第97話、今日は休日


 大公屋敷に帰ると、黒バケツ隊が警備に立っていた。

 猪に乗った俺たちを見やり、黒バケツ騎士たちは何事もないように素通りさせた。

 屋敷の前でエリルから降りると、俺とソルラは中に入った。


「以前に比べて、また荒廃していませんか?」

「相変わらず、俺の命を狙った不届き者が多くてな」


 ソルラに、最近また暗殺者ギルドが、俺の暗殺依頼を出した件を伝えた。それで昨夜は、王都暗殺者ギルドを報復がてらに壊滅させたことも付け加える。

 地下居住区にいけば、寝ぼけ眼のシヤンに出くわした。


「おー、お帰りなのだぞ、アレス、ソルラ」

「おはよう、シヤン」

「おはようございます、シヤン」

「……」


 昨日暗殺者ギルドと戦ってから、お休みだった様子のシヤンは、じっとソルラを見つめる。まだ寝ぼけているようだ。


「だいぶ、強くなったようだな、ソルラ。後で手合わせしようなのだぞ」


 などと言って、ベッドへ戻っていった。


「あら、お帰り、アレス」


 部屋から、シャツ一枚姿でリルカルムが現れた。家だからってラフなんだけど、これでいつもの衣装より裸面積が狭いというね。……それより、下を穿きなさい、下を!


「あらぁ? ソルラったら、印象変わったんじゃない?」

「どうも」


 あっさりと流すソルラである。リルカルムは微笑んだ。


「オッドアイもキュートよ。前より断然いいわ」

「……」

「前より肌面積が増えているし」

「肩が出ているだけですが?」


 ソルラが声のトーンが落としていえば、一瞬、リルカルムは押されたように身を引いた。


「そうねー。……肩と、太もも?」

「インナー履きます」


 試練で装備品が変わったので、そこらの見直しが必要だと思う。


「しかし、試練を受けると武具も変わるなんてな……。いったいどんな試練だったんだ?」


 興味本位で聞いてみれば、ソルラの表情がわすかに曇った。


「別に面白おかしくは話せませんが、それでよろしければ」

「聞きたい。嫌でなければ」

「わかりました」


 ソルラは了承した。長い話になると言うので、居間に移動して、ゆっくり朝食しながら聞こうじゃないか。



  ・  ・  ・



 軽はずみに聞くものでもなかった。ソルラは生真面目に試練の内容を話してくれたが、どれもハードで……正直、聞いているだけで心が挫けそうだった。


 俺だったら、どうだっただろう。最初のはともかく、ひたすら歩くやつは完遂できたのだろうか。生真面目ソルラでなければ、ああも辛抱強く続けられなかったのではないか。

 魔の塔ダンジョンを一人で攻略については、一度行ったところだけというなら、俺なら単独でも行けたかも、と思う。


「グレーターデーモンも一人で倒せるようになりました」


 これを報告する時のソルラは、若干恥ずかしげに、しかし自慢したい気持ちが隠しきれていなかった。


「でも、アレスのように一瞬で五体は難しいので、まだまだ精進が必要ですが」


 そう言って表情を引き締めるソルラは、どこまでいっても真面目である。


 彼女の冒険譚は、真実であるならば相当な戦力アップと言える。リルカルムやシヤンに劣ることなく、彼女たちの比肩するレベルになったのではないか。……もちろん、試練と実際では違うかもしれないから、本当のところを見る必要はあるが。


 そして最後の試練で、彼女は闇の力を引き出して操ることができるようになったのだそうだ。


「私の中で、かなり負の力、というか闇の力が溜まっていたようで、その力を引き出されたというか……それを支配して力にする術がわかったといいますか」


 どこか自分でも確かめるような調子だった。ソルラ自身、まだ感覚しかないのだろう。それでも試練を抜けられたということは、試練自体が充分だと認めたということだろう。


 その最後の試練が何だったのか、ソルラは詳細は語らなかった。よくわからないが、とても言いにくいことのようだった。気にはなるが、それを無理やり聞き出すのは紳士ではないので、自重した。

 話の間に、シヤンやベルデがやってきて、ソルラの話を聞いていた。一通り説明が終わった後、今度は俺が質問された。


「あの猪は結局、何なんです? 乗り物と聞きましたけど」

「え、ブタじゃないのか?」


 シヤンが言えば、ベルデも。


「オレもてっきり豚だと思ったが、猪だったのか? あれどうしたんだよ?」


 話せば長くなるが――俺は語った。

 あの猪は、暗殺者ギルドのギルマスの愛人だったエリルって暗殺者で、その正体はサキュバス、つまり悪魔だったこと。ギルドアジトで死んだと思われていたが、実は生きていて襲ってきたので、返り討ちにした。


「サキュバスだったのかよ!?」


 ベルデが一番驚いていた。暗殺者ギルドで何度か顔を合わせていただろうが、その正体が人間でなかったことに、衝撃を受けたようだった。


 五十年前の復讐というのは、あまりなさそうだったが、悪魔たちの世界でも俺はちょっとした有名人らしく、その俺を殺して、エリルは箔をつけたかったみたいである。そんな理由で、俺や仲間たちに暗殺者を送ってくるのだから、こっちも容赦するつもりはなく、黒バケツ隊よろしく死ぬまで使い潰してやる。大公暗殺は未遂と言っても極刑だ。


「――まあ、そんなところだな」


 これで話すことはないかな。ない? ならよし。


「昨日のこともあるので、今日は一日休日だ。それぞれ休んでくれ。で、明日は魔の塔ダンジョン、36階からだ」



  ・  ・  ・



 休日ということで、結局徹夜だった俺は午後まで寝ていた。

 その間にあったこと。


 シヤンとソルラが模擬戦をやり、庭を半壊させた。起きたら、二人して謝りにきたから何事かと思った。地面が抉れ、屋敷の壁も崩れていて、いったい何があったと驚くような有様だった。

 とにかく、シヤンが全力を出してなお互角以上に渡り合うほどソルラは強かった、ということで決着らしい。


 午後には、ソルラはシヤンとベルデと共に、装備や備品購入に出かけた。リルカルムに指摘されて、インナーとなるタイツを買うとか何とか。


 そのリルカルムは、変化の魔法が使えるらしく、エリルを使って遊んでいた。せっかく他の動物に変えたのに、人間に戻したり、また別の生き物に変えたりと、『遊び』というより虐めみたいなことをやっていてドン引きだった。


「教育よ、教育」


 調教っていうんじゃないかねぇ、そういうの。エリルはすっかり飼い慣らされていた。……うん、まあ、因果応報だ。同情しないし、助けないよ。

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