第96話、ソルラの帰還
長引いている。これは時間がかかっているほうではないのか。
俺は、試練の間にある門を睨みつけていた。
石でできた強固な門は閉ざされたままだ。中と外では、時間の経過が違うとガルフォード大司教から聞いている。
その大司教にしろ、ここまで時間がかかるとは思っていなかったのではないか? もうじき朝か。
これは徹夜だな。ま、呪いを利用すれば、一睡もしなくても俺は平気だけど、御老体には厳しいのではないか。
ソルラは大丈夫なのだろうか。試練の途中で、挫けてしまい帰ってこれなくなっているのではないか? ……心配だ。
せめて様子がわかれば、こうも不安になることもないのだが。
その時は、唐突にやってきた。
重々しい扉が音を立てて開き始めたのだ。おっ、試練が終わったのか。
靴音が聞こえてくる。扉の中、暗闇に包まれ見通しのきかないそこから、ぬっと人影が現れる。
ショートカットの銀髪、生真面目そうな表情の可憐な少女――
っ、と。俺は思わず確認した。
ソルラ・アッシェだ。そのはずだ。しかし彼女の左目は、人間のそれとは違う黄金色の瞳となっている。右はこれまで通りの青い瞳なのだが。
全体的にまとっている雰囲気も違う。真面目そうなのは変わらないが、どこか達観しているような、ベテランの兵のような凄みを感じた。
身につけている防具も、神殿騎士のそれとは違っている。胴体を守る胸甲、腕や足を守る防具はあれど、肩のアーマーがない。肩出しは、戦場でも防御より動きやすさを重視する者がよくやっているから、珍しくはないが……防具が黒と白の混ざりもののせいか、肌の露出が妙に艶やかに見えた。何というか、歳は変わっていないのに、大人っぽくなったというか。
「アレス、大司教様」
俺とガルフォードに気づいて、ソルラは声をかけてきたが、目つきが鋭くなる。
「本物ですよね?」
「ん?」
「試練の中に、私がいたかな?」
ガルフォードがのんびりした調子で言えば、ソルラ・アッシェは軽く膝を曲げて一礼した。
「失礼しました。ここが試練の間であるなら、ソルラ・アッシェ、ただいま帰還しました」
少々皮肉っぽい言い回しであるが、無事そうで何より。
「お帰り、ソルラ」
「よく戻ってこれた」
ガルフォードも頷く。
「難儀していたようで、心配しておった」
「ご心配をおかけしました」
ソルラはそこで、わずかに戸惑うように言った。
「あの、お二人とも、もしかしてここでずっと待っていたのですか?」
「いつ帰ってきてもいいように」
窓から、日差しが差し込んでくる。
「どうやら朝になってしまったな」
それより――俺は気になっていることを聞く。
「その姿は……?」
「あぁ――おそらく試練の間に手に入れたものかと」
ソルラは自分の装備品を見やる。鎧だけでなく、剣や盾もあまり見かけない、つまりかなり珍しいダンジョンでの掘り出し物のような貴重そうなものに見えた。……試練は、どこかのダンジョンだったのかな?
「あとこれを聞いていいものかどうか、ちょっと迷うんだが――」
「はい……?」
「遅かれ早かれ指摘されるだろうから聞くが……左目、どうした?」
体の変化については、デリケートな部分もあるから、ちょっと躊躇うのだが、俺は彼女の黄金色の瞳について質問した。
「目……?」
ソルラは目元に手を持って行く。あー、これ自分では気づいていないやつだ。視覚に変化がなければ、鏡などで自分の姿を見ないとわからないよな。
「おかしいですか?」
「瞳の色が変わってる」
特に普通の人間では見かけない色だ。あまり言いたくないが、悪魔の目の色に近いものがある。
「聖と邪、二つの力を身につけたようだな」
ガルフォードが口を開いた。
「己が中に、その二つを取り込んだのだ。どちらに傾倒するではなく、調和を選んだのだな、ソルラ・アッシェ」
・ ・ ・
ソルラが帰還した。
試練に挑んだことで、相当鍛えられたのだろう。その存在だけで、リルカルムとは違う方向で頼もしさを感じた。
かと思えば、元来の生真面目さは変わっていないようで、そこは微笑ましい。
「しばらくお暇を頂きます、大司教様」
ソルラは、神殿騎士の業務を放棄し、俺たちと行動を共にすると宣言した。ガルフォードもそれを了承した。
「試練が、君にその道を示したのだ。女神ユニヴェルの導きあれ」
というわけで、俺たちのアジトである大公屋敷へと移動。
「エリル」
俺が呼ぶと、大猪がやってきた。早朝に通りかかった王都民が奇異な視線を猪に向けていた。街中にはいないもんな、こんなでかい猪は。俺とソルラ、二人を同時に乗せられるくらいには大きい。
「豚ですか?」
「猪のつもりなんだけどねぇ……」
ソルラもこれを豚だと言いやがった。おかしいな。猪だよな……?
「これ、どうしたんです?」
「乗り物があると便利だと思ってさ」
暗殺者ギルドの変態殺し屋が呪いで変化した、とは黙っておこう。俺はエリルの背中に乗ると、ソルラに手を伸ばして、同じく同乗させる。
「直に座ると妙な感じです」
「鞍が欲しいな。やっぱり」
さあ、行こう。仲間たちが待っている。
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