第186話、長い長い苦痛
沙汰は下した。モンドルは、自身の起こした不始末でチエントロ家を追放となった。
ザベル・チエントロ伯爵は、賠償金の支払いという手で、一族ともども、命は助ける。馬鹿な息子を持つと親も大変だ。まあ、教育を誤った責任もあるから、賠償金はかなりふっかけてやったがね。
「……リルカルム。言いたいことがあるなら、言ってもいいんだぞ」
リヴァイアサンに乗って王都に帰る俺たち。リルカルムは不満顔である。わかるぞ、俺のやったことを手緩いと思っているんだろう?
「あれでよかったの?」
「村人の味わった四日間の苦痛を、一瞬で終わらせるのはもったいない」
俺は肩をすくめる。
「俺に挑まれた喧嘩だ、俺が勝手に処理するのに、できる範囲ってものがある」
これ以上に事を大きくすると、忙しい弟に余計な仕事を増やしてしまうことになる。
「大公家と伯爵家の小競り合いという風に始末をつける。当人同士で話がついたなら、それでおしまい、というやつだ。……まあ、ヴァルムには報告するがね」
王国で起きた問題は、王にきちんと報告する義務があるからな。
「ヴァルム王は、アレスのやる事に文句をつけないと思うわよ」
リルカルムは腕を組んだ。
「王はアナタに、返しきれない恩、貸しがあるからね」
「多少のわがままにも、目を瞑ってもらえる、ってか?」
「それだけのことを、アナタはしているわよ」
「かもな」
ただ、恩の押し売りはするつもりもないし、返せとも言わないよ、今のところはね。
「ここでチエントロ領の始末を大きくすると、その後処理をヴァルムがしなくてはならなくなる。あのまま一族郎党を処理すれば、新しい領主を任命しないといけないし、ガンティエ帝国との争いの可能性がある中、領地云々でごたつくのも賢明とは言えない」
「……」
「プチッと殺せばいいというものでもない。お前はそれが好きだって言うんだろうが」
「大好きよ」
「だがそれは個人の趣向の話だ。お前は王族でも貴族でもないから、それでいいんだろうが、俺は大公としての立場がある。罰を与えるにしても、好き嫌いでプチッとはいかないんだ」
それでは単なる独裁者のやることだからな。
「モンドルには、被害者全員の受けた苦痛を、きっちりその身で受けてもらわないといけない。ただ……俺としては今回きちんと清算できるか自信がない」
「そう? たった四日間、呪いで苦しむだけでしょう? 甘過ぎるわよ」
「は? 二二四日だぞ」
「え……?」
リルカルムがキョトンとし、聞いていたドルーとシヤンもドキリとした。
「二、二百……」
「あの呪いで苦しんでいた村人は五六人いた。一人四日。それが五六人分だ。モンドルが苦痛にのたうつのは二二四日だ」
これには、後ろの二人がざわつく。対して、リルカルムはニヤリとした。
「あらあらまあまあ、モンドルは、果たして正気でいられるかしら?」
「リルカルム、すっごくニヤけているのだぞ」
シヤンが顔を引きつらせた。ドルーは首を横に振った。
「絶対、気が狂うぞ……。四日でさえ、村人もいっぱいいっぱいだったのに……」
「貴族のボンボンが平民に落とされて、しかも呪い持ちで働けず、これまでの振る舞いで嫌われているとなれば……あぁ、もう死んだわ、アイツ!」
とても愉しそうに笑うリルカルムである。すかさず魔法を使う。
「何の魔法だ、リルカルム?」
「千里眼の魔法。モンドルが、惨めに苦しみ死んでいくのを見るのよ」
「趣味悪っ」
まあ、こういうやつなんだ、彼女は。災厄の魔女は、愚か者虐めが大好きなのだ。
「……こんなことを言うのもなんだけど、まだ死ぬとは決まってないぞ」
「いいえ、絶対に死ぬわ。そう遠くないうちにね」
やけに自信満々だな。
「もしかしたら、気のいい人が、見かねてあいつを介護してくれるかもしれないぜ?」
「でも、呪いが解けるわけではないんだから、介護しても余計苦しみが長引くだけじゃない? というか、そのつもりで放したんでしょ?」
「……助けてくれるかな、誰か」
見放されてあまり早く死亡してしまえば、己の過ちをわからせられても、苦痛の量が見合わない気もするんだよな。
「……アレスって、意外とおっかないんだぞ」
シヤンがそんなことを言った。え? 俺が、モンドルを処刑しなかったのは温情だとでも思った?
俺はね、五十年前の戦いで、呪いの痛みを知っている。だからこそ、生きることがかえって辛いことだって知っているんだよ。
黒バケツ隊だって、死なない呪いをかけて苦痛の中で生かしているんだ。ちゃんと償いに等しい罰は受けてもらわないとね。
「それはそれとして、その帝国はどうなっているんだ、リルカルム?」
ガンティエ帝国の状況は? 東からハルマーが攻め立て、南のハルカナ王国も動き出して、色々やばい状況になっているという話だったけど。
「要塞にこもってる偉い人たちは、だいぶ焦っているわよ」
リルカルムは俺の隣に座った。リヴァイアサンの背中に乗って、のんびり飛行中。
「ガンティエ皇帝は夢魔に取り憑かれて、お楽しみ中。部屋から出てこない皇帝に、軍の偉い人たちの忍耐も限界ね。そろそろ、皇帝を見限るかもしれないわ」
「おー。大将軍は皇帝を裏切るのか?」
「うーん、どうかしらね。どちらかと言えば、捨てるというべきかしら? 帝国を守るために戦っているナジェ皇子の元に馳せ参じたいようよ」
「いいね。要塞から軍が移動すれば、手薄になるってことだから、直接こちらから仕掛けることもできるな」
「え? 直接?」
リルカルムが目を見開いた。えっ、逆に俺のほうが驚きだ。
「その反応は意外だ。ガンティエ皇帝の始末を、よそに任せると思ったのか? ハルマーやハルカナに滅ぼさせると? いやいや、それでは面白くないな。俺はかの皇帝陛下が、ヴァンデ王国に頭を下げて許しを乞うさまを、この目で見るつもりだからな」
じっくり、たっぷり後悔の沼に沈めてやるつもりでいる。
「今は魔の塔ダンジョンを優先させているが、それもさっさと始末をつけたら、本気で帝国にこれまでの罪を精算させるつもりだ」
そのためには、ナジェ皇子には頑張ってもらって、帝国を保たせてもらわないといけない。
でも強くなり過ぎないように、適度にダメージを与えて。そのバランス感覚が難しいんだけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます