第41話、子供たちの涙


 背の高い冒険者トルワーに促されて、少年――年長のほう、バップがポツポツと話を始めた。

 聞けば、バップはミニムムという団体が運営する孤児院にいるという。


「ミニムム? 聞いたことがないな。……知っているか?」

「幸せの会と関係する団体だったかと。よくは知りません」


 ソルラは答えた。トルワーが口を挟む。


「孤児院って話なんですけど、実態は穴蔵みたいな地下ですよ」

「詳しいな」

「オイラはあの辺りの生まれなんですよ」


 トルワーは頭を掻いた。


「ただ、オイラたちの仲間内じゃ、ミニムムは子供をさらって売り飛ばすって噂があったんで、近づかないようにしていたんです」

「本当なのか?」

「かなり黒っぽいですが、噂っていうか、実際に奴隷になった奴は見たことないんで」


 なるほどね。怪しいけど、本当かどうかわからない、と。孤児院だっていうなら、そこの子供たちが大きくなったらどうなるか、関心を寄せる人もいないだろうしな。


「あいつらは、悪魔だよ」


 バップが目に涙を浮かべた。


「子供を連れてきて、『仕事』をさせるんだ」

「仕事?」


 バップは涙ながらに語った。ミニムムの大人たちから、指定された人間を集団で襲わされたり、窃盗や、建物への投石、嫌がらせなどをさせられた、などなど。


「やらなきゃ、食事を抜かれたり、呪いをかけられたりするんだ」


 絶句である。身寄りのない子供たちは、生きていくために犯罪を強制させられているのだ。


「君や、そっちのコドに呪いがついていたのは――」


 小さい子供――7歳くらいの少年コドは、ソルラの治癒魔法のおかげか、今はスヤスヤと眠っている。呪いがなくなってよくよく見れば、日頃から虐待されていたらしい跡が見て取れた。


「仕事に失敗したから。奴ら、呪いの杖ってのを手に入れて、コドはそれの的にされたんだ」

「許せません!」


 ソルラが怒りを露わにした。わかる。俺もはらわたが煮えくり返っているよ。

 これはいわゆる内部告発ってやつだ。世間が知らない孤児院の内部。字面にすれば善意だが、その裏は黒。真っ黒ということだ。


 ……まあ、まだ子供の証言だけだから、どこまで本当なのかわからないが。ただ証言の真偽がわからないから何もしない、ということはない。直接乗り込んで、藪をつついてやる。それで蛇が出れば、そのまま潰す。


「よし、バップ。今から私が、そのミニムムという団体を調べてこよう。君の言う通り、連中が子供たちを虐げ、犯罪を強制するならば、国家の治安を乱した者たちとして処罰せねばならない」

「……!」

「あ、あの大公閣下、今からですか?」


 トルワーが目を見開いた。そんな驚くことか?


「当然だ。子供は国の宝だ。未来のヴァンデ王国を支える者たちを害する者は、王国の敵だ」

「お供します、アレス!」


 ソルラは立ち上がった。バップが俺を見上げる。


「あの、本当に、助けてくれるのですか?」

「ああ、君が嘘つきでなければね」


 俺はしゃがんで、バップ少年に目を合わせた。涙ぐみ、顔を真っ赤にした少年。これが演技だったら大したものだ。


「う、嘘はついていません! そ、それと、もう一ついいですか?」

「何だい?」

「コドのお姉さんを助けてほしい、んだ……」

「お姉さん? ああ、もちろん、ミニムムにいるなら、助けて――」

「ミニムムじゃないんだ」


 バップは首を横に振った。


「幸せの会にいるんだよ。コドとお姉さんは、最初幸せの会って保護されたんだけど、お姉さんだけで、コドは放り出されて、ミニムムに来たんだ」

「どういうことだ?」

「コドは男の子だから……」


 バップは言った。


「幸せの会は、女の子しか助けないんだよ。それで男の子は、ミニムムに連れてこられる」


 何を言ってるんだ? お姉さんは保護して、男の子だからという理由で、年下の七歳くらいのコドは助けない? 性別で差別して助けないとか、おかしくないか? 

 元々女性しか助けない集団なのかもしれない。だが幼い姉弟を引き離してまで、片方しか助けないのは、どうにも理解できない。


「ソルラ、もしユニヴェル教会なら、子供が保護を求めてきたら、兄弟姉妹を引き離して、片方を保護しないなんて、あり得るか?」

「ありえません!」


 ソルラは直立不動の姿勢をとった。


「助けを求める者には平等であれ。それこそ真に正しき行いと信じます。もちろん、教会とて万能ではありません。時として最善の手では救えない場合もあります。けれども、次善を探し、極力助けられるように手を尽くします!」


 手に余るからと、何もせず放り出すことはしない――ソルラは、いつもの真面目ぶりを発揮した。


「これは幸せの会も調べないといけないな」


 俺は内心の怒りを押し殺し、冷静を装う。まだ決めつけるな――片方の証言しか受け付けていない。

 だが行動は素早く、動け。証言通りであったなら、今この瞬間にも、不当な扱いを受けている子供たちがいるのだ。


「まずはミニムムだ」



  ・  ・  ・



 ドーン!――扉を蹴破る。


 扉の前にいた男は、その扉ごと倒れ、中にいた男たちは慌てて席を立った。


「こんにちはー、アレス・ヴァンデ大公自ら、家宅捜索にきたァ!」


 ドカドカと黒バケツ隊が踏み込み、武器を抜こうとした男たちを殴り倒していく。俺はその後に、ゆっくりとミニムムのアジトへ踏み込む。


「ここに、呪いの杖という孤児院にあるまじき無許可の呪物があるという通報が入った。誰か、呪物取り扱いの資格のある者はいるか? ……いるわけないか。調べさせてもらうぞ」


 黒バケツたちに押さえられているミニムムという団体の男たち。紳士な服装の者が二、三人。あとは戦士というかゴロツキ風の男たち。外見から判断すると、如何にも悪党っぽい。……見た目は大事だね。


 階段の下で、怒鳴り声とドタバタと音がする。下の階にいるミニムムの構成員と黒バケツが戦っているのだろう。直に大人しくなるさ。


「さて、ここに責任者はいるかな?」

「こ、これは一体何の真似だ!?」


 口を開いたのは紳士な見た目の、三十代男性。目つきは鋭く、俺を睨むが、体は黒バケツ隊員に押さえられている。


「お前が責任者か?」

「バルトン・ハット伯爵だ! このようなことをしてタダで済むと――」

「おやおや、お貴族様がいたか。話を聞こうかハット君」


 俺は倒れている椅子を起こして座る。


「貴様ァ! ――ええいっ、離せ!」

「いつから伯爵が大公より偉くなったのだ? ハット伯」

「え……?」

「私は面倒が嫌いだ。さあ、話してもらおうかな、ミニムムの全てを」


 俺は、ハットに真実しか話せなくなる呪いをかけた。

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