第180話、しれっと不死者


 ジンの口から、リルカルムはすでに『不死』であることを聞かされ、俺は衝撃を受けた。


「一体いつの間に……?」

「正確にいつとまではわかりません。私も、意味もなく他人を鑑定したりしないですから。今回、アレスが私に不死の呪いをお裾分けしようとしたのを見て、確証を得るために仲間たちを鑑定したら、わかったわけですから」

「……なるほど」


 きっかけがなければ、ジンも仲間を鑑定することなく、その場合、リルカルムがすでに不死者であることに気づかなかった。


「どうやって不死の呪いを身につけたんだ……?」


 俺は、初対面の時にリルカルムの呪いをすべて吸収した。あまりに濃密で周囲に害があるレベルで呪いをまき散らしていたからだ。そこで不老不死の呪いも吸収してしまい、リルカルムはそれを返してほしくて、俺に協力しているのだ。


「不死の呪いを得たなら、もう俺に協力することもないじゃないか……?」


 何故、今もパーティーに同行して、ダンジョン攻略に協力しているのか。


「本当に心当たりがないんですか?」


 ジンは眉をひそめた。いや、わからん。


「だとしたら、彼女は義理堅いのかもしれませんね。ダンジョンを攻略する約束を、きちんと果たそうとしているのかもしれない」

「……だとしたら、俺はもう少し、彼女のことを見直し、いや信じるべきなのかもしれないな」


 報復の苛烈さ、残虐さばかりを気にして、それ以外のリルカルムの、たとえば美点になりそうな部分を見逃していたのかもしれない。


「人間というのは、実に多面的な生き物です」


 ジンは言った。


「たとえば、『優しい』一つをとっても、突き詰めていけば、人によって解釈は異なるでしょう。ある人は『あの人は優しい人』と言うが、別の人は『あの人は全然優しくない』と言う。……そういうものです」


 尺度の違い、解釈の違い。


「見方の違い、ですね。ある人はリルカルムを残虐と言えば、ある人は『敵に容赦ないだけ』と言うかもしれない」

「……ジンは、後者なのか?」

「リルカルムが残虐なのは事実ですよ。ただ、味方にまで残虐かと言われると、それも違うんじゃないかと思うだけです」

「確かにな」


 呪いを返してほしくて『いい子』を演じているだけかもしれないが、仲間でいるうちは、知識も能力も頼りになる女性だ。それは間違いない。


「それにしても、本当にどこで不死の呪いを手に入れたのか……」


 俺は考える。魔の塔ダンジョンに、不死の呪いを持った敵がいたとか? しかし、そういうのがいたという記憶はない。

 ジンも机に肘をつき、手を組んで思案する。


「可能性が高いとすれば、魔の塔ダンジョンなんですがね。彼女、あれで道中の呪いは、隙あらば吸収していましたから」

「そうなんだよな。だが俺たちが気づかないうちに、不死の呪い持ちと遭遇したか? というか、そういう敵と出会えば、気づくよな」

「呪いであるなら、まずアレスが対処するでしょうから、我々の誰も気づかないというのは、よほどの幸運がないと無理では?」


 リルカルム以外が、その敵が不死身であることを気付かずに、彼女がそれと戦い、不死の呪いを吸収する……。うん、無理だな。


「そうなると、どこか別のところで手に入れた」

「そうなりますね。ただ、そんな不死になる呪いが、そんな簡単にあるわけがないという問題もありますが」


 それな。王都中を徘徊すれば、見つかりますよっていうものでもない。そんな手軽に不死にまつわるものがあってたまるか、である。


「となると、出所は、アレスなんじゃないですか?」


 ジンは、俺をじっと見つめた。


「そんなポンポン見つかる代物ではない以上、可能性とすれば、あなたから不死の呪いを手に入れたと考えるのが普通かと」

「俺にはまったく心当たりがないんだがな」


 寝ている間にこっそり忍び込んで、俺から不死の呪いを吸収したとか? いや、それが可能だとしても、もっと色々吸い取るだろうし、そうなれば俺もわかるんだよな。なくなったらさ。


「誰かに渡しましたか? 例えば、王様とか」

「いや、ヴァルムや親戚一同には、不死の呪いを与えてはいないよ」


 命を狙われていたんだから、与えるべきだったか? 親族だからと、深く考えずに授けていいものではないだろう。


「そもそも、頼まれたって、その場で渡すようなものでもないぞ、不死の呪いは」

「ですよねぇ……それが通るなら、今頃、あなたの前には不死の呪い欲しさに行列ができていますよ」


 あまり考えたくないな、そういうのは。だが、ジンの言うようにまったくないとも思えない。人間とは、本能的に死を恐れるものだ。


「というか、ジン。お前は、俺が不死の呪いを与えた人間から、リルカルムが吸収したと思ったのか?」

「あなた本人に心当たりがないのなら、その可能性が高いかな、と」


 ジンは頷いた。


「で、います? 呪いを授けた人間は」

「いないだろう。……瀕死の仲間に使ったことはあるが、きちんと全員回収したから、そこから吸収はない」

「敵はどうです? アレスは時々、敵にも呪いをぶつけますよね?」

「不死の呪いを敵にかけるなんてことがあるか? ……いや、待てよ」


 そもそも、相手が死にたくても死ねなくするのが、この不死の呪いの本来の使い方だ。そういう原点の使い方で振り返ってみれば。


「黒バケツ隊だ」


 重罪人に、死刑ではなく、与えた損害分を全額払わせるまで死なせないために不死の呪いを、その他苦痛を伴う呪いと共に重ねがけした。不死の労働奴隷。生きた地獄。それらを死なない兵として、使役していた。大公屋敷ほか警備任務などに用いているが……。


「ひょっとしたら、リルカルムは、黒バケツ隊の誰か一人から、呪いを吸収したのかもしれない……」


 彼女は呪いに耐性がある。苦痛を伴う呪いも、ほぼ無害なものにできる特異体質だ。それらもろとも、黒バケツ隊の懲役のつもりで使った不死の呪いを回収したのではないか。


「一番可能性が、ありますね」


 ジンも同意するように頷いた。


「じゃあ、その黒バケツ隊、一人足りないってことになりますか?」

「不死の呪いがなくなれば、殺せるからな。こっそり始末して、処分してしまえばわからない」


 何人いたっけか、黒バケツ隊。肝心の俺が、全員を覚えていないというね。全員胸くそな前科があったことは共通しているが、特にコミュニケーションをとっていたわけでもないから、印象どころか名前すらうろ覚えという始末だ。

 全員集合をかけたとしても、たぶん俺、誰がいないかわからない自信があるわ。


「で、どうします? この件は?」


 ジンが確認する。そうだな。こっそり不死の呪いを与えたら、もう持っていた、ということではあるが、彼女はこれまで通り、魔の塔ダンジョンの攻略に協力している。


「しばらく様子を見よう」


 もしかしたら、本当に彼女は今回の攻略を通して、社会復帰できる程度に性格面で改善が見られるかもしれない。不死の呪いを得て、悪の道に走るとしても、再び呪いを吸収すればよいだけのことだ。今、彼女が呪いを保有していることを覚えておけば、奇襲されることはないだろう。


「むしろ下手に波風を立てて、彼女の機嫌を損ねるのはよろしくない」

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