第251話、邪王が往く


 ブーツの音が、カツン、カツンと響く。


 歩調は変わらない。特に急ぐでもなく、堂々と闊歩するさまは、絶対的な強者のそれ。


 邪教教団員が雄叫びを上げ、しかし次の瞬間、絶命の叫びに変わる。


「ええーい、何だと言うのだ!」


 暗黒魔術師は、悲鳴に混じって近づいてくる足音に畏怖する。こちらの体が自然と震え、せめて声にそれが乗らないように張り上げる。


 侵入者、アレス・ヴァンデとその一行。魔の塔ダンジョンを攻略した猛者たち。その中で、一人破格の者がいる。


 ――奴がアレス・ヴァンデなのか……?


 本人を見たことがなかった暗黒魔術師は、向かってくるその騎士に恐れおののく。


 見ただけでわかる。その者が人間ではないことを。たとえ、人間の姿をしていたとしても。

 振るわれた剣は、あっさりと人体を両断し、教団戦闘員の屍を通路に晒す。しかもこの殺戮者は、表情ひとつ変えず、淡々と敵対者を処理していく。


 彼は、教団員を人間とは思っていないのだ。人ではなく、他の動物を処理するが如く、感情どころか呼吸さえ乱れない。


 絶対的な力。


 闇の力を感じる。もし邪神が人の姿をしていたとしたら、このような姿なのかもしれない。


 暗黒魔術師の周りにいた戦闘員たちが、一斉に掛かった。だが次の瞬間、見えない風に吹き飛ばされるように彼らの体が跳ね飛ばされた。


 無詠唱の魔法。誰もそれを止めることはできない。圧倒的な力。暗黒魔術師は抵抗を忘れ、目の前に近づいたそれに膝をついた。


 戦う前から、わかる無意味さ。絶対的なる王者は、暗黒魔術師を一瞥すると、邪魔と言わんばかりに剣を振った。魔術師の意識は絶たれ、抜け殻となった体が倒れ込む。


 男――邪王は、もはや眼中になく、さらに歩を進める。

 なおも現れる戦闘員を、草を刈るが如く薙いでいく。


 やがて、邪王は、最近作り替えられた皇帝の間へと辿り着く。

 無数の攻撃魔法の集中が降り注いだ。入ってきたところを不意打ち――暗黒魔術師たちの渾身の一撃が炸裂して、入り口周りを吹き飛ばし、爆炎と共に侵入者の姿を掻き消した。


 いかに強者といえど、これだけの魔法を叩き込まれれば無事では済まない。死亡、どれだけ運がよくても瀕死であろう。

 しかし――


「!?」


 煙の中から、ぬっと黒き騎士が現れる。炎と煙さえ、邪王の力を引き立てる背景のようだった。


「っ!」


 ファイアボール!

 サンダーボルト!


 その他もろもろ、暗黒魔術師たちが絶叫するように魔法を放った。だがそれらは邪王が剣を当てると、火の玉は跳ね、雷は跳ね返り、氷は砕けた。

 跳ね返った魔法が、暗黒魔術師を燃やし、あるいは貫かれて、一人、また一人と倒されていく。


 邪王は、玉座に向けて一歩ずつ前進する。暗黒魔術師は懸命に魔法を唱えるが、剣ひとつでそれらが弾かれる。

 魔術師の数が減っていく。その中に、先日ヴァンデ王国王都でダンジョン・スタンピードを監督していた暗黒魔術師のドゥレバーもいた。


「化け物め……!」


 同僚魔術師が、邪王の見えない魔法で、天井まで持ち上げられた。ただ剣だけでなく、魔法を混ぜてくるその攻撃に、邪教教団員たちは手も足も出ない。


「闇の波動。我が手より離れ――」


 ドゥレバーが詠唱している時、他の魔術師が放った光弾が、剣で跳ね返され、それがドゥレバーの腹部に直撃した


「うおっ!」


 暗黒魔術師の魔法の直撃に、肺を焼かれ、ドゥレバーはその場に崩れ落ちる。呼吸ができず、視界が荒ぶる中、味方の戦闘員や魔術師が切り倒されていく。


 終わりだ。たった一人、邪王によって皇帝の間の教団員たちが滅ぼされていく。自分たちが世界を滅ぼすべく異世界から呼び出した存在に、滅ぼされるのは、何とも皮肉な話である。

 やがて、ドゥレバーの意識は途絶えた。



  ・  ・  ・



 赤い竜騎士は、以前戦った奴よりも、早く、力も強かった。相変わらず床に傷をつけながらキュルキュルと耳障りな音を立てて、動き回る。

 前回のは騎兵槍だったが、今回の赤い奴は騎士剣。両手持ちの長剣だが、竜騎士のマッシブな体格からすると片手剣ぐらいに見える不思議。


 こいつには呪いをかけることができない。呪い耐性があるのだろう。しかし、お前が効かずとも、こっちに掛けた呪いは効くんだよな!


 加減不可の呪い!


 力を抜く、手加減ができなくなるこの呪いは、力を爆上がりさせるのと引き換えに、日常生活を送るのが困難になる。食器に触れれば割れる。パンや果物などを指先でもっても潰してしまう。椅子を引いたら、その方向へ飛んでいく――飛ばさないように握れば、握ったカ所が潰れて持てず、ベッドや壁に軽く爪先が当たれば、砕いてしまう……。


 まあ、普段の生活においてはまさに不幸、呪いとはかくあるべしな呪いだが、こと戦闘に限れば、使いようもある。


 握り込んでも壊れない呪いの剣――カースブレード。呪いの武器は、所有者を逃がさないため、簡単に壊れないようになっている。要するに耐久性が凄まじく向上するという長所があったりする。


 加減不可の呪い程度で壊れないほど強化されている呪われしカースブレードを振るう。竜騎士は長剣で俺の攻撃を防ごうとしたが、攻撃力が跳ね上がった呪いの一撃を受け止めることはできなかった。


 騎士剣が折れたのだ。俺は返す刃で、竜騎士を斬首した。……前回は、必ず殺す呪いという自滅呪いで対応したが、きちんと考え、準備する余裕があれば、こんなものだ。


 さて、塔の制御室へ向かおうか。


「貴様が、アレス・ヴァンデか」


 向かう先に、暗黒魔術師――いや、それよりも位の高そうなローブをまとう男がいた。

 前回戦ったリマウと同格かどうかはわからないが、雑魚ではないのは間違いない。


「お前が今回の首魁か?」

「この場を預かる者、という意味ならば、その通りだ。我が名はガウス・ザウリー」


 ガウスと名乗った魔術師は、太々しい。


「アレス・ヴァンデ、噂通りの強敵のようだ……。だが、ここで確実に貴様を討ち取らせてもらう! モルファー様のために!」


 合図すると、緑色の装甲をまとう重騎士――先ほどの赤い竜騎士と同じものが、複数体現れた。


「呪いの鎧、その完成形を一人倒したのは見事だが、果たして数で攻めたら、どうなるかな……?」

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