第119話、大公 対 伯爵令嬢


 冒険者ギルドの裏手にある演習場。実技昇格試験の場でもあるが、もう懐かしさを憶えるのは何故なのか。


 カミリア嬢は、殺意マシマシで、周りの声にも耳を貸さない状態。油断なく俺を見据えて、いつでも戦えるように構えていた。


 仲間たちや他のパーティーメンバーたちも、事のなりゆきを見定めるためについてきている。何気にリチャード・ジョーら鉄血の騎士たちが、俺とカミリア嬢の間にいて、突発的な戦闘にならないように気を遣っていた。


 どうにかこうにか、演習場へ到達。俺が場に上がれば、反対側にカミリア嬢も上がる。冒険者たちは周囲を取り囲む。


「どうしたら、私を本物と認めてくれるのかな?」

「……悪魔は、殺す」


 カミリア嬢はロングソードを構えた。


「わたくしたちの英雄、アレス・ヴァンデ様の名を騙った罪を、地獄で後悔するがいい!」


 話にならないな。彼女は俺を殺す気だ。偽者で、悪魔と決めつけられているから、そうもあるか。


 しかし俺としては、彼女を殺すわけにはいかない。大公に対する不敬罪、反逆罪にも問えるといえば問えるのだが、カミリア嬢の根底には、英雄王子と言われた俺への尊敬の念がある。


 あれだ、本物への愛が強すぎて、偽者を絶対許せない女子になっているのだ。そこまでの敬意を抱かれていると、果たして不敬なのかわからなくなってくる。彼女が向けているのは、俺への不敬でも反逆でもなく、偽者を殺す精神なのだ。本物万歳――それすなわち俺への信奉というわけだ。ふふん、可愛いじゃないか。


 カミリア嬢に、俺が本物だとわからせれば、万事解決だ。そのためには――


「お前を負かそう。なに、殺しはしない。お前には魔の塔ダンジョン攻略のための役に立ってもらわないと困るからな」

「戯れ言を! 悪魔よ去れっ!」


 カミリア嬢が突っ込んできた。む、この動きは!

 瞬間移動にも等しい、一陣の突き。剣術の基本『点』――ただ一点を突き、貫くそれ。


 剣術『しゃ』。俺はカースブレードを抜剣。的確に俺の心臓を狙った突きを弾く。


「なにっ!?」


 カミリア嬢が驚愕する。必中、必殺を確信していたのだろう。だがその突きをあっさり上へと跳ねられ、目を見開く。


 剣術『乙』。


 素早く手首を返し、斬りかかる。カミリア嬢は素早いバックステップで距離を取った。少々、取り過ぎとも思えるほど後退したのは、思い切り跳んだからだろう。素早ければ素早いほど、跳ぶ距離も大きくなる。


「……この技は――!」


 基本技だよ。俺には派手な技はいらないからな。すっと剣を構えて、カメリア嬢と対峙する。自然の構え。これを見て、カメリア嬢の表情がみるみる怒りに染まる。


「そ、そんなところまで真似をして――! 許せないっ!」


 真似もなにも、誰もが知っている基本技なのだが。偏見か、果たして思い込みかは知らないが、一度間違った認識で見てしまうと、中々疑わないんだな。

 まあ、無理もない。国王陛下よりも若い姿で戻ってきても、信じられないのも仕方ない。


「雷神よ、我が剣に宿り、敵を撃て!」


 カミリア嬢の剣に稲妻が走る。それを俺へと向けると、電撃が放たれた。カースブレードで防御。雷の放射は、剣によって防がれる。


「なっ、その剣は――!?」

「悪魔を殺し過ぎて呪われてしまってはいるが、この剣は魔力が大好物でな。魔法は喰らうぞ!」


 だから――カースブレードで電撃を吸収しながら、俺は踏み込み、一気に距離を詰める。


「!?」


 カミリア嬢が息を呑んだのがわかる。ほんの刹那。俺の一突きは、彼女のロングソードの先端に当たり、力でその剣を弾き飛ばした。


 剣術『点』とは、こうやるのだ。


 場外へ飛ばされた剣。カミリア嬢は追撃を警戒し、手で自身を庇いながら身を引き、尻もちをつく。


「お嬢様!」


 バルバーリッシュの仲間たちが声を張り上げる。心配無用。俺は彼女を殺さないよ。カースブレードを鞘に収める。


「いい腕だった。相当修練を重ねたようだ。いい剣士だよ、カミリア嬢」

「あ……」

「さすがは45階到達した実力者だ。感服した」


 さあ、終わり終わり。決着はついた。周りがざわついているが、まあいいだろう。


「ま、待って!」


 演習場から下りようとする俺を、カミリア嬢は呼び止めた。


「何故、剣を引いたのですか……?」

「王国臣民を意味なく殺す理由はないからな」


 お前は俺を悪魔と勘違いした、ただそれだけだ。


「それは……しかし、わたくしは、あなたを殺そうとしたのに……!」

「間違いは誰にだってある」


 魔の塔ダンジョン攻略のための貴重な戦力を失いたくないからな。ここでカミリア嬢を処してしまうと、バルバーリッシュの戦士たちも攻略に参加しないだろう。無理やり参加強制してもチームワークは期待できないのは、マイナスだ。


「本当に……アレス・ヴァンデ様、なのですか……?」

「さっきからそう言っているんだがな」


 まだ信じてもらえないのか。これには苦笑するしかない。


 リチャード・ジョーたちが感嘆したような目を向けてくる。アルカンのベガが穏やかな表情で頷けば、ウルティモの面々は何やら剣術談義をしているようだった。すまんな、基本技しか見せなくて。


 ボングは酷く緊張していたのか、大汗をかいていた。ギルマス代理として、ここで俺の身に何かあったら自分もタダでは済まないと思ったのだろう。ま、ヴァルムはお怒りになるだろうな。仕掛けられた勝負とはいえ、悪いことをしたかもしれない。


「お疲れ様です」

「ありがとう、ソルラ」


 仲間たちが迎えてくれる。シヤンが手を挙げた。


「いい勝負だった。アタシも戦いたくなったぞ!」


 強いヤツを見るとウズウズする病気かな? そんなシヤンをよそに、ベルデが皮肉げな顔を向けてきた。


「あのお嬢様には、何かの処罰はしねえの? 大公の命を狙い、あんたを侮辱したんだぜ?」


 お前が言うか、元暗殺者め。


「言ったろ? 間違いは誰にでもあるってさ。それに彼女は俺を侮辱していないよ」


 だってそうだろ?


「会ったこともない五十年前の俺を尊敬し、あそこまで本気で怒れるなんて、悪い気はしないよ」


 そこまで俺のことを思ってくれていたからこそ、偽者は許せなかったんだろうから。そこらの大公を馬鹿にしたり、不敬を働いた奴らとは全然違う。

 リルカルムが肩をすくめた。


「案外、甘いんじゃない、大公サマ?」

「俺は味方には優しいんだ」


 その代わり、敵には容赦しないがね。

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