第239話、帝国を操るために


 ガンティエ帝国の戦況は、ひとまず落ち着いた。

 俺は、帝国を離れて、ヴァンデ王国に戻り、弟であるヴァルム王と近況報告なり、今後の推移などを話し合う。


「王城の雰囲気が明るくなった気がするな」

「そりゃあ、兄さん。王都からあの忌まわしき魔の塔がなくなったからね」


 ヴァルムは機嫌がよかった。


「三十年近くそこにあったものがなくなった。生まれからずっとアレを見てきた世代には、違和感だろうけど、僕らにとっては昔のヴァンデ王国が戻ってきたようで嬉しくある」

「確かに」


 俺自身は、その三十年を知らないのだが、王都に戻ってきた時の塔の存在は、今の世代とは違う意味で違和感だった。俺にとっては、ないほうが自然だったわけだから。


「今、その魔の塔は帝国にある」


 ヴァルムは顎髭を撫でた。


「あの塔を制御しているのが兄さんだからいいものの、世間的には、ガンティエ皇帝が手中に収めたことになっている。周辺国もピリピリしているようだよ。帝国人が魔物軍団で周辺国を攻撃してこないか、とね」

「あれの存在が、帝国を守る抑止力になっている」


 ハルマーとハルカナ、二国が帝国を攻め立て、他の国にも帝国打倒の機運が高まっていた。しかし、魔の塔が帝国に現れ、皇帝が支配していると聞いて、下手にちょっかいを出せば報復されると警戒してしまったわけだ。


 それが東と南に戦力を振り分け、その他をガラ空きにしたにも関わらず、隣接する国々が動かなかった理由である。


「東方戦線は、増援を得たナジェ皇子がハルマーを国境線を押し戻すことに成功した」

「やるもんだなぁ。一時は帝都にまで届きそうだったのに」

「俺たちが介入する前から、あそこは皇子が何とか戦線を支えていたからな」


 そっち方面に才能があったんだろうな、ナジェには。限られた戦力で、よく頑張っていたよ。


「南方戦線も、ジャガナー大将軍の主力のおかげで、ほぼ危機的状況は去った。ハルカナも一度態勢を整え直して、仕切り直しというところだろう」

「さすがは帝国の大将軍というところか」


 ヴァルムは感心とも呆れともとれる調子で言った。


「あれの介入で、南方戦線を落ち着けてしまうとは……。ハルカナが帝国との戦いを諦めて講和してしまうのではないか?」

「戦いが長引けば、かもしれないな。ただハルカナにしろ、ハルマーにしろ、この状況で戦争を降りることはないだろう。それは帝国相手に屈したことになるからな」


 国への介入、あるいは王族への攻撃を受けて、相応の復讐をしないと収まりがつかないのだ。


 その点で言えば、ハルマーは、帝国の第一皇子を処しているので、停戦してもある程度言い訳はできるかもしれない。いや、ハルマー人の気質を考えれば、もう一人、帝国の一族を殺さねば、つりあわないか。


「ハルマーは、しばらく帝国への復讐戦をやめないだろうから、ナジェも東方戦線から動けないだろう。しかしジャガナーが相手しているハルカナは、案外脆いかもしれない。一応、皇帝命令で、国境線まで押し返せとはなっているが、ラインを越えて攻めることは許可されていない」


 こちらとしては、戦況が膠着して睨み合ってくれるほうが都合がいい。


「しかし、ジャガナーは、皇帝に対する不信感を抱いている。ちょっと余裕ができると、ナジェをそそのかして、皇帝排斥に動くかもしれない」

「実に面倒だ」


 ヴァルムは口をへの字に曲げた。


「何事も簡単にはいかないな」

「まさに。ただ、人間というのは、余裕がなければ余計なことを考えないものだ。皇帝への反逆も、それを考える余裕をなくせば防げる」

「つまり……?」

「南方戦線の帝国主力軍を削る」


 帝国主力の戦力が減れば、ハルカナとの戦力と拮抗し、他のことに戦力を避けなくなる。たとえば帝都に乗り込んでクーデターを起こすのに必要な戦力とか。


「仮にジャガナーが皇帝に反旗を翻しても、その帝都には、魔の塔ダンジョンのモンスター軍がある。これを黙らせて、皇帝の身柄を押さえるのは、相応の戦力が必要になる」


 モンスター軍は、帝国の人間ではないから、同士討ちになっても、一切躊躇いがない。皇帝に逆らう者は容赦なし――というより人間を区別しないから、皇帝親衛隊以上に迷わないだろう。寝返ることもないしな。


「なるほど、ジャガナーも戦力を削られれば、したくても反乱できないというわけか」

「背中にハルカナがいる以上は、下手に動けば刺される」

「さすがだ兄さん。それで、帝国主力の戦力を具体的にはどう削る? 別戦線に移動させるのかい?」

「皇帝の命令で部隊を引き抜くのは、あからさま過ぎる。逆にジャガナーの皇帝への反逆ポイントが上がる」


 やはり皇帝は、独断で動いたことを根にもっていて、大将軍の地位を奪おうとしている――そう、ジャガナーが判断してしまえば、やられる前にやれとばかりに行動を決意させてしまうかもしれない。


 先にも言ったが、ジャガナーの皇帝への忠誠心はすでに揺らいでいるのだ。


「そこで、リルカルムに頼んで、光の雨魔法を、帝国主力軍にぶつける」


 帝都や、皇帝のいる場所に降ってきて、城を破壊したあの魔法だ。今回は拠点一つ潰すような激しく一気に削るのではなく、ちまちまと削る。


「何故、彼女なんだい、兄さん?」

「あの光の報復魔法は、魔の塔ダンジョンが絡む前から使われているから、皇帝サイドが使うとはジャガナーも思わない」

「むしろ、あの攻撃は皇帝が標的だったからね」


 ヴァルムはニヤリとした。皇帝がいる場所が狙われていたから、攻撃している犯人は、皇帝本人とはどう考えても結びつかないだろう。


「で、報復の光が攻撃していたのは、実は皇帝ではなくジャガナーだった、と思わせたいな」

「ほう……」

「あの大将軍は常に皇帝のそばにいた。誰もが皇帝が狙われていたと思っていたが、南方戦線のジャガナーのお膝元に報復の光が落ちたら?」

「実は疫病神は、皇帝ではなく大将軍だった、と帝国民は思うかもしれない」


 そこでヴァルムは悪い顔になった。俺は続けた。


「ジャガナーのいる所に報復の光魔法が降るとなれば、皇帝が彼を南方戦線に張り付けても疑いはもたれないだろう。家臣団も、大将軍がそばにいなければ攻撃されないとなるからな」

「そうやってジャガナーを中央に近づけず、ハルカナに張り付けておくわけだ」

「彼を中央から遠ざけておけば、皇帝が帝国の資産を他国へ流していても、咎めにくくなる。こちらとっては都合がいいさ」


 まあ、リルカルムにやらせるのは、彼女の攻撃衝動の捌け口の意味合いもあるけど。

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