第246話、逆襲のモルファー
邪教教団モルファー本部、闇の庭。
「我らが教団が技術の粋を込めて作り直した魔の塔が、邪教徒どもに奪われたなど、あってはならぬことだ」
暗黒司祭ガウス・ザウリーは、低い声ながら場によく響く声で告げた。
「それもよりによって、ガンティエ帝国なる愚劣な支配者の手にあるのは、痛恨の極み」
彫像のように無表情なガウスの視線の先には、各地の支部にいた教団員たち。教団本部による、戦闘員全員招集に応えた者たちである。
「我々は、塔を奪回せねばならない。この三十年、邪神復活のために尽力した王都教団と、リマウ・ランジャたち同志の無念を晴らさねばならない!」
「「「「「「おおっ!」」」」」」
会場に広がる教団員たちの声。ガウスは両手を掲げた。
「帝国帝都へ進撃し、魔の塔を奪回するっ! 邪教徒を皆殺しにし、邪神復活の礎とせよ!」
ゆけぃ!――ガウスの号令に、集結した邪教教団教団員たちは移動を開始する。
しばし、それを見送った暗黒司祭は、幹部会議室へと向かう。警備の兵が道を開け、ガウスは室内へ入る。
奥の教団指導者席の前に、ガウスは跪いた。
「教主様」
邪教教団創設者にして教主、ジーンベック・モルファーは、フードを被り、鎮座している。腕を持ち上げれば、ローブの袖から骨のような手が見えた。
『ガウスよ。首尾はどうか?』
底冷えするような声だった。齢100を超えて、すでに人外となったジーンベック・モルファーは、声だけで周囲を震えさせる。
「ご命令に従い、教団員を総動員し、魔の塔奪回を図ります」
ガウスは声だけは震えさせまいと、込み上げてくる恐怖をねじ曲げつつ言った。
『魔の塔からは、あの膨大な魔力が消えた……』
「……」
『邪神の復活は果たされなかったのであろう』
「……」
『しかし、邪教徒どもにあれを渡したままにしてはおけん』
ゆったりとジーンベック・モルファーは喋る。ガウスは顔を上げることができず、床に視線を落とし続けた。
『ガウス』
「はっ、教団員はキーを持っております。一挙に66階へ飛び、中枢を奪回致します」
わざわざ1階から最深部まで律儀に攻略していくことはない。教団員は入ってすぐに最深部フロアまで行けるので、魔の塔の機能奪回は、さほど難しくない。
『魔の塔を奪回すれば、おそらくアレス・ヴァンデが出てくるであろう』
ジーンベック・モルファーは、かすかに視線を動かした。そこには、王都教団所属のほぼ唯一の生き残りである暗黒魔術師ドゥレバーがいた。
先ほど、ガウスは教団員に、敵はガンティエ帝国と告げたが、彼ら幹部の中では、魔の塔を陥落させた真の敵が、アレス・ヴァンデであることは知られている。
そもそも、塔を攻略していたのが、アレス・ヴァンデらヴァンデ王国の冒険者グループだったのだ。それが何故帝国にあるのか――リマウ・ランジャが王国から撤退し、帝国に避難させたから、などとも言われるが真偽については不明である。
だが――
『何故、アレス・ヴァンデの手から帝国に渡ったかは知らぬし、興味はない。だが、奴を倒せねば、悲願達成は覚束ないと心得よ』
「はっ!」
『では、往け』
ジーンベック・モルファーは静かに告げた。
邪教教団の戦闘教団員は、次々にガンティエ帝国に入国し、一路帝都を目指す。教団指導者の命令を遂行するために。
・ ・ ・
その頃、ガンティエ帝国は、ラウダ・ガンティエが自国民に課す税金の引き上げ政策を打ち出し、実行に移していた。
この急激な税の取り立ては、地方財政を圧迫し、貴族はもちろん、取り立てられる民に重くのし掛かる。
作物を収める農民たちも、今年の税の増加予定に戦々恐々であったが、貴族や商人らに関しても細かなところで新設された税によって、手元に残る額が減少。運営状況を悪化させた。
軍事に関わる税はまだわかる。東のハルマー、南のハルカナとの戦争により戦費や物資の高騰は、家計にも影響したが、皇帝はこれとは関係ないところでも税金をかけ、さらに民から搾り取る構えだったのだ。
早速、地方で税が上がったことに対する抗議の声が上がった。しかし、皇帝は無慈悲に、『反対する者は処刑し、財産を没収せよ』と命じて、帝国軍は皇帝の意に逆らう者を処理していった。
それらは見せしめになることもあれば、限界地方では反乱にまで発展した。これらの処理には、近場の帝国軍が当てられ、自国民同士の殺し合いとなった。討伐部隊には、ナジェ皇子の東方軍、ジャガナー大将軍の南方軍も参加し、反乱鎮圧を行った。
「いやはや、戦争にも軍隊にも金がかかるのはわかるけどさぁ……」
ナジェは、状況を憂う。
「さすがに親父殿は、重税を課し過ぎでしょ。こんなん国が乱れるじゃないか」
しかし、現状、隣国との交戦状況を考えれば、ある程度の増税はやむなし、である。
「あれかな……。ヴァンデ王国に対する賠償分、税が上がってるのか……?」
西の隣国と結ばれた協定。正直、ナジェのみならず、多くの帝国人にとって不可解かつ、不満の残る停戦協定。
「先行き不安だねぇ、こりゃこりゃ……」
どうにも嫌な予感しかできないナジェであった。
・ ・ ・
そんな地方の騒乱をよそに、帝都には、続々と邪教教団員らが侵入し、新たな皇帝の居城とその中央にそびえる魔の塔への突入の準備が図られていた。
彼らは時間をかけて、塔の周りを囲む城の状況を確認、警備人員と配置を調べ上げて言った。
同地に潜入した暗黒司祭ガウス・ザウリーは、改めて指示を出した。
「皇帝と皇女の身柄は確保。他は殺してよし」
情報を収集する段階で、ラウダ・ガンティエと娘レムシーのよろしくない噂も聞こえてきた。
だがこれから制圧しようとする邪教教団員たちからすれば、些細な問題だった。
「突入せよ」
邪教教団モルファーの魔の塔奪回が始まった。
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