第241話、自分は偉人ではない――孤児院の名称について
「閣下、孤児院の名前をどうしますか?」
マルダン爺が、そんなことを聞いてきた。
元公爵屋敷のあった跡地に建てた、俺たちの孤児院。内装や物資も運び込み、後は王ヴァルムへの報告と、王国と教会に預かってもらっている孤児たちを引き取るだけだったが。
「名前かぁ……」
普通は、ついているよな確かに。ただの孤児院では、他との識別にも困るし。
「何か候補はあるかい、マルダン」
「そうですな……。オーソドックスではありますが、アレス・ヴァンデ孤児院というのは如何でしょう」
「……まんまだな」
よく過去の偉人の名前がつけられるということがあるが、いざ自分の名前が使われるとなると、小っ恥ずかしくないだろうか?
「他に候補はありますか?」
老魔術師は、俺に気遣ってそう聞いてきた。カミリアだったなら、その名前しかない、そもそもアレス大公はー、云々と褒めちぎり、俺も居心地が悪くなっていただろう。
それはさておき、候補ねぇ……。
それぞれ作業をしている仲間たちを眺める。シヤンとベルデ、そしてソルラが、孤児院で使う道具について何やら話しているのが目に止まった。
「ソルラ孤児院とか」
「はぁ……」
要領を得ない顔になるマルダン爺。俺がソルラの名前を口にしたのが、シヤンに聞こえたが3人が、こちらを見た。そしてソルラがやってくる。
「お呼びですか、アレス?」
「うん? 別に呼んではいない。マルダン爺から孤児院の名前を、と言われてな。君の名前はどうだろう、と思ったんだ」
「私の? いえいえ、勘弁してくださいっ!」
ブンブンと手を振って断るソルラである。いやだってね――
「ソルラって太陽の娘って意味だってガルフォード大司教から聞いた。大地にあまねくユニヴェル教会の女神に関係する素晴らしい名前だと思う」
「そうですな。それは縁起がよいやもしれませぬ」
マルダン爺が同意するように頷いた。いやいやいや、とソルラは身を引く。
「そんな! 恐れ多いことです! 他の名前がいいです! そうです、他の候補はどんなのがあるんですか?」
「候補がないから、君の名前にしようって話だよ」
しれっと言ってみたが、マルダン爺は空気を読んでくれなかった。
「他はアレス・ヴァンデ孤児院というのがある」
「それでいいじゃないですか!」
ソルラは叫ぶ。
「アレス・ヴァンデ孤児院! 最高です! ここはあなたが建てたのですから、それ以外にはありません!」
声を落として。周りに聞こえるじゃないか。
うむ、とマルダン爺が顎髭を撫でつける。
「では、多数決をやりますか。どちらの名前を採用するか……」
いや、それは……。
「多数決! いいですね、そうしましょう! 多数決です!」
ソルラが声高に叫んだ。どうしても自分の名前がつくのは嫌らしい。多数決なんてやったら、十中八九、俺の名前になるじゃないか。
「カミリア!」
ソルラが、見かけたのかカミリア・ファートを呼んだ。あー、終わった……。
「なに、ソルラ?」
「孤児院の名前の話なんですが――」
「アレス様のお名前でいいだろう。それ以外にあり得ない」
候補を言う前に、俺の名前を出しやがったぞ、この伯爵令嬢。マルダン爺がふっ、と笑った。
「決まりですな」
「決まりですね!」
ソルラが力強く言った。全員の意見を……聞くまでもないか、うん。
かくて、この孤児院は、アレス・ヴァンデ孤児院と決まった。
・ ・ ・
孤児院に子供たちの声が響く。ミニムムや幸せの会に保護という名の虐待を受けていた子供たち、王都での騒動などで親を失った子供たちが、アレス・ヴァンデ孤児院にいる。
バップやコド、そのお姉さんが仲良く過ごしている。
女の子しか助けず、姉弟を引き離しても平然とし、歪んだ教育と不正奴隷売買に手を染めていた幸せの会。男の子を日々虐待し、犯罪行為をさせていたミニムム。そこでの地獄などなかったように、ここでは穏やかに生活できる。
以前、ヴァルムに言って許可をもらった王都民の職員募集。その集まった人材の候補について、カミリアとマルダン爺が精査し、資料を作ってくれたおかげで、面接はスムーズに進み、今日に至る。
子供好きか、あるいは過去、子供を亡くした者が多かった印象だ。後者は自分の子供を失った分、孤児たちにも親身になってくれるだろう。……実は、面接時、呪いをちょっと使って本性を引き出した。幸い、邪な感情を抱いていたり、何かしら企みのある者はいなかった。
また職員には、読み書きや計算ができて、それらを子供に指導できる人材も求めていた。結果、魔術師や元神官なんて肩書きの者もいたが。
何はともあれ、ここの孤児院の子供には、大人になった時に役に立つ知識を教わることもできるようにした。知識がないまま大人になれば、つける職業は限られ、孤児だからと下に見られる。ミニムムや暗殺ギルドにいたような下っ端ゴロツキになる未来を避ける意味でも教育は大事なのだ。
子供は国の宝だ。明日を担う子供たち。親がいないからと見捨ててはいけない。
王族に連なる者としての義務は果たせたかな、と思う。今後も、そういう身寄りを亡くした子供たちが、大人になって独り立ちできるように守っていかないといけない。
しかし一方で、国の宝であるヴァンデ王国の子供たちから親を奪った、ガンティエ帝国皇帝とその手先どもには、怒りを禁じ得ない。
先の幸せの会、ミニムム、それと深い繋がりがある共有参加守護団。無理やり親を奪い、民を欺き、搾取してきた外道ども。
そしてそれを隠れ蓑に、ヴァンデ王国の破壊工作をしていたガンティエ帝国。子供たちから未来を奪った者たちには、当然、賠償責任があるよな……?
ここまで、孤児院が維持できるように、ダンジョン戦利品とかで運営資金を稼いでいたけど、そもそも帝国が運営費を全額負担するのが当然ではないか。孤児を作った原因なのだから。
まあ、そのつもりではあるし、我が民から奪った分はきっちり取り立ててやる。
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