第245話、英雄とは


「自分の居場所はどこにあるのか?」


 邪王は、そんなことを言うのだ。

 ヴァンデ王国王都の大公屋敷の一角に、俺は邪王と優雅な紅茶タイムを過ごしていた。一部屋、邪王の個室として与えたのだ。


「どこにいたとしても、私はよそ者だからな」


 この世界ではない、別の世界から呼び出された者。いわゆる異世界召喚というものか。本人が望む望まない関係なく、この世界にやってきたのだ。


「事情を知っている者たちからしても、私は腫れ物を扱うようなものだろう。そういう空気は、どうあっても感じるものだ」


 ヴァンデ王国の客人として、もてなしてはいる。しかし短期間の滞在ならともかく、いつまで居るのか。今度どうするのかによっては、周囲の雰囲気も変わってくるだろう。

 意味のわからない無駄飯食らいは、よく思われないものだ。

 俺は紅茶を口にする。


「何かをしていれば、また変わるものだと思う」


 きちんと働く、あるいは役職がある人間に、人はとやかく言わないものだ。もちろん、無能は困るが、それなりに仕事ができるだけで充分である。


「邪王にとっては、不本意ではあるだろう。だが自力で帰る手段がないのであれば、この世界でどう生きていくか考えるべきかもしれない」

「貴殿は私を追い出そうとしているのか?」

「いいや。ただ、肩身の狭い思いをしているかもしれないと思って」


 ただ、向こうの世界で通じた権力が、ここではまったく通用しない。ほぼ無の状態で放り出される格好になっているのは気の毒には思う。


 本来は、呼び出した邪教教団が何とかすべき問題なのだが、あいつらは呼び出した邪王に、世界の破壊をそそのかす悪党だから、論外ではある。


 世界の破壊が可能かどうかは邪教教団と、邪王本人の自己申告ではあるが、少なくとも彼が本気になれば複数の国が滅びるくらいのことはできそうだという。


 そうならないようにするだけでも、充分ではあるが、邪王もまた一人の人間――かどうかは自信がないが、一応人間として見ておこう――その人間として感情もあれば考えもする。この世界を嫌いになれば、せっかくの安定も崩れかねないのだ。


「一から、ゼロから始まるという点では、向こうの世界では叶わなかった、なりたい自分になるチャンスだとは思う」


 俺が言えば、邪王は窓の外へと視線をやった。


「なりたい自分か」

「なりたかった自分、かもな」


 あちらの世界では、彼は人々から排除対象だったらしい。邪悪なるモノたちの王として、迫害された者たちのために戦った。世界からの憎まれ者で、不死身だったことから恐れられた。

 ……不死身といえば、俺もリルカルムも呪いの力とはいえ同じだ。


「お勧めは冒険者だ」

「ほう?」

「冒険者は腕っ節が必要になるが、人々を困らせる魔物を退治したり、ダンジョンを探索したりするのが主だ。……細かなことをやろうと思えば、何でも屋としても働けるが、腕さえあれば稼げる職だということだ。人々からの尊敬も得られるし、振る舞い次第だが、好意的に扱われる」


 もちろん、乱暴者の同業者のせいで風評被害を受けたり、扱いが雑だったりはする。


「冒険者はいいぞ。非常時は別して、その行動は自由だからな。強制されることは稀で、自由に旅もできる。本当にお勧め」

「いやに力説するな。私の力を評価している故だとは思うが」

「まあ、端的に言えば、俺は大公ではなく、冒険者として世界を旅しようと思ってね。つまりは、俺と一緒に旅をしないかっていうお誘い」


 邪王はわずかに驚いた。


「私と、旅を?」

「そうだ」

「大公の地位を捨てて?」

「捨てて……まあ、そうなるのかな。巷では英雄大公と言われているらしいが、本来なら五十年前の人間だからな。普通に考えたら、ご隠居して諸国漫遊もいいだろうよ」

「そんな歳にも見えないがな」

「これでもヴァルム王の兄。お隣の皇帝より年上なんだ」


 呪いで五十年を無駄にしたがな。いや、呪いを制御できるようになったことを思えば、無駄ではないか。


「少なくとも不死身で、腕っ節のよさを活かすなら、冒険者は悪くない仕事だと思う。ついでに世界旅行。よそ者でも短期間滞在なら、旅を楽しむ余裕もあるだろうよ」


 少なくとも、ここで居心地の悪さを感じるようなこともないだろう。旅をしていれば、どこでもよそ者。それは邪王だけでなく、俺も他国へ行けばよそ者だ。


「かなり気をつかわせているか?」

「俺自身のことも関わっているからな。今のところはよい評価されていても、それがいつまで続くかはわからん。戦時の英雄は平時には不要とも言われるしな。死してこそ英雄、なんて話も聞く」

「世知辛いものだ」

「英雄が必要になるのは、国が大変な時なんだ。英雄が必要ではないほうが、ある意味健全ではある」

「悪い話ではないんだろうな」

「他に名案があるなら、そちらへどうぞ。なければこちらへどうだ、という話だ」


 俺は、自身の左腕、そこに集めた呪いを見やる。


「世間では呪い持ちは避けられる。今はともかく、数年、十数年経てば、英雄のレッテルも剥がれる。だが呪いこいつとは一生付き合っていかなきゃいけない。そう考えた時、国の政にかかわるより、世間で冒険者やっていたほうが面倒が少ないと思うんだ」

「生涯抱えていくもの、か……」


 思うところがあるようで、邪王は天を仰いだ。


「私にとっても、身につまされる話だったよ。……すぐに答えは必要か?」

「いいや。しばらく帝国とのことがあるから、先の話だ。だが旅に出る前に言うより、予め声をかけておこうと思ってね」

「本音は?」

「俺が狙われた時に、同じかそれ以上の力があって、共に敵と戦ってくれそうな実力者を仲間にしておきたい」


 本音の本音をいえば、この世界の危険要因となる可能性のある者を、俺の目の届く範囲に置いておく、という話だ。


 邪王だけでなく、リルカルムもそう。だが世界の敵となるのは何もこの二人だけでなく、俺自身も、その標的になる可能性を感じている。やはり不死で呪い持ち、魔の塔ダンジョン攻略者ともなれば、ヴァンデ王国外では潜在的な脅威として見られるかもしれない。


 こればかりは俺がどう思うと関係なく、可能性があるならば、それだけで敵認定もあり得る。


「本当、世知辛いな」


 つい、俺もそれを呟いた。

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