向き合う。
「で、話とは?」
聞いてみるが、しかしジンは迷っているようだった。
「正直、アレスの決めたことに私がどうこういうものでもないのは承知しているのですが……ちょっと面倒な話、気になったもので」
「気になっていることは、言ってくれ」
特に魔の塔ダンジョンとか危険地帯へ行くことを考えれば、そういう懸念、気がかりなどは極力解消しておくに限る。言うか言わないかで迷って、手遅れになることもあるから。
「……アレス。黙って不死の呪い、皆に与えましたね?」
「!」
言葉に詰まった。バレないようにやったつもりだし、不死の呪いは呪いオーラが出ないほうだから、外見にも変化がなくバレないと思ったのだが。
「話づらいでしょうから、私のほうで勝手に喋りますが、私は呪いについては、人一倍敏感で、そういうのがわかる、というかちょっとした異質な体質なんですよ」
俺は不死の呪いを与えたが、ジンは体質でわかったらしい。そういうのもあるのだろう。完全ではないが、リルカルムも呪いに関して特殊体質であり、それが彼女を災厄の魔女にする一因となった。
「……ひょっとして、リルカルムも気づいたかな?」
彼女は何も言わなかったけど。特に痛みが出るとか、違和感が出るような呪いではないから、まず気づかれないと思うのだが……。リルカルムは何も言わなかった。
「……その口ぶりでは、アレスの方が気づいていないですね」
「何の話だ?」
ジンの言葉に、俺は首を捻る。俺が、気づいていない?
「私は『鑑定眼』のスキルを持っています。あまり人には言いたくはないのですが、見た人の状態や能力などがわかるのですが……。リルカルムは、あなたが不死の呪いをこっそり与える前から、すでに不死の呪いを獲得していますよ」
な!? なにぃ……。リルカルムが、すでに『不死』、だと?
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