第95話、最終試練
何度傷つき、何度倒れただろう。
失敗、失敗、失敗!
きっとこれまで倒れてきた自分の死体を集めたら、山になるだろうとソルラは思った。
試行錯誤した。そんな中で、ジンから教わった身体強化の魔法と、魔法属性に対する考え方、そしてモンスターの構築や弱点の知識が役に立った。
もちろん、最初から出来たわけではなく、これも試行錯誤だ。死んで、繰り返して、より質の高い魔法、行動がとれるようになった。
始めはとても躱せず、直撃を受けて死亡したドラゴンブレス一つをとっても、何十という死を繰り返し、即死から瀕死の傷、重傷、腕や足一本の喪失のみ、とダメージも減っていた。
今では髪の毛一本の差で回避できるくらいになった。仕留めるに苦労したドラゴンでさえ、力で分断できるくらいになった。
いや、魔法を使えばもっと簡単なのだけれど、その魔法にしても、始めは外皮を傷つけるくらいしかできなかった。
だが魔力を練り直したり、大気や物体に宿る魔力を集めたり、様々試して、威力や精度、効率を上げていった。
ただ戦うだけではなかった。魔の塔ダンジョンを模した試練は、ソルラに痛みのみならず、空腹や病気ももたらした。
ダンジョンに生えている草を食べ、魔物肉を食らい……腹を下した。とんだ間抜けなのはわかっていても、空腹や喉の渇きは、生きている限り避けられない。試練の間が異空間だからと言って、飲み食いや睡眠なしで生きていられるほどご都合空間ではなかった。
料理は神殿騎士の野外での任務時の最低限の知識しかなかったが、道具も何もない状態で自活を強いられたから、その辺りも自ずと修練の場となった。
自分で言うのもなんだが、逞しくなったのではないかとソルラは思った。人として大事なものがなくなったような気もするし、羞恥心も多少消えたような気がする。しかし、それに固執していられるほど、環境は優しくなかった。
そうやって何とか戦う以外の面でタフになれたソルラだったが、単身で魔の塔ダンジョンに挑むという試練は、恐ろしいものだった。
一つの階を突破するのに、これまで通り屍を重ねたが、階によっては数回程度でくぐり抜けられるくらいにはなっていた。だが、34階は地獄だった。
本来のダンジョン構成ではない、邪教教団の襲撃。そしてデーモン・ウォリアーだけでも手強いのに、最終的にグレーターデーモン五体を一人で相手にするなど不可能に近かった。
ソルラは粘り強く挑んだが、デーモンの圧倒的力に、死亡数はみるみる積み重なっていった。
神聖属性を操れて、これまでの試練でその力を高めたのだが、同時に五体はさすがにレベルが違い過ぎた。一撃で臓器をやられたり、手や足が吹き飛んだり、噛み砕かれたり、防御の魔法で守ってもブレスによってじっくり焼かれて命を失ったり、と返り討ちにあう日々。
やり直すたびに、手を考えて、苦痛と恐怖に立ち向かう。死に対して麻痺してきていたソルラでも、グレーターデーモンの発する『恐怖』は格別であり、心臓を絞られるほどの痛みを伴った。
だが、諦めなかった。何度殺されても、再び戻ってきて悪魔たちに挑む。何故、それができたか。
理由は恐ろしく簡単だ。
五体のグレーターデーモンは倒せるからだ。英雄王子アレス・ヴァンデが、たった一撃で五体を瞬殺する光景を目の当たりにしていたからだ。
誰も成功していなければ、『無理だ』と気持ちで敗北したかもしれない。
決して、討伐不可能ではないのだ。アレスのように強くなれば、グレーターデーモンとて瞬殺できるのだ。
あの人は、あの時、仲間の力を借りることなく、単独で倒した。仲間の協力がなければ倒せない、ということもない。
――ひとりで、倒せる!
ソルラは、悪魔の壁に挑み、屍を積み上げた。しかし強くなっている。一体を瞬殺できるようになった。直後、他の四体から攻撃されて倒された。
次にやった時、一体瞬殺後、他個体の攻撃を三体まで躱せた。最後の一体でやられてしまったが、着実によくなっていた。
そして五体を倒せるようになった時、ソルラの体は変化していた。背中から翼が生えて、飛ぶことができるようになっていた。
これまで見てきた魔の塔ダンジョン、彼女が知る最後の階である35階に到達する。グレーターデーモン五体を倒せる今、フローズンドラゴンとてさほど苦労しないだろう。……というのは楽観でしかなく、ソルラ自身、吹雪に悩まされた後、フロアボスのドラゴンと遭遇したが、実際の姿をそういえば見たことがなく、何度か失敗してしまった。
締まらないな、と思いつつ、フローズンドラゴンを撃破し、階を突破。この先は、まだ行っていないので、未知の世界となる。
だが、魔の塔ダンジョンは、そこで終わった。溢れ出る闇が、ソルラを包み込み、その意識を閉じさせた。
・ ・ ・
――答えは出たかね、ソルラ・アッシェ。
聞こえてきたその声は。
『ガルフォード大司教様』
――よくここまで試練を潜り抜けた。さすがは神の血を引く娘。
『神の、血……?』
――そうだ。
ガルフォードは、ソルラの出自を語った。自分が女神の一部から作られた人から生まれた子であると。
『それで背中に翼が……』
出し入れできる翼を見やり、ある意味ソルラは、それを真実と受け入れた。殺された母のことは断片しかわからないが、しばし自分のおいたちに触れて、神妙な気持ちになる。
一通りの説明の後、ソルラは口を開いた。
『では、試験は合格ですか?』
――いや、まだ最後の試練が残っておる。
うっすらと、ガルフォードの姿に闇の力がこぼれ出る。
――君の心にある闇の力は、中途半端だ。そのような半端な状態で終了などと、この試練は生易しくはない!
ガルフォードは杖から光の剣を具現化させた。殺意を感じて、ソルラは瞬時に距離を取った。
『大司教様!?』
――温い。これでは何のための試練だったか。光も闇も中途半端。それではとても強くなったとは言えない。
冷ややかな声で、ガルフォードは告げた。
――冷徹なる光の意志もなければ、身を焦がすような暗黒の力も引き出せていない。それでは大悪魔を倒すことなど、夢のまた夢。
『やめてください、大司教様。……私は』
殺意を向けられ、ソルラも剣を握る。敵対したくない。戦えば、ガルフォードを殺してしまうかもしれない。
――だから、甘いのだ、ソルラ・アッシェ。
引き裂くような悪魔の絶叫と共に、ガルフォードは光の剣で斬りかかった。
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