第187話、今後の方針会談


 王都に戻った俺は、チエントロ領の一件をヴァルム王に報告した。勝手をして、面倒をかける。


「なに、王族に仕掛けられた喧嘩だ。引き下がる必要はないよ、兄さん」


 ヴァルムは言った。


「ここのところ貴族の増長が見え隠れしていたからな。そんな無能で貴族の風上にも置けない者は、処されて当然だ。むしろ、こちらの手間を省いてくれてありがとう」

「あくまで世間知らずの馬鹿息子の暴走という件で済ませた。チエントロ伯爵には賠償金と馬鹿の追放で手を打った。……恨みを買ってしまったかもしれないがね」

「仕掛けたのはその馬鹿息子だ。不審な動きをするなら、伯爵もろとも一族を放逐ないし処罰を下すだけだ。王族に対する不敬罪と反逆で、処されても同然。理由ならすでにあるからな」


 我が弟は、静かに怒りを持っているようだった。王家を蔑ろにされたのだ。穏やかでいられるはずもなかった。

 チエントロ領のことはここまでとして、ガンティエ帝国対策。リルカルムが覗いて得た情報を、王に披露する。

 我らが親愛なる皇帝陛下は、せっせとベッドで励んでいるそうだよ。


「……体は若い、ということか?」


 ヴァルムは自身の顎に手を当てた。


「いやまあ、我々より年下ではあるが」

「……言われてみれば、あいつ俺たちより下か」


 俺は五十年、年をとらなかったが、ヴァルムは六十を超え、対するガンティエ皇帝は五十七、八? 五十代後半なのは間違いない。


「お盛んではあるな。ただ年齢にして不相応な運動量らしいから、がっつり痩せたらしい。……そのうち、ポックリ逝ってしまうんじゃないか」

「何だか残念そうに聞こえるな、兄さん」

「間抜けな死に様ではあるが、直接手を下したわけでもないところで、死なれるのは拍子抜けもいいところだと思わないか?」

「恨みの一つもぶつけずに終わるのも、味気ないという気持ちはわからんでもないがね」


 ヴァルムは視線を彷徨わせた。


「首を縄で吊られるか、はたまた石つぶてを雨の如く浴びて死ぬのか。少なくとも万人の敵の死に様は、見ておきたいとは思う」


 ヴァルムは、ここ数年、呪いで重病状態だったもんな。それを指示したのは、王国を破壊しようとしたガンティエ皇帝なのだから、ヴァルムには報復の権利はある。


「皇帝から、重臣たちが離れようとしている」


 夢魔によって骨抜きにされ、政務をサボり、帝国の危機にも快楽にふける皇帝を、心底軽蔑しはじめているのだ。


「ハルマーに続いて、ハルカナも参戦。帝国の戦力は半減していて、現状、彼らの敗北も充分想定される状況だ。ヴァンデ王国は、ひょっとしたら参戦することなく、この戦いが終わってしまうかもしれない」

「兄さん、すでに帝国は我が国境を侵犯した。いま戦っていないだけで、すでに今回の戦争に参戦しているよ」


 ヴァルムは片方の眉を吊り上げた。


「西の戦力を叩き、その戦力を他方面に動かせないようにしているだけでも、ハルマー、ハルカナに協力している。……まあ、あちらさんがどう考えているかは知らないが。しかし帝国が崩壊するのなら、こちらも帝国領に攻め込んでおいたほうがいいかな」


 戦勝国に乗り遅れるな、という奴だ。もっとも最初に戦端を開いたという点では、ヴァンデ王国は便乗組ではなく、古参組ではあるが。ただ、少しばかり帝国領を削っておかないと、他の国に丸ごと持っていかれてしまう。


「ヴァンデ王国が、帝国西部に乗り込めば、確かに帝国崩壊は早まるだろうな。……王国軍は攻め込めるのかね?」


 だいぶ帝国の工作員に食い荒らされて、貴族らが頼りにならなくなっているが。


「全員が全員、腰が抜けているというわけではない。それに、我々が帝都を占領しにいくわけではない。帝国西部をちょっと攻めておこうというだけのことだ。無茶はせんよ」


 そういう重要そうなところは、ハルマーにお任せである。


「ただまあ、正直もう帝国は終わり、という楽観視は危険ではある」

「ナジェ皇子か」


 俺の言葉を受けて、ヴァルムは頷いた。


「ろくでなしの放蕩王子と聞いていたのだがな」

「これが中々どうして帝国軍を率いて奮戦しているようだ」


 彼が出て来なければ、帝国の敗戦は確定的なところまできていたかもしれない。


「皇帝のせいで身動きできない連中が、ナジェに合流すれば、ひょっとしたらひょっとするかも」

「ハルマーが負ける?」

「そういうこともあるかもしれない。……五十年前、俺はこの国を滅ぼそうとした大悪魔を討伐して回った。ナジェに同じことができるとは言わないが、部下がいるのなら、軍事的な才能で、国の危機を何とかしてしまうかもしれない」

「兄さんがそれを言うと、割と洒落にならないのだが……」


 劣勢に見えても、ひっくり返ることはある。


「なに、仮にナジェが侵略者を撃退してしまっても、今度は皇帝陛下と争ってもらう。内紛というやつだ。親子で殺し合い、国をさらに疲弊させてくれる……といいんだけど」

「意外とあっさりけりがついてしまうのではないかな、兄さん?」


 ヴァルムは苦笑した。


「皇帝の信頼は地に落ちていると聞く。軍がナジェについたら、もうそれで皇帝は詰みだろう」

「皇子が、皇帝を処刑する際は、俺たちも鑑賞できないものか」

「直接手を下したいのではなかったのかい、兄さん」

「俺たちの国を荒らしまくった皇帝の、惨めな姿が見えればそれでいい。見てないところで死なれるのは論外だが、あいつが自分の息子に死を突きつけられて、どんな顔をするか……見たくない?」

「見たい。……趣味の悪いことだがね」

「俺たちには、それだけの恨みを抱くだけの理由もある。構うものか」


 ヴァンデ王国の今日の災厄の原因の大半は、あの皇帝の命令によるものだ。共有参加守護団とかいうふざけた組織に、民の税金をむしり取られ、それを国崩しの工作資金に使われた。工作員たちに好き勝手されたことで、実に国にとって大事にすべき者たちが被害を受けて、人の金を食い物にする偽善団体や、貴族の増長を許した。


「では、兄さん。ヴァンデ王国軍は、帝国西部に対して攻勢に出る。精々、損失分を補うため、分け前を増やそうじゃないか」

「こっちは魔の塔ダンジョンの始末をつけるよ」


 ぶっちゃけ、あとどれくらいの階があるのかは知らないが。


「ここまで来ると、そろそろ終わりが近いと思う」

「そうなのかい?」

「出てくる敵の強さがな。これ以上、強いのがわんさかいて、階もまだあるとなると、邪教教団の強さがおかしいことになる」

「……?」

「つまり、とっくにこの国どころか、周辺国を破壊できるだけの戦力があるのに、差し向けてこなかっただろう? 俺たちが今戦っているレベルの敵ってのは、連中にとっては換えの利かない、おいそれと出せない戦力だってことだ。そんなのが出てくるってことは……」

「末期、ということか」


 ヴァルムは納得した。


「魔の塔がなくなるのは、我らの宿願でもある。頼んだよ、兄さん」

「任せろ、兄弟。とっとと攻略してやるよ」


 三十年くらいだっけか? よくもまあ、ここまで阻んでくれたものだ。

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