第121話、動けぬ者、動ける者
ガルク・ファートは、俺と話している間に、昔のように生き生きしてきた。
「私も、殿下と共にダンジョンに行きますぞ!」
齢七十超えの老公が、魔の塔ダンジョンに挑むなどという始末。いやいや、さすがに歳を考えろ、と。五十年前は、バリバリの闘士だったが、今じゃ昔のような重装備で戦場なんて無理だろう。
それを思ったのは、孫娘であるカミリアも同じだったようで。
「お爺さま、ご無理なさらないように! お歳を考えください」
「何を言う。お主に剣を教えたのは誰だと思っておる?」
お、ガルクがカミリアを鍛えたのか――
「母です」
カミリアがきっぱりと言い、ガルクががくりときた。
「私も教えたぞ! 若い頃はヴァンデ王国にその人ありと言われた騎士にして、王都守備軍の将軍も務めたのだぞ!」
「はいはい。お爺さまの武勇伝は知っていますから」
いなすようにカミリアが言えば、ガルクは渋い顔になる。言い出したら、結構頑固だったよな、こいつも。
「ガルク。気持ちは嬉しいがな、お前、魔の塔ダンジョン45階まで辿り着いていないだろう?」
「う、それは……」
「今からお前が追いつくまで待っている時間はないぞ」
歳がどうとか、実力がどうとか言わず、ダンジョンの仕様を盾に諦めてもらう。実際、本人が辿り着いていないと、挑めないシステムである。
「むぅ……。もう少し若ければ、あっという間に追いついてみせるのに……」
ガルクは大変悔しそうに言った。さすがに難度の高い45階まで一気に駆け抜ける体力がないことは、自覚があるようだ。
「無念です。今一度、殿下と共に戦場を駆けたかった……」
「その気持ちは頂いておく」
俺は自身の胸を軽く叩いた。
「お前の闘志、挫けぬ心は我と共にあり、だ」
「殿下……」
ガルクは涙ぐむ。そんな祖父の姿に、カミリアも表情を引き締めた。
「お爺さまの分まで、このカミリア、存分に働いて参ります。アレス様の剣となり、盾となり、必ずやダンジョンを攻略してみせます!」
いい話だなー、と祖父と孫娘のやり取りを眺めて、俺もほっこりする。
何はともあれ、これでいよいよ、45階攻略に向けて本格始動だな。
・ ・ ・
邪教教団モルファーの魔の塔ダンジョン最深部神殿。
王都教団の指導者リマウ・ランジャは、大変ご機嫌斜めだった。教団の上級魔術師ハディーゴが訪れた時、室内で雷が荒れ狂っていた。
『どうされたのだ、マスター・リマウ』
雷に声が掻き消されないように念話を直接、指導者の脳裏に叩きつければ、哀れな泥人形相手に雷をぶつけていたリマウ・ランジャは手を止めた。
「マスター・ハディーゴ……」
荒ぶる呼吸のリマウ。周りに四散した泥の量からして、相当暴れ回ったのを察した。
暗黒魔術師――いやその上にあたる暗黒導師のローブを纏うリマウ・ランジャは、外見10歳そこそこの少年だった。
「だいぶ荒れていたようですな、マスター・リマウ」
「実にお恥ずかしい。見ての通りですよ」
リマウは一息つくと、導師の席に乱暴に座った。一方、老魔術師という言葉がピッタリのハディーゴは、余裕の表情で歩み寄った。
「やはり、例の件ですな?」
「例の、とはどの件でしょうか、マスター・ハディーゴ。心当たりが多すぎて、さっぱりですが」
「これは失礼、マスター・リマウ。老いるとつい、省いてしまいがちになります」
「老化の証拠というやつですね。私もいつか、そうなるのでしょう」
リマウはため息をついた。
「それで、どの件です?」
「そうですな……リヴァイアサンの件について」
「……」
リマウの表情は曇った。
リヴァイアサン、伝説の大海獣。その体は途方もなく大きく、それが暴れたならば国一つ滅ぼすことも可能だろう。一部では聖獣とも悪魔とも呼ばれており、水の神だとするとかしないとか。
少なくとも、その巨体を前にすれば、大抵の敵など軽く一蹴だろう。……そのはずだった。
ハディーゴはニヤリと口元を緩めた。
「アレス・ヴァンデの進軍を阻止すべく、43階に配置した件の魔物は、皮肉にもアレス・ヴァンデによって解放されてしまった」
「わけがわかりません」
リマウは不機嫌そのものだった。
「我々がアレを御するために、どれだけ苦労したことか。たっぷり、人数をかけて呪いをかけたのに――」
「その呪いが、あやつにヒントを与えてしまったようです。情報によれば、今のアレス・ヴァンデは呪いのスペシャリスト。あやつにかかれば、呪いを自在に操ることができるのですぞ」
「……なるほど、我々よりも強い呪術を使うことができるというわけですか」
顔を上げてリマウは天井を睨んだ。
「困りましたね。また何か強力な魔物や魔獣を召喚しようと思ったのに、それでは駄目かもしれない、と」
「まさに。一筋縄ではいかんでしょうな」
ハディーゴは頷いた。正直、これ以上、強力な存在を『魔力を使って』召喚するのはよろしくないと思う。本命である邪神復活に必要な魔力が、その分失われるからだ。
「このままでは、遅かれ早かれ、あやつは、ここに辿り着くでしょう」
「邪神復活の前に、ですね。それは困った」
どうしましょうか、と、リマウはハディーゴを見た。老魔術師は首を傾ける。
「刺客を配置し、迎え撃つは常道。しかし、それでも不安というのであれば、他で騒ぎを起こすのがよろしかろうと」
「……と、言いますと?」
「リヴァイアサンクラスとは言いませんが、厄介なモノを野に放つのです。あのアレス・ヴァンデを倒すことはできずとも、大きな被害を与えれば、あやつの進軍の邪魔はできるやもしれませぬ」
「なるほど、時間稼ぎにはなりそうですね、マスター・ハディーゴ」
「あわよくば、それらによって倒されてくれても、一向に構わないですが」
「そうですね。その通りだ」
リマウは少年らしくニコリと笑った。
「そちらはお任せしても?」
「かしこまりました、マスター・リマウ」
老魔術師は一礼すると、退室した。リマウはそれを見送った後、ポツリと呟く。
「……いまいち信用できないんだよな、あの御仁は」
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