第247話、魔の塔ダンジョンを奪え


 その日、唐突にサキュバスのエリルが現れた。彼女は、リルカルムの部下として魔の塔ダンジョンにいたのだが、その彼女が血相を変えて報告した。


「邪教教団の残党が魔の塔ダンジョンを襲撃。転移カードを使って最深部を奇襲し、制圧されました!」

「なにっ!?」


 邪教教団の残党、だと……? 他にも残っていたというのか。


 あいつらの組織の全容は掴めていない。ヴァンデ王国以外で活動していた連中が、魔の塔ダンジョンが奪われたと聞いて、帝国を攻撃したのだろう。


「リルカルムは?」


 一緒に魔の塔にいて、制御装置を操っていたはずだが。


「不明です。敵は数が多く、最深まであっという間の侵攻でしたから、急ぎアレス様にお伝えするように、と」

「……そりゃ邪教教団なんだから、拠点のある最深フロアまで装置一つで移動できるか」


 災厄の魔女と言われた彼女のことだ。その気になれば抵抗するだろうが、悪魔であるエリルを伝令に飛ばしてきたあたり、迎撃の時間もない奇襲だったのだろうな。最悪の展開を予想して、エリルを寄越したのだと思う。


「リルカルムが今も抵抗しているか、あるいは隠れているかはわからないが、魔の塔を制圧されて、そのままというわけにもいかないな」


 邪教教団がまたよからぬことに使い兼ねない。あいつらは世界の破壊を望んでいる。


「奪回しないとな」


 ヴァンデ王国から帝国への移動なので、レヴィーにお願いして運んでもらわねば。あと何人か選抜して、魔の塔ダンジョンの奪回とリルカルムの救助といこう。


「……というわけで、邪王。手伝ってくれ」

「私に声をかけるとは意外だったな」


 理由を聞いても?――と邪王が言ったので、俺は答えた。


「今回の敵が、あなたをこの世界に呼び出した邪教教団だから。この世界にきた、不幸だったり肩身の狭い気分になったことがあるなら、それはこいつらのせいだ」

「なるほど、そういうことなら、お呼ばれしよう」


 正直、どこまでできるかわからないが、少なくとも邪神と間違えられて呼ばれた存在だ。不死身の化け物と呼ばれていたらしい話からして、弱くはないだろう。……その不死身が本当であることを期待して声をかけたんだ。


「アレス」


 ソルラの声がした。見れば、ソルラにベルデ、シヤンと、いつもの面々がやってきた。


「何かあったのですか?」

「え、わかる?」


 まだ話していないのに、揃っている不思議。


「何やら騒がしかったからだぞ」


 シヤンが自慢の獣耳を指さした。エリルが切羽詰まって報告に来たのを察知したらしい。


「相変わらず、いい耳だ」


 というわけで、いつもの三人に、魔の塔ダンジョンが邪教教団モルファーに制圧されたことを知らせる。


「リルカルムは?」


 ベルデが問うた。現在、不明だと答えておく。


「今から助けにいく。……お前たちはどうする?」

「行きます」


 ソルラは相変わらず返事が早かった。ベルデとシヤンも頷いた。何だかんだ、仲間なんだよなぁ。

 邪王が口を開いた。


「他はどれくらい連れて行く」

「いや、これだけだ。あとはレヴィーに運んでもらう」


 その答えに、ベルデが目を回す。


「オレたちだけ? ちょっと少なすぎない?」

「仕方ない。最深部までパス通っているのここにいるメンツしかいない」

「あー」


 シヤンが納得の声をあげた。魔の塔ダンジョンの通過ルール。階層突破登録をした冒険者証に対応していて、最深部にすぐに乗り込むには、一度でも最深部まで辿り着いた者たちに限られる。


 リルカルムは塔。ジン、ラエルの回収屋コンビは契約が切れて、今どこにいるか知らない。

 ティーツァは孤児院の方にいて、リチャード・ジョーは休養中。ドルーは魔術師グループで修行に出ている。

 正直、ソルラはともかく、ベルデとシヤンがいるだけ奇跡なんだ。


 他の冒険者で一番の数字は59階までだったはずだから、最深部の66階まで辿り着くのはかなり面倒だし、付き合っている余裕もない。

 必然的に、ここにいるメンバーだけになるということだ。人数がいなくて、不利の可能性も否めず、俺も仲間たちを死なせたくないから、不死の呪いを付与しておく。


 空から入れたら、もっと人数を連れて行けるんだが。魔の塔ダンジョンの入り口以外に張られた結界は、面倒この上ない。


 こんなことなら、大公屋敷にいる戦士や魔術師たち全員に最深部までのフリーパスを出しておけばよかった。どうせ最後は解体するし、用はないだろうと見送ったけど、裏目に出たな。


「さあ、乗り込む準備をして、帝都へ向かうぞ」


 塔を巡る戦いは、これで最後にしたいものだ。



  ・  ・  ・



 魔の塔ダンジョン最深部の66階。邪教教団モルファーの教団員たちが、制御装置のある神殿各所を固める。


 暗黒司祭ガウスは、片づけられていく帝国家臣らの死体を嫌悪感丸出しで見送った。制御権限で、フリーパスをもらった連中だろう。組織の者でもなく、かといって塔を制覇したわけでもない無能が、神聖な神殿に足を踏み入れるのは、はらわたが煮えくり返った。


「皇帝と皇女……と思われる奴隷の拘束、済みました!」


 教団員の報告に、ガウスは頷いた。


「よろしい。それ以外の塵をさっさと片付けさせろ」

「はっ!」

「階層移動制御をアクティベート。我々以外の者が最深部まで来れないようにしろ」


 城の帝国兵は始末したが、取りこぼしや帝都の部隊が、もしフリーパスを持っていたら、乗り込まれると面倒である。


 危険は最小限に押さえる。ここを制覇したというアレス・ヴァンデたちも、ここに来るためには、ダンジョンで苦労してもらう。それぞれの階を突破することでしか、最深部に辿り着けないようにするのだ。


 各階を封鎖できれば、登ってこれないようにできたかもしれないが、塔のシステム上、各階封鎖ができない。設計者もそこを詰めておけば、こちらも苦労せずに済んだのだが。


 閑話休題。


 ――あの英雄アレス・ヴァンデは、必ず始末しなければならない。


 邪教教団の敵。ヴァンデ王国の誇る英雄を倒さねば、邪教教団モルファーに未来はない。

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