第94話、我々はただ待つのみ


 サキュバス。男を誘惑し、性的な行為で精気を奪い、呪い殺す悪魔である。


 とはいっても、ヴァンパイアなどに比べたら下級。並の人間なら誘惑はできるのだろうが、呪い塗れの俺に術をかけるには弱すぎた。


 エリルが持っていた従属の首輪は、指輪とセットのようで、その持ち主には逆らえないようだ。首輪をつけられ、指輪を俺に取り上げられてしまえば、彼女はもやは逆らうことはできない。


 エリルは悪魔である。なので何の遠慮もいらない。ただ、その魅惑の体は男にとって毒であるので、周囲に悪影響をもたらさないように、こっちで呪い漬けにしておく。


 能力封じなど色々な呪いをかけて、さらに変化の呪いで別の生き物の姿に変えておく。黒バケツ隊とは別ベクトルの呪いで、報復する。


 それと、サキュバスに奴隷になっていた者たちは解放する。あの悪魔に関わっていたら、精気を奪われ尽くされて死ぬからな。

 これまでもそうやって男たちを誘惑して、殺してきたのだろう。魔眼で睨まれたら逆らえないというのが性質が悪い。


 というわけで、俺は呪いで他の生物に変えたエリルの背中に乗って、大聖堂へ移動した。

 警備の神殿騎士が驚いた顔をして俺を見上げた。


「大公様……!」

「今日はここで世話になるぞ」


 俺はエリルから降りる。神殿騎士は奇異の目で、それを見た。


「豚ですか?」

「猪のつもりだったんだけど」


 見た目、ごっつい大猪という体に変化しているエリルである。誰がどう見ても、美女に化けるサキュバスには見えないだろう。


「知ってるか? サキュバスやインキュバスは、美男美女に見えて実は化けているだけで、本当は醜悪な見た目らしいって話」

「あぁ、悪魔ですからね。そういう話もありますね」


 その神殿騎士は頷いた。


「サキュバスやインキュバスが、どうかしましたか?」

「いや別に。……こいつはここに置いておいても大丈夫か?」

「どうでしょうか……。大人しいですか?」

「俺の命令に忠実だよ。暴れないはずだ。……いいな、エリル。お前はここでじっとしていろ」


 従属の首輪効果で、彼女は俺の命令に逆らえない。大猪は聖堂前の壁のそばに立ちすくむ。猪は服を着ない。裸で晒し物になったのはお前の方だったな。……そもそも悪魔って服を着るのか?


 俺は大聖堂に入る。戦いがあった後とは思えないほど綺麗になっていた。死体も血の痕もなし。ただ作業している者もいるようで、中は明るかった。

 俺は、ソルラのいる試練の間へと向かう。ガルフォード大司教がいた。


「大司教」

「アレス様。お戻りになられましたか」

「あなたがここにいるということは、特に変化なしか」

「はい」


 ガルフォードは、試練の扉へと顔を向ける。俺は気になったことをぶつけてみた。


「大司教殿は、この試練の中身を知っているのか?」

「……」

「つまりは、経験者か?」

「ええ、まあ。ユニヴェル教会の上級神官となる者は、必ず試練に挑みますから」


 ガルフォードは、何かを思い出すように微笑んだ。


「ただ中の試練について、お話してもよいのやら……」

「他言してはいけないのか?」

「あまり大きな声で言うものではありませんが、特に口外してはならないという規則はありません。何故なら、試練の内容は、受けた者によって異なると言われておりますから」

「違う……?」

「はい。アレス様は、私の経験を聞いて、今挑んでいるソルラのことで安心したかったのでしょうが、おそらく気休めにもならんでしょうな」


 ……そうだな。試練の内容を知れば、少しは気が楽になるかもって思ったんだ。ソルラがどんな試練を受けているのか、と。

 最悪の場合、生きて帰ってこれないかもしれない、と、ガルフォードは言っていた。それほど過酷なもの、という印象がある。


「それでもよい。聞かせてくれ。どうせやることがないんだ」

「ならば、お休み頂いてもいいんですよ? このような時間ですし」


 そりゃあ、日が変わって深夜。もう数時間で朝だもんな。


「それを言うならば、あなたもだ大司教。ここで待っているというなら、時間潰しに話してくれてもよかろう」

「そうですな」


 ガルフォードは、自身の口元に指を当てた。


「まず、全体の傾向として、人によって試練の内容がまるで違うということ。その内容、長さも、人によって異なるようです」

「つまり、あっさり終わる場合もあれば、かなり時間が掛かる場合もあると?」

「まさに」

「興味深いな。一体、その差はなんだ?」


 俺は考えてみる。試練を受ける人間によって違うということは――


「ほとんど試練を受けるまでもなく優れた者と、そうでない者の違い、か……?」

「そういう説もありますが、試練の内容とその人間を見るに、試練の間自体が、その者の素質も見ているのではないか、と思うのです?」

「どういうことだ?」

「まったく見込みのない者には、大した試練も出さずに素通りさせてしまうこともある、ということです」


 ガルフォードの言葉に、俺は呆気にとられた。


「試練なのに、素通り?」


 受けても、試練がない。その人に試験を受ける価値もないというのがわかるということか。


「故に、試練が終わるのが早すぎてもよろしくないということです。長すぎる場合は、単に試練の内容が困難ということもあるでしょうが、試練側が、その者を見込んで高度かつ複雑な試練を与える場合もあるようです」


 見込みがあるというのは、ある意味認められているということだろうが、試練が普通に難しい場合もあって、素直に評価は難しいと。


「俺も受けてみようかな、と思ったが、話を聞いたら、かなり面倒そうなので辞めておこう」


 それで――俺は意地悪くガルフォードを見た。


「あなたの試験はどうだった?」

「まあ、それなりに長かったと思っていますが、かつて同僚に聞いた話では長くもなく、短くもなかった、そうです」

「それはそれは」

「中と外では、時間の経過も違うのは確かでしょう」


 ガルフォードは顔を上げた。


「なので、ソルラの試練ですが……少々時間が掛かっているようですな」


 ……なるほど。それでガルフォードは寝もせずに、今も待っていたということか。

 大丈夫だよな、ソルラは。ちょっと心配になってきた。

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