第243話、皇帝と臣下たちの信用


 ジャガナー大将軍の帝国主力軍が、天からの光の攻撃にさらされた。


 致命的とはほど遠い攻撃ではあったものの、その衝撃は大きかった。特に皇帝と共に帝都から移動してきた兵たちの多くが、あの光は『皇帝』を狙ったものだと思っていたからだった。


 だが、今回の攻撃は、皇帝がいない南方戦線で起きた。疫病神と思っていた者がいない場所への攻撃。そして自分たちが再度攻撃されたことで、古参兵たちは疑いを抱いた。

 本当の疫病神は、皇帝ではない、と。


 これまで攻撃にさらされ続けてきた帝国主力軍である。当然、狙われた者たちの中で、上位に位置する者への疑いの目は向いた。下っ端兵隊は、取るに足らない自分が標的だとは微塵も思わないからだ。


 攻撃を受けた者で、最上位者といえば、ジャガナー大将軍である。帝国の武闘派、軍における皇帝に継ぐナンバー2。

 ここ最近までの引きこもり皇帝の無能ぶりを知る者たちは、こう考える。あの光攻撃は、帝国でも有力な力を持つ大将軍を殺害し、帝国の力を削ぐ目的なのではないか、と。


 そうなると、人間不思議なもので、言葉に出なくても行動が自然とよそよそしくなった。

 元々大将軍というお上の存在に、下っ端が会話することは普段からなかったが、態度には出るもので、ジャガナーを見かけることがあれば距離を取るようになった。


 いつ来るかわからない光の攻撃による巻き添えを避ける意味で、兵だけでなく中堅指揮官たちも、大将軍がいる本営を避けているのだ。


「……」


 ジャガナーとしては、兵たちの気持ちはわかるものの、まさか光の攻撃が狙っていたのが皇帝ではなく自分かもしれないということはショックであった。


「一回だけなら、偶然かもしれない」


 そう口にしたジャガナーだったが、現実は、彼の願望を打ち砕いた。日を跨ぎ、再び天から光が降り注いだのだ。

 拠点が攻撃を受けて、部隊にも死傷者が出た。攻撃が繰り返されたことで、さすがに偶然では片づけられない。


 ――本当に狙われたのは、自分ではなく、他の誰かかもしれない……。


 ジャガナーは思ったが口に出さなかった。いくら考えたところで、答えが出ない問題だ。あの光の攻撃が、ジャガナーのいる場所だけでなく、帝都の皇帝の元にも降っていれば、自分が悪いわけではないと思えるのだが……。


 しばらく悶々と南方戦線で、ハルカナ王国軍と対峙していたジャガナー。しかし他方から例の光攻撃にさらされたという報告はなく、帝国主力軍の兵たちはいよいよ大将軍が、狙われていると確信し始めるのである。それこそ、証拠がないのだが。


 ともあれ、大将軍は中央より呼び出されることなく、当面南方戦線にてハルカナに対応せよと命じられた。

 そしてジャガナー自身も、自分が狙われている可能性を考慮し、東方戦線にいるナジェ皇子との接触は控えた。


 実のところ、光の攻撃が、ヴァンデ王国からではないか、と疑いはある。ガンティエ皇帝が、実質敗北にも等しい条件で停戦協定を結んだことも関係しているように思えるが、証拠はない。


 さらに皇帝自身から、南方戦線から動くなと言われれば、無視することもできない。

 もちろん、皇帝が少しまともになったと思ったものの、あの不可解な停戦協定の内容を考えると、非常に怪しくもあった。


 だが、東と南の敵に対抗するのに手一杯であり、西や北から攻められたら、帝国が危ないのもまた事実である。不利な条件でも停戦して、敵を減らすのは方法として悪い話ではなかった。


 ただし、内容については、ジャガナーは容認できなかったが。


 ――だが、私が口出しする機会はなかった。


 皇帝のもとを離れ、南方戦線に釘付けとあれば、中央の政策に口を挟むことなどできないのである。

 痛し痒し。ジャガナーの苛立ちの日々は、まだまだ続くのである。



  ・  ・  ・



 何とも惨めな気分だ――ラウダ・ガンティエ皇帝は思う。


 最近では玉座ではなく、娘レムシーの背に座っている時間が圧倒的に長い。何故こうなってしまったのか?


 理由は簡単だ。隣国のアレス・ヴァンデに呪いをかけられ、リルカルムという名の魔女にさらに呪いの条件付けをされたからだ。


 呪い自体はアレス・ヴァンデだが、リルカルムが施した条件付けが、非常に厄介かつ、ラウダと、レムシー双方に惨めな気分にさせた。精神への暴力、精神の陵辱である。


 呪いによって常時悩まされる痛みや息苦しさ。これは寝ても休んでも回復しない。さらに周囲に助けを求めることもできない。ラウダとレムシーは『呪い』という言葉を口にしたり、書くことができない呪いをかけられたからだ。


 つまり、呪い解きを呼べと命じることもできず、「呪いを解け」と口頭でも文章でも命令できないのである。自身が苦しんでいることも呪いであるから説明できず、周囲からは歪んだ性癖と見なされる始末だ。


 ――あの魔女め……!


 条件付けは、徹底していた。様々な条件があるが、代表的なものをあげると、レムシーは四つん這いの姿勢である時と、肉体が交わる際に、呪いの痛みが大軽減される。


 ラウダには、娘の背中以外で座ると苦痛が増す、娘と行為をすると苦痛が和らぐ、眠ることができる、というもの。……あまりに鬼畜な所業を条件付けられた。

 無視すると、呪いによって全身に痛みが走り、発狂する。


 ――忌々しい……。


 死んだら苦痛から解放されるのではないか、と思い、発狂死を狙ったが、苦痛が増すばかりで一向に死ねず、諦めて親子でくっついた。


 ――うぅ、腕が痺れてきた……。


 レムシーの上に乗っていても、呪いは容赦ない。レムシーは軽減されるが、ラウダは彼女を椅子にしていても、微妙な痛みに苛まれている。


「レムシー。尻をぶつぞ」

「はいぃ、ありがとうございますぅ、皇帝陛下ぁっ!」


 我が娘ながら、叩くというと、発情した獣のように振る舞う。呪いのせいで思考がおかしくなってしまったのではないか? いや、それより前から、この娘は淫乱で、自ら奴隷に成り下がる変態だった。


 この件に関しては、ラウダは知らないが、レムシーが被虐体質なのも、呪いによる条件付けだったりする。叩かれたり折檻されると、呪いの苦痛がさらに軽減される仕組みだ。だからレムシーは本心から、罰を喜ぶ体になってしまったのだ。


 ――我が娘ながら、なんと浅ましい。


 皇帝自身がそう思うのだから、周囲の目はさらに蔑みに満ちていた。苦痛のあまり周囲への注意が疎かになっているが、ラウダもレムシーも呪いから逃れるために行為を優先させるため、その酷く卑猥で無様な有様を目の当たりにすることになるのである。

 臣下たちの、皇帝親子を見る目は、とことん冷めていた。


 恐ろしきは、呪いを操作し、細かな条件をつけた魔女リルカルムというところか。

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