第244話、アレスの今後


 帝国から寄越された工作リストは、俺や、弟ヴァルムの怒りの炎に油を注ぐ結果となった。


 国を裏切り、帝国に通じて甘い汁を吸っていた者、中身のない悪法を強いて、民から搾取していた者――それら貴族や商人の摘発が行われた。


 ガンティエ帝国との停戦協定の中に、裏切り者リストの条項が入っていたことは、王国貴族全員に知らせておいたから、身に覚えがある者たちは、逃げようと準備を始めた。逮捕されれば、国家反逆罪で公開処刑は免れない。


 本来、責任を取るべき貴族がそれを放り出して逃げるとか、やっちゃあいけないでしょ。口では何とでも言い、ああだこうだ王族にも口出ししてきた奴らは、いざ責任を取れという段階になって責任を取らないのだから見さげ果てたクズである。


 まあ、逃亡のための準備は、予めリストを入手していた俺たちからすれば、自ら罪を認める行為に他ならず、逃げる前に捕縛されていった。


「……というか親帝国派って、結構多いんだな」


 俺が率直な感想を言えば、ヴァルム王は肩をすくめた。


「ここ数年、私が呪いで動けなかった辺りで、帝国に切り崩されていたのだろう。落ち目の王族よりも、帝国と通じていたほうが、かの国が攻めてきた時に寝返りやすいだろうとふんで、ね」

「まあ、それも世渡りというものではあるが……」


 釈然としないね。


「しかし、国を裏切る行為ではあるわけだ。いくら落ち目とはいえ、乗り換えるからには、相応のリスクも背負わねばならない」

「それが、今回の逮捕――そして極刑というわけだ」


 ヴァルムはニヤリとした。


「裏切った向こうが先だからね。人が苦しんでいる時に手を貸す者こそ、本物の友人と言うが、苦境を見て寝返ろうとしたわけだから、まあそうなるな、と」


 王族への忠誠を無視した貴族が悪いよな、どう考えても。一致団結し王国を盛り立てればよいものを、私欲に走り、勝手をし出した。……剣に誓ったのではなかったのか。


「国がさっぱりすることはいいことだ。膿は出し切るべきだ」

「まったくだね、兄さん」


 亡き親父が治めていた頃のように、健全な状態にヴァンデ王国も戻りつつある。国に巣くった悪党どもは一掃されつつある。いいことだ。


「それで、兄さん。今後のことなのだが――」


 ヴァルムが改まった。


「今回、売国貴族どもを一掃したことで、残る貴族たちに領地の再編が必要になってくるわけだが、兄さんの領地はどこがいい? 今なら空いている領地がそこそこあるよ」

「領地かー」


 あまり気乗りしないな。今さら領地経営とかさ。前々からヴァルムは、大公である俺に土地を勧めていたが。


「再編成だから、今決めてしまうのが一番なのはわかる。わかるが……」

「何を遠慮しているんだい? 兄さんはヴァンデ王国の王族だ。遠慮するような立場じゃないだろう」


 王国というのは国王の土地である。貴族たちは、王の土地の管理運営を任せられているだけに過ぎない。その王がいいというのだから、王族が優先されるのはある種、当然のことである。


「将来のことを考えていた。当面は帝国のことがあるから、忙しいということもあるが、それが終わった後な、もしかしたら旅に出るかもしれない」

「旅? 国を出るのかい?」


 ヴァルムは驚いた。大公の地位にありながら、領地を持たず、あまつさえ他国へと聞いて、穏やかではないのは認める。


「色々考えたんだけどな。いずれ魔の塔ダンジョンを処分しないといけない。あれは、人が持つには危険だ」


 争いの火種になる。ダンジョンを操り、モンスターを軍隊として使える力。それを手に入れれば、他国に戦争を仕掛けることも可能だ。……特にリルカルムのような、争いが好きな人間が持ったら、世界はそれこそ災厄に見舞われる。


「で、それを処理するわけだが、今度は災厄の魔女と言われたリルカルムの動向が気になるわけだ。彼女が大丈夫と言ったところで、周りがそう判断してくれるかは別問題。そして争い好きな彼女が、ちょっかいを掛けられれば、喜んで戦争をやるだろう。……それは避けたい。世界の平和のためにも」

「それについては同感だが、それと兄さんが旅に出るとどう関係が?」

「予想はついているだろう? 俺がリルカルムと、あとついでに邪王と旅をするのさ。本人たちが望まなくても、周りは監視したいだろう。その目に、俺がなってやろうという話だ」


 ヴァンデ王国の英雄大公。五十年前、大悪魔どもと戦い、呪いを受けてなお、敵と戦い、国を救ったと言われる俺。


「随分と濃いメンツだ」


 ヴァルムは皮肉げに言った。


「災厄の魔女に異世界の魔王級の男。……兄さんは大丈夫なのかい?」

「俺が、二人に取り込まれて悪に走るってか? それさえ信じられないなら、あの二人を信じることなど絶対に無理だろう。遅かれ早かれ、二人を抹殺しようとして戦争になり……最悪、幾つか国が滅びるだろうな」


 不安はわかるけどね。


「兄さんが、監視をすると?」

「俺には呪いとはいえ不死の力があるからな。それくらいじゃないと、監視は務まらないよ。少なくとも、リルカルムはどこかで不死の力を手に入れて、今は殺せない状態だからな」

「それは本当かい?」

「そういえば、言ってなかったか?」


 言ったか言っていないか、いまいち覚えていないが、まあそう言うわけだから、そこらの奴でどうにかできると思わないことだ。


「下手に暗殺しようとしたら、返り討ちと報復だ。そうならないよう、少なくとも俺はあの二人にも人との争いにならないような生き方を見つける手助けができれば、と思っている」

「本気なんだね、兄さん」


 ヴァルムは溜息をついたが、否定も反対はしなかった。


「五十年前、兄さんは大悪魔と戦う時も、そうやって覚悟を決めて、王位継承権を捨てた。執着がないというか、潔いというか。……そういう風に振る舞える兄さんを、私は羨ましく思うよ」


 そういうことにしておくよ、とヴァルムは、自身を納得させるように小さく頷いた。


「それで、当人たちにはもう話したのかい?」

「いいや、これからだな」


 邪王の方は、その気になればいつでもだけど、リルカルムは、帝国の監視などで忙しいからな。


 とはいえ、早めに話しておくべきか、ひと段落してからにすべきか、結構迷いどころではある。顔を合わせて、よさそうなら、さっさと話したほうがいい気もする。深く考え過ぎて、話せなくなるのも困るからな。

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