第40話、寄付とは?


 昨日は一気に魔の塔ダンジョンの二十階まで攻略できたが、これからはそうはいかないだろう。


 先駆者たちの知識を借りて、スムーズに進めたが、出てくるモンスターの強さや、地形の複雑さなど、進むほど上がっていく。


 邪教教団の連中が、修業の場としても使っていたという話も何となく頷ける。きっとダンジョン何階制覇でランク付けしているに違いない。……知らないけど。


「ソルラ、体のほうは大丈夫か?」

「はい、丈夫なのが取り柄ですから!」


 ソルラは今日も真面目である。俺は何だかんだで呪いの反転を利用したブーストが使えるが、彼女は生身。割とついていくだけでも大したものだ。


「お前には、アンデッド退治で頼りにしているからな。倒れられても困る」

「頑張ります」


 表情は冷静に見えて、口調はどこか楽しそうというか、頼られて嬉しいという響きを感じる。


 ソルラは、俺では使えない神聖系魔法が使える。悪魔系やアンデッド系に効果的な攻撃を掛けることができるのだ。アンデッドの攻撃に対しては俺も強いが、攻撃手段は、ソルラに頼ったほうが遥かに効率がいい。


 騎士としての実力も標準以上で、若いながらも俺に随伴できるタフさがある。はじめは不安もあったが、今ではそれも霧散した。


 さて、冒険者ギルドに到着である。何か新情報が入っていないか、二十階以降の攻略情報の確認に来たのだが――おや、ギルドに通うようになって初めて見る集団がいるぞ。


 それはシスターが五人。修道服姿で、二人は武装しているが、あれも冒険者なのか?

 男性冒険者が、何やらシスターの持っている小箱に、小銭を落としているような。


「募金活動か?」

「またあれは……!」


 途端にソルラの表情が曇った。


「どうした?」

「幸せの会とかいう孤児院の者たちです。あの格好をしていますが、ユニヴェル教会とはまったく関係がありません」

「え、ひょっとしてシスターじゃない?」

「少なくともユニヴェルではないですね」


 憮然と答えるソルラである。


「正直、うちとは関係ないのに似たような格好されて困っているんです。ただ、あれで恵まれない子供や孤児たちに手を差し伸べているので、あまりどうこう言えないのですが」

「慈善団体か」


 そういう子供たちが救われるなら、ドンと寄付したいところだが……。あいにく持ち合わせるがない。俺は大公なのに……。

 そうこうしているうちに、幸せの会の女性たちが、ギルドフロアを横切り、出ていく。


「――随分としけていますね」

「ギルド長が代わって、額が一桁下がりましたからね」


 姿こそシスターっぽいが、聞こえてきたのは、何とも慈愛の欠片もない。出入り口近くを通る時、俺とソルラを見て、何やら侮蔑的な目を向けられた。……てっきり、募金のお声が掛かるかもと思ったが、眼中にない感じだった。

 それにしても、随分いい香りがした。これは香水かな……。


「やっぱり教会を避けているみたいです」


 ソルラは去っていく一団を見送る。


「これまでも細々としたところでトラブルがありますから、疎まれているのでしょう」

「そうか? 俺も睨まれたぞ」


 左手を振る。


「あれは呪い持ちを蔑む目だ」


 弱者救済の団体かと思えば、対象は子供限定なのかもな。成人の呪い持ちについては、他同様差別しているのかも。

 気を取り直して、カウンターへ行けば、ギルマス代理のボングが、苛立ちを露わに仁王立ちしていた。


「おはよう。……どうした?」

「おはようございます、アレス様。いえ、さっき来ていた幸せの会の寄付について、少々揉めまして」

「何があった?」

「定期的に募金に来ているって話なのですが、寄付額が少ないと文句をつけられまして」

「意味がわからないな」


 俺は思わず首を振った。


「集金じゃない。募金だろう? 善意を頼みにきて、その額が少ないとケチつけるのは、どういう了見なんだ?」

「ですよね? よかった。私がおかしくなったのかと思いました。前のギルマスは、慈善事業に熱心だったのか、かなりの額を寄付していたみたいなんですよ」


 へぇ、あの不正男のホスキンが、高額寄付ね……。人は見かけによらないってか。


「ただ、その額がちょっと高過ぎと言いますか。ギルド運営のお金から出していたので、それはちょっと違うだろうと、適正な寄付に収めたら……まあ、文句を言われた次第で」


 いきなり減れば、そりゃ驚くだろうが、文句というのはさすがに酷いな……。善意を盾に押しつけは、募金を募る立場の人間がすることではない。


「そんなに酷かったんですか?」


 ソルラが言えば、ボングは腕を組んで渋い顔になる。


「子供たちが餓えてもいいんですか! とヒステリックに責め立てられた。男の癖に、とか、もう、こっちが悪いことしたような気分にさせられた」

「……そんな、貧しい集団には見えなかったな」


 シスター服は綺麗に整っていたし、警備役だろう女性が持っていた武具も、駆け出し冒険者に比べたら遥かにまとも。さらには高い香水の香り付き。外面は大事とはいえ、そこにつぎ込むお金減らせば、子供たちは飢えないんじゃない? ……抱えている人数は知らんけど。


 何が言いたいかというと、どうもチグハグというか、お金の使い所を間違っていないかって疑問。


「ああ、そうだ、アレス様。ひとつお願いがあるのですが」

「何だ?」

「呪い持ちが、アレス様に呪いを解いてもらえないかと、待っているのですが、よろしいですか?」

「ああ、構わないよ」


 俺は断る理由がないからね。ダンジョンに行く前に、ちゃちゃっと終わらせよう。


 待合室に行けば、ひょろりとした長身の冒険者と、子供――少年が二人。着ているものはボロボロ、痩せたその姿は見るからに貧困層。小さい子のほうが、かなり具合が悪いようでぐったりしている。呪いオーラも濃い。これはいけない。


「そのまま」


 俺が来たのを見て、椅子から立ち上がった冒険者と大きいほうの子供を制して、まずは具合の悪い子供のほうから。


「これは酷い呪いだ。弱体化に、熱病か……」


 呪い喰い! 少年の呪いを解除。


「ソルラ、この子に治癒魔法をかけてやってくれ」

「わかりました!」

「あ、あの!」


 年長の少年が緊張しつつ口を開いた。お兄ちゃんかな?


「この子の呪いは解いた。大丈夫だ。……さあ、君も腕を出して。解呪しよう。……ああ、もちろん、お前もな」


 ひょろりとした冒険者にも順番だと伝える。順に呪いを解き終わると、年長の少年が小さい子によかったと抱きしめた。冒険者は頭を下げた。


「ども、大公閣下。オイラは、トルワーと言います。呪いを解いてくださり、ありがとうございました」


 かなり田舎っぽいというか、礼儀についてお勉強している身分の出ではなさそうだ。


「よかったな」

「それで、こっちのガキたちは、スラムに住んでいるようなんですが、聞いてやってくださいよ」


 ノッポの冒険者は、悲しそうな目をした。


「こいつら、マジヤバい状況らしいんでさぁ」

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