第39話、早い解きの秘訣は?


 アレスが、魔の塔ダンジョンに挑み、その日のうちに二十階まで突破した話は、関係者の間に広がった。


「早過ぎる!」


 冒険者たちのコメントの大半がそれであった。


「嘘だろ? 本当に……?」

「強いという話は、聞いていたが――」

「五十年前の伝説ってのは、事実だったのか――」

「いやいや、どんなに早くても一日で五階くらいでしょ? ただ進むだけでも厄介なのに、モンスターと戦いながらだぞ――」


 序盤の階は、モンスターも弱めだから、腕利きであれば突破は難しくない。だがそれなりに歩くのが困難な場所だったり、罠だってある。

 すでに何度も入って、配置がわかっているのならばともかく、事前情報を仕入れただけでは初見で二十階は、考えられない速度だった。


「恐ろしく強い方なのだろう」


 冒険者ギルドのギルマス代理であるボングは、質問してきた冒険者にそう返した。


「王国に災厄をもたらした悪魔たちを単独撃破していった方だ。……もちろん、私は五十年前のことは知らないが。フロアマスター級魔物以上とも言われる悪魔を倒してきたのだろうから、実力は間違いない」


 ただ、とボングは付け加える。


「アレス様から聞いた話では、冒険者としては当然である撃破後の剥ぎ取りをしなかった。それがかなり時間短縮に影響しているだろう」


 冒険者の役得である、倒したモンスター素材の剥ぎ取り行為。撃破証明の一面もあれば、強力だったり希少だったりする魔物の場合は、買い取られて、冒険者たちの収入になる。


 より良い装備の購入、生活費や遊興費、使い方は多々あれど、冒険者にとって苦労して倒したモンスター素材を見逃す手はない。


 クエストはあるが、全体収入のかなりの割合は、剥ぎ取り素材の処分によるものとされる。


「だが、アレス様は根っからの冒険者ではない。倒したモンスター素材をお金にしようとか、お考えにならないのだ」


 あの大公閣下にとっては、魔の塔ダンジョン攻略は、いずれ来るであろう王国の危機を回避するためのもの。冒険者になったのは、そのための手段であって、お金のことは二の次、いや眼中にないのだ。

 そういうところは、根っからの王族であり、高潔な騎士の考え方である。


「勇者とか英雄とは、ああいう人のことを言うのだろうな」


 ボングは、素直に感心したし、伝説に偽りなしと思う。ただ、冒険者ギルドを預かっている身からすると、希少なモンスター素材があれば持ち帰ってきてほしいのが本音である。


 素材の売買で冒険者たちの収入にはなるが、間にギルドが入ることで、ギルド自体の収入になる。その収入の中には、組織の維持費、職員の給料もあるので、組織の経営にも関わる話である。


 ギルドがなくなると、自力で仕事が取れない冒険者はこの仕事が続けられなくなる。いわば営業業務。依頼探し、依頼者との調整などなど。


 さらに冒険者の収入になる素材処理も、ギルドが商談代行をやっているからこそであり、もしなければ自力で商人と渡り合い、交渉しなければならなくなる。商業知識がなければ、適正価格がわからず商人に安く買いたたかれたりと不利な取引にもなりかねない。


 ダンジョンへ挑んだり、魔物と戦いながら、営業と商談までやっていたら、個人では限度があろう。だからこそ、それら雑務を代行してくれるギルドは、冒険者にとって不可欠なのである。


「大公閣下は、ギルドなしでも単独でやっていけるタイプの冒険者だろうが」


 ボングは苦笑するのである。貴族ともなれば、ギルドでやっている雑務を部下にやらせることもできるに違いない。


「とはいえ、倒したモンスター素材がそのまま放置されるのは、もったいない」


 ダンジョンに一定時間放置されると、それら素材はダンジョンに吸収されてしまう。せっかくお金になるのに、それは実に惜しいことである。


「……アレス様に頼んで、回収屋を同行させよう」


 ボングは、さっそく今、王都にいる冒険者兼、凄腕回収屋を手配するのだった。



  ・  ・  ・



 ガルフォード大司教は、ソルラ・アッシェの部屋を訪れた。アレスと共にダンジョンに潜った神殿騎士は、姿勢を正した。


「大司教様」

「疲れているところ、悪いね」

「いえ。報告書もありましたし。まだ起きているつもりでした」

「その報告書を読むのが私だからね。直接聞いたほうが、早いと思ったのだ」


 ソルラの部屋は、神殿騎士らしく、特に飾り立てることもない、質素かつ模範的だった。性別を感じさせない室内は、彼女の生真面目さを物語っている。


「どうだったね、ダンジョンは?」

「実に興味深い場所でした」


 椅子を起き、向かい合う二人。ソルラは語る。


「塔であって、内部はまったくの別物でした。広さも環境も、まるで自然そのものでした。洞窟だったり、砦だったり、平原であったり、山だったり――」

「ダンジョンとは、この世であってこの世とは違う理が作用する環境だ」


 ガルフォードは頷いた。


「そこに生息する生き物もまた、外の世界とは別のものだ」

「魔の塔は、邪教教団が作ったものと聞いていましたが、あんなものを、人が作れるものなのでしょうか?」


 まるで一つの世界のようだった、とソルラは口にする。ガルフォードは微笑した。


「それを可能とするのが、ダンジョンコアと呼ばれるモノだ。それを操ることができるならば、限定的ではあるが、君の言う通り、世界を作ることも可能であろう」

「はい、大司教様」

「うん。それで、アレス様はどうだったね?」

「凄かったです」


 ソルラの表情が心なしか弾んだように見えた。


「ダンジョンには様々なモンスターがいましたが、アレスの手にかかれば、まさしく鎧袖一触」


 ――今、呼び捨てにした……?


 ガルフォードは気づいたが、指摘しなかった。ソルラは気づかなかったか、そのまま続けた。


「大抵のモンスターは、呪いの力で仕留められていました。フロアマスター――アレスはフロアボスと言っていましたが、それらもほとんど一撃でした」


 彼がひとたび呪われた剣――カースブレードを振るえば、魔物たちは容易く両断され、魔法と見紛う呪いの力で一掃された。


「五階おきにドラゴン級のフロアボスがいるのですが、それらも力でねじ伏せていました」

「ドラゴンは、呪いに強い耐性があるとされているが……アレス様の呪いの力はそれすら上回っていたのかね?」

「序盤のドラゴンは、まさにアレス様が呪いを飛ばしただけで弱体化していました。さすがに十五階、二十階のドラゴンはその呪いもほとんど効いていませんでしたが」

「しかし、突破はしたのだろう?」

「はい! アレス、あ、いや、アレス様のお力は、かの悪魔を倒した英雄というだけあって、ドラゴン相手でもお一人で立ち向かえるほどのものでした!」


 フロアマスター級のドラゴンともなれば、単独で倒せる者など、世界で数えるほどしかいないだろう。一般的には、パーティーなどを組んでの集団で戦うものだ。

 ソルラが、普段冷静な彼女らしからぬ嬉々とした調子なのを見て、ガルフォードは安堵しつつ、しかし問うた。


「四十五階までは、冒険者たちも踏破している。まだ君とアレス様だけで何とかなりそうか?」

「段々難しくなっているのは感じています。私は、先の魔物がどれくらい強いかわからないので、断言はできないのですが、アレス様ならば行けてしまえるのではないでしょうか」


 ソルラは冷静にそうコメントした。アレスの力を褒めつつも、浮かれることなく客観的に見ようとしているように、ガルフォードは感じた。


「……まあ、あの方がそうそう死ぬことはないだろう」

「そうですね……」


 ソルラは頷いた。

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