第242話、結ばれた協定


 ガンティエ帝国は、ヴァンデ王国と停戦協定が結んだ。

 その報は国内外を駆け巡り、様々な衝撃を与えた。


 帝国北方のリアマ王国、アレグレ国王は――


「え? 帝国が西に攻め入ろうとしていたのは知ってるけど、戦争してたの?」


 何やかんや難癖つけられて帝国軍がヴァンデ王国を攻めようとしていたが、その隙を東のハルマー、南のハルカナ王国に衝かれる格好になった。そしてそのまま、いつの間にかヴァンデ王国は忘れ去られていたと思っていたのだが。


「ああ、こちらの知らないところで戦っていたんだ……。そうなのか」


 アレグレは驚いた。


 一方で、リアマ王国の西、ヴァンデ王国の北にある小国グラオ王国では、リアマよりも、ヴァンデ王国、ガンティエ帝国の衝突の事実を知っていた。


「一度、国境で帝国軍が蹴散らされたというのは間違いない」


 フンベルト王は首を傾げる。


「ヴァンデ王国の国境軍が強かったのか知らないが、ともあれ、両国は戦争状態だったわけだが。……何故今になって停戦なのだ?」


 それがわからない。帝国が東と南に攻められている間、ヴァンデ王国は国境を固めていたが、特に侵攻の素振りは見せなかった。

 結局、それから衝突もなく、ここにきて突然の停戦協定が締結された。


「わからないといえば、あの帝国が協定を結ぶなど……」


 周辺国を見くだして、対等に見ていなかったガンティエ帝国である。あわよくば侵略しようと機会を窺っている帝国が、話し合いなど、これまでを考えればあり得ないことだった。


「ハルマーとハルカナを相手に、一時は劣勢だったが、それも盛り返した。噂では魔の塔を手に入れたとか。その気になれば巻き返せるだろうに、何故……」


 フンベルト王は、理解できずに困惑するのである。

 だが驚くのは、まだこれからだった。停戦協定の内容が大まかに伝わってきた時、周辺国の王たちは驚愕するのである。


「これが停戦!? これ、帝国の降伏文章じゃないの!?」


 リアマ王国のアレグレ国王は声を張り上げた。

 大まかな内容は、以下の3つ。


1、ガンティエ帝国は、ヴァンデ王国に与えた一切合切の損害について、賠償する責任を負う。


2、ガンティエ帝国は、ヴァンデ王国に対して、今後一切の国境を侵犯しての軍事行動はとらないものとする。


3、帝国が王国に潜入させた工作員の撤退させ、今後一切、王国に対して諜報活動、工作を行わない。また帝国と通じて、売国した王国人(貴族含む)の情報を全て、帝国は提供する。


 戦争で与えた人、土地、生活のすべてにおいて、損害と名のつくものはすべて賠償します。


 今後、絶対に領土侵犯しません。貴国とは戦争しません。


 スパイ活動をしません。スパイを送りません。工作しません。あと裏切り者のリストをあげます。


 大まかなところは以上。他にも細かな規定はあるが、そこは大した問題ではない。だが上記の三つは、本来、敗戦国のそれである。


 どう見ても、戦勝国はヴァンデ王国。敗戦国ガンティエ帝国である。ハルマーやハルカナ王国と違って、血みどろの衝突はほぼしていない両国で、何故ここまで差があるのか、アレグレ国王にはわからない。


 数年単位で、互いに領土を侵犯しないとか、国境の軍事拠点化をしない、とかなら理解できるのだが、これではあまりに一方的過ぎる。


 何が問題といえば、どう考えても立場が逆だということだ。ガンティエ帝国が国力や武力を持って、ヴァンデ王国に一方的に脅しつけて協定を結ばせたならわかる。上記の立場が逆であったなら、『ああ、さすが強国、汚い』で済んだのだが……。


 どう考えてもまともな戦争をすれば負けるのは、ヴァンデ王国のほうだ。

 アレグレ国王が発狂するように喚いていた頃、隣国のグラオ王国のフンベルト王は――


「そういえば、帝国の西方方面軍が、不可解に消えたことがあったな。それに巨人兵器の出所がヴァンデ王国らしいという話も。……あれは冤罪でもなく、事実だったのか?」


 もちろん、フンベルト王も、アレグレ国王も、西方方面軍主力が、災厄の魔女リルカルムの大魔法で吹き飛ばされたことも、ダイ・オーガが暴れていた話は聞いていても、どこの手のものか知らない。


 だが、これらがヴァンデ王国の仕業であったなら、あの強大な帝国に対して一方的な打撃を与え、最近の苦戦の原因を作ったことになる。


「そう考えると、この停戦協定も納得できる……か?」


 フンベルト王は唸る。

 噂の域を出ていないとはいえ、事実ならばヴァンデ王国と今後戦いを続けても、帝国の苦境をさらに広げるだけになるわけだ。


「しかし、それだけヴァンデ王国に有利であるなら、領土に関して、一切取り決めがないのが気にはなるな」


 戦勝国であれば隣接する帝国領を、ヴァンデ王国に割譲しろと言ってもおかしくない。互いに国境線は変わっていないから、賠償するなら土地は見逃してやるとでも言われたのだろうか?


「しかし……これは荒れそうだ」


 フンベルト王は臣下たちに、各国の様子に注意を払い、情報収集に務めるよう命令を出した。



  ・  ・  ・



 皇帝が、隣国ヴァンデ王国と結んだ停戦協定について、東方戦線のナジェ皇子、南方戦線のジャガナー大将軍は、寝耳に水であった。

 何の事前相談もなければ、締結後に、事後報告があっただけである。


「うわぁ、ちょっと何これ。……意味がわからないんだけど」


 ナジェは、報告書を読み間違えていないか何度も確認した。だがそんなことをしても、文章が変わるわけがない。


「いやね、やたら軍の戦力が少ないなって、思っていたんだけど。……何これ、もしかしてやられていたからなかったってこと?」


 終始、首を傾げるしかなかったナジェに対して、南方戦線のジャガナーは――


「西方方面軍、メプリー城の消滅も、ヴァンデ王国の攻撃だったのか……!」


 ヴァンデ王国に攻め入ろうとする度に、先手を取られて壊滅させられていた。皇帝は何も知らせてくれなかったが、ヴァンデ王国との停戦協定の内容を理解しようとすれば、そう結論づけるしかなかった。


「あの不可解な事象の、ほぼ全てにヴァンデ王国が絡んでいたということか……?」


 認めたくはないが、辻褄は合う。


「もしや、あの天から降る光も――」


 ジャガナーがそう呟いた時、彼らの拠点とする城に衝撃が走った。


 ――これは、まさか……!


 覚えがある震動と破壊音。伝令が駆け込んできた。


「申し上げます! 空から無数の光が、本城に向けて降ってきました! 尖塔がやられ、なお、光が降ってきます!」

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