第120話、ファート家の謝罪


「申し訳! 申し訳ございませんでしたぁ!」


 カミリアが周囲の目も憚らず、跪いた。

 模擬戦というと厳密には違うのだが、彼女は俺を本物のアレス・ヴァンデと認めてくれた。


 ただ幾ら偽者が許せないからと、本物の俺に剣を向けた。彼女は俺を本気で誅しようとしていたわけで、如何なる理由であろうとも王族で、大公にそれは許されるものではない。まあ、俺は許すけどね。

 しかしカミリアは平伏したまま言う。


「この罪、万死に値します! 自害することをお許しください! それで気が済まないのであれば、アレス様の思うままわたくしを処刑してくださいませっ!」


 周りもドン引きなご様子。頭を下げ、貴族が地面にひれ伏しているという光景にもかかわらず、何ともいえない微妙な顔になっているのは、当のカミリアが潔過ぎるからだろう。


 跪きながらも、腹に力を入れた声。弁明もなく――というか、俺との模擬戦の経緯は、皆も見ていたし、今さら言い訳の必要を誰も感じていなかった。


 周りは静かだった。俺が、カミリアにどのような処罰を言い渡すのか、見守っているのだ。

 仲間たちは、カミリアよりむしろ俺を見ていた。ソルラなどは気まずいのか、『何かおっしゃってあげてください』って目をしている。……俺、処罰しないって言ったよね?


「カミリア嬢」

「はっ!」

「顔を上げろ」


 そこでようやく頭を上げた。泣きそうな顔をしていた。あ、やっぱり何らかの処罰が来ると想像して怖くなったか……?

 見つめ合う数秒。いや、それは数秒だったのか? 長く感じたが、それはどうやら俺だけではなかったようで、カミリアが口を開いた。


「自決をお許しください……!」


 俺が黙っているので、自分の手で始末をするつもりのようだ。この期に及んで、命乞いをしないとは。忠臣の鑑である。


「許さない。己の責を感じるならば、私に尽くせ」

「……! ははぁーっ!」


 再び頭を下げるカミリアである。周りの冒険者――特にリチャード・ジョーやその仲間たちが驚いている。


「次に稽古をつけてほしい時は、もう少し穏やかに頼むよ、カミリア」


 どういうこと?――ボソリとリルカルムが隣のソルラに聞いたのが、耳に届いた。そのソルラも小声で返す。


「さっきの決闘を、剣の稽古ということにしたんですよ。剣の稽古だから、カミリア嬢は何も罰せられるようなことはしていない、とアレスは言ったんです」


 解説をありがとう。そうなんだよな、俺が許しても、周りがね。大公に刃を向けた事実に対する罰、つまり落とし前が必要だと騒ぐわけだ。本人がいいって言っても、『それでは周囲に対する示しがつきません』ってやつだ。


 だから、強引ではあるが、カミリアが俺と剣の稽古をしたくて挑発した、という体裁で済ませたわけだ。強引過ぎるパワープレイなのは認める。


「はいっ……。申し訳ございませんでした! アレス様の寛大なる御心、このカミリア、絶対の忠誠にてお応え申し上げます!」


 うんうん、少し暑苦しい感があるが、この娘、純粋のようだし、俺もこの判断に後悔はしていないよ。


「アレス・ヴァンデ殿下ぁ!」


 場外から野太い男の声がした。あまりに力のこもった声に、冒険者たちも振り向く。七十代くらいの老貴族が、急ぎ駆けてくるのが見えた。


 おやおや、すっかり歳をとったがファート伯爵……? だよな? 五十年も経ったからか、彼のお爺さんと勘違いしそうになった。

 カミリアが目を見開く


「お爺さま……! 何故ここに!」


 頭の中で、そのお爺さんが誰を指しているのか軽く混乱してきた。祖父なのか祖父の祖父なのか、ファート伯爵の若い頃の姿を知っているから余計にたちが悪い。


「孫娘が、とんだご無礼を!」


 膝をついているカミリアをみて、察したようにやってきたファート伯爵は俺のもとにきて跪いた。


「顔を上げろ、ガルク。ただの稽古だ。お前が頭を下げることはない」

「は……稽古?」


 大方、ギルドでカミリアが俺に剣を向けて、慌てて駆けつけたというところか。こんなにすぐに来たということは、それとは別に俺に挨拶するつもりだったのかもしれない。


「まあ、立て。古き友よ」


 話をしよう。



  ・  ・  ・



 冒険者たちを解散させて、俺たちは冒険者ギルドのギルドマスターの執務室に移動した。ここは貴族などの来客に対応できる応接室も兼ねている。


「一カ月ぶりに、孫娘が冒険者に復帰すると聞いておりまして――」


 ガルク・ファート――先代伯爵は鷹揚に言った。今は伯爵の位を息子に譲り、ご隠居なのだそうだ。

 若い頃はガッチリ長身の人物だったが、七十を過ぎて、すっかり背が縮んでいた。顔つきは変わらないように思えるが、肉が落ちたな。


 聞けば、カミリアは、ダンジョン44階を突破したものの、足を負傷したために、治療とリハビリに時間がかかっていたのだという。次が未踏の45階だから、じっくり確実に治して挑むつもりだった。


 だから、ここまで俺との会う機会もなく、今日ここで初顔合わせとなったのだが、ガルクのように七十代どころか二十代の俺を見て、偽者だと勘違いしたらしい。


「殿下と顔合わせをするのを孫娘は楽しみにしておりました。そして私もまた、殿下にご挨拶がまだだったので、彼女の後になりますが、この隠居めも、と赴いたのですが……よもやあのような騒ぎになろうとは……」


 ガルクの言葉に、カミリアが真っ赤になって縮こまる。そうやって並んでいると、祖父と孫なんだよな。……俺にはそういう家庭を持つ機会がなかったからな。少し羨ましい。


「単なる稽古だ」


 せっかく不問にしたんだ。蒸し返してやるな。


「カミリアは中々の腕だったぞ。さすがお前の孫だ」


 五十年前、ガルクもまた勇猛果敢な騎士だった。それを知っているだけに、カミリアの腕のよさも納得だ。

 そのカミリアは、ますます顔を赤くして小さくなるのである。


「魔の塔ダンジョン、それも未開の45階に挑むのだ。同行する仲間の腕が確かなのは、心強い」

「殿下……」

「アレス様……! 身命を捧げ、貴方様に必ずや勝利を!」


 カミリアが立ち上がり、胸に手を当てた。……うん、五十年前、ガルクもそれを言った。本当、被ったなあの頃に。

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