第185話、伯爵邸へ乗り込む


 リヴァイアサンに乗って、俺たちは領主の館へ向かった。伯爵邸は大騒ぎになった。突然、巨大な蛇竜が飛来したからだ。


「私は、アレス・ヴァンデ大公である! ザベル・チエントロ伯爵はいるか!?」


 館の上から呼びかければ、ドラゴンの襲来と聞いて現れたチエントロ伯爵が進み出た。


「ヴァンデ大公閣下! ようこそ、チエントロ領へ」


 驚きつつも礼をするチエントロ伯爵。リヴァイアサンに凄まれている中、よく挨拶できたな。貴族として多少は矢面に立つ覚悟はあるようだ。


「お初にお目にかかります、ザベル・チエントロ伯爵でございます」

「出迎えご苦労」


 俺は、リヴァイアサンから下りて、王族の証を見せつつ、ザベルに近づいた。会ったことがない上に、騎士の姿で、アレス・ヴァンデと名乗っても、半信半疑だっただろうからな。きちんと、証は見せないとな。


「先触れも出さず、失礼をした。許されよ」

「滅相もございません。武勇も高き、大公閣下とお会いできるとは光栄の極みでございます」


 ……ザベル・チエントロは、弟ヴァルムの知らせをきちんと理解していたな。俺が50年ぶりに帰ってきて、大公となったことを。


「歓談できればよかったのだがな。今日はとても、不愉快な理由で参上した。……貴殿の不出来な息子によってな」


 声は荒げない。しかし、俺の不機嫌さは伝わったようで、ザベルは冷や汗を流した。


 場所を館の中に移し、事の顛末を説明する。ザベル・チエントロ伯爵の息子のモンドル・チエントロ『自称』子爵が、領民を苦しめ、呪いをばらまいたこと。

 自分の都合で人を呪い、その解除のために王都の俺を呼び出し、呪いを解かせようとした挙げ句、俺に対して侮蔑的に呪い持ちと叫び、逮捕して奴隷にするなどとほざいたこと。


 さらに王族の証を見せたにもかかわらず、偽者扱いし、あまつさえ刃を向け、さらには宣戦布告までしたことを告げた。


 ザベルは顔を真っ青にしたり真っ赤にしたりと、忙しそうに表情を変えていた。俺の座る席のそばで、痛みにのたうつ息子――モンドル・チエントロを何度も睨み付けて。


「申し訳! 申し訳ございませんでしたぁーっ、閣下ぁ!」


 伯爵はその場で土下座した。


「すべては我が不徳の致すところ!」


 だよな。親として、どこでこんなアホを育てた? こいつがお前の跡取りとか、嘘だろう?


「伯爵。モンドル・チエントロは、我がヴァンデ王国に牙を剥いた。そして私は、チエンドロ領に対して宣戦布告をした。……この意味はわかるか?」

「領に対して……!」

「そうだ。まだ、戦争は続いている」


 ちら、と俺は足元に転がっている自称『子爵』のモンドルを見た。痛みの中、俺の言っている意味を理解したかどうかわからないが、目を見開いている。自分が降伏したから、もう終わったとか思っていたか? 馬鹿め。


「つまりは、私は今敵地にいるわけだ。私に何かあれば、リヴァイアサンがこの館を破壊して、領を滅ぼすだろう。その後、王都からの軍勢が、領にあるもの全てを没収する。……状況は理解したかね、ザベル・チエントロ伯爵?」

「――はい」


 厳粛な面持ちで、ザベルは頷いた。よろしい、息子と違って、理解があるな。


「貴殿が降伏すれば、戦争は終結だ。抵抗するならば、それも構わないが」


 伯爵の喉仏が動いた。不機嫌な大公が突然来訪したこともショックな出来事だろうが、そこで死ぬか否かの選択を強いられるとは思ってもいなかっただろう。


「……降伏致しますれば、我ら一族の身は?」

「国家反逆と不敬罪だ。……説明の必要があるか?」


 首謀者は死刑だ。不敬罪に関していえば、莫大な謝罪金や降格、追放などで済む場合はある。……すでに国家反逆で、どうあがいても人生終了だがな。


「情状酌量の余地を、お与えくださいますでしょうか?」


 ない、と突っぱねてもよいが、そこまで狭量ではない。いいだろう。


「申してみよ」

「はっ、寛大な心、感謝致します」


 ザベル・チエントロは背筋を伸ばした。


「国家反逆ともなれば、当主である私と、きっかけを作った息子モンドルの極刑はやむなし。しかし、事はモンドルの独断と、そう教育した私に責任がありますれば。……一族郎党は、どうかご助命いただきたく! 平に……!」

「国家に対して、反逆したのだ。一族もまた罪に問われる」


 俺は、再び足元のモンドルを睨む。お前の軽率な行動で、お前の家族も親戚も、部下たちもその家族も皆、罰せられるんだ。わかるか、間抜けめ!


「一族を残せば、その者が復讐するかもしれない。モンドルの不始末のせいで、ヴァンデ王族の未来に、災いが降りかかるのは避けなくてはならない。……モンドル、一族は貴様のせいで皆殺しにされるのだ」

「……」


 呪いによる痛みのせいか、呻いてばかりで、言葉はない。痛いのは体だけか? 心は? 良心は咎めないのか?

 こいつは話にならないな。どこまでも使えない奴だ。俺はザベルに視線を戻す。


「さて、伯爵。今回の件、そろそろ決着をつけたいわけだが、私は何ともまずい交渉をやってしまったわけだ」

「?」


 ザベルは不可解という顔になる。俺は続けた。


「モンドルのやらかしは、正直許し難い。私に刃を向けた。王族に刃を向ければ極刑だ。……だが私は寛大だ。チエントロ伯爵、降伏条件は当事者以外の一族郎党の助命ということでよろしいか?」

「は……? はい! お許しいただけますれば!」


 驚きつつ、ザベルは頷いた。そうなんだよな、まだ、降伏していないんだよな、チエントロ領は。


「寛大なる大公閣下……! チエントロ領は、閣下に降伏致します! どうぞ、一族の者をお助けくださいませ」

「約束は守ろう。右も左も分からないわらべの過ちで、親族や騎士、その家族まで道連れにすることはあるまい。その者たちも、我がヴァンデ王国の民なのだからな」


 ただ、迷惑料と賠償金は支払ってもらう。この忙しい時期に、くだらん理由で王国に迷惑をかけ、俺の時間を奪ったわけだからな。


「では、私めとモンドルの命を以て――」


 ザベルが立ち上がるが、俺はそれを制した。


「まあ、待て。その件なのだがな、この者は、体は青年だが、中身は子供だ。子供には大人の難しい話はわからん。国家だの王族だの貴族だのと言ったところで、まったく理解できるわけがない」

「は、はぁ……」


 ザベルは羞恥に顔を歪めた。それはそうだ。お前の息子は成人したのに、幼児程度の知能しかないと言われたからだ。馬鹿にされたと思われても仕方がないが、実際、モンドルには貴族の覚悟も、振る舞い方もわかっていない。本当にわがままなガキそのものなのだ。


「だが、幾ら童でも、罪を犯せば罰を受ける。違うか?」

「仰る通りです、閣下」

「モンドルを一族から外せ。貴族ではなく平民に落とせ」

「……! はい、承知致しました。しかし、よろしいのですか? モンドルは、閣下に刃を向けたのですよ?」

「童のやったことだ。言っただろう、私は寛大だ」


 もっとも、この場では処さないが、長生きできるかどうかは別だ。


 モンドルよ、お前はバルダー村の住民にかけた呪いを持ったまま、追放されるのだ。痛みにのたうちながら放り出されて、民から見放されて何日生きられるかな?

 世間の冷たさと呪いで、心身とも苦しみながら、残り少ない人生を過ごし、死んでいくのだ。

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