第38話、ダンジョンに挑む


 魔の塔ダンジョンは、基本的に登っていく形を取る。


 そう、上に向かっているはずなのだが、次の階へ移動する時、転移魔法陣を使うことも割とあって、はっきり登っているという感覚が持ちにくいのだそうだ。

 ちなみに、塔の内部は、外観とまるで異なる異空間となっている。どう考えても塔に収まらないだろうという広さなのだ。


 次の階に行くには、上への階段か、転移魔法陣を使う。この階段もしくは魔法陣を探すことが、その階の突破条件となる。


「ギルドで聞いた話じゃ、邪教教団にとってもこれは試練の塔だって言われていたらしい」


 俺とソルラは、塔へと入る。


「塔に出現する魔物を相手にしたり、トラップをくぐり抜けて、教団の戦士を作り上げるんだそうだ」

「なるほど……。ダンジョンが修行の場ということですか」


 ソルラは目を細める。


「ここはどこですか?」

「魔の塔ダンジョン」

「それはわかっています。……わかっていますとも」


 銀髪の神殿騎士は困惑する。


「ここ、洞窟っぽいですね」

「ダンジョンだからな」


 ギルドでもある程度の内部情報は聞いていただろうに。こういうのは先駆者に感謝だ。


「常識に囚われないことだ。ダンジョン内は構造はもちろん、何が起こっても不思議じゃない」

「そうなんですが……でもやっぱり、洞窟の中みたいですね」


 俺たちは岩の床の上を歩き、天然の洞窟のような一階を進んだ。このフロアは奥が見えにくいほど距離があるが、構造自体は長方形。入って真っ直ぐ進み続ければ、上への階段がある。

 この階での、侵入者を阻むものは、魔獣や魔物の類いだ。


「ウォーミングアップだ、ソルラ」


 俺はカースブレードを抜く。軋むような音が連続して木霊する。それは段々近づいてくる。吸血コウモリの集団だ。


 ソルラも騎士用のカイトシールドを左手に、右手に神殿騎士用のホーリーブレードを構える。その剣、この暗がりだと目立つくらい明るい。というか光ってない?


「私が囮になります」

「わかった。じゃあ、俺が薙ぎ払おう」


 カースブレードに満たされた呪いを発動。呪火ジュカ


 炎が噴き出し、放つ。炎の塊は、飛んできた吸血コウモリの集団の間を突っ切り、次の瞬間、呪いに触れたものから着火し落ちていく。


「アレス!?」


 ソルラが慌てた声を出した。


「ここ、洞窟――」

「ダンジョンだ。洞窟じゃない」


 強い火を使おうと気にすることもない。バタバタと落ちていく吸血コウモリ。丸焼けになり、空中で燃え尽きるもの、焦げて地面に落ちるものなどあれど、例外なく向かってきたものすべてがやられた。


「凄いですね……。一気に全滅しました」


 ソルラは声こそ落ち着いているようだったが、表情には驚きが浮かんでいた。


「外皮や毛に強い防御力があるわけじゃないからな。これくらいなら、魔術師の攻撃魔法でもできる」

「魔法ですよね?」

「今の? いや、呪いだよ」


 触れたモノを焼き尽くす呪い。


「あっという間に対象を焼き尽くす強いものもあれば、対象を殺さないよう延々と熱と痛みを与え続けるものまで、バリエーションがあるんだけどね」

「呪い……まるで魔術師の攻撃魔法のようでした」


 静かに感心しながらも、ソルラはその目は驚きに満ちていた。


「呪いは、魔術師の魔法のように詠唱が必要ないのですか?」

「種類にもよる」


 呪術師が使うような呪いは、魔術師同様、集中力や効果を高めるために長々と呪文や儀式が必要な場合が多い。


 だが、俺の場合は、短い言葉だけで呪いを発動できる悪魔の呪いを受けているからね。それで取り込んだ呪いを、分解したり繋げたりして組み替えて使いやすく分類しているから、単語一つで発動できるものも多々ある。


「俺は魔術師ではないが、呪いでその代用にはなる」

「代用どころか、下手な魔術師より使い勝手は上ですね」


 歩きながらソルラは言った。


「囮になると言いましたが、必要なかったですよね……」

「そうでもない。範囲や効果を見極めるためにも、敵の注意が外れてくれているほうが助かる。たとえ、一秒くらいだったとしてもだ」


 苦笑するソルラ。俺が慰めているとでも思ったか?


「いや、大事なんだよ? その一秒、わずか一瞬と言ってもさ」

「そういうことにしておきます、アレス」


 俺たちはダンジョンを進む。邪な空気、ダンジョンらしく、ジメジメした中、魔物の臭いもする。


「ソルラ」

「待ち伏せですね!」


 彼女は盾を構えた。


「指揮をどうぞ。あなたの指示どおりに動きます、アレス!」

「了解した!」


 ゴブリン、そしてスライムが岩陰から飛びだしてくる。不意打ちのつもりだろうが、お見通しなんだよ!



  ・  ・  ・



 冒険者ギルドへ帰還した。道中で出会った冒険者たち十人くらいを引き連れて帰っていた。

 受付嬢がギルマス代理のボングを呼んでくる。


「お帰りなさい、アレス様。如何でした、ダンジョンは?」

「まあ、肩慣らしにはちょうどよかったよ。……なあ、ソルラ」

「え? ええ、そうです、ね……」


 すー、と視線を逸らすソルラである。心なしか表情が引きつっている。


「神殿騎士には、ダンジョンの環境は慣れませんかねぇ……? 誤解しないでください、別に煽りとか皮肉などではありませんので」

「いえ……」


 ソルラは小さく肩をすくめる。前の冒険者ギルドとユニヴェル教会の関係は最悪であったから、些細なところで勘違いも発生するかもしれない。


「それで、アレス様。今日はどこまで進めましたか?」

「二十階。できれば四十五階の半分までは行きたかったんだけどね」

「……二十階?」


 ボングは呆然とした。


「えっ、たった半日で二十階を突破……? えっ……早過ぎませんか!?」

「そうなのか?」


 俺は冒険者になったばかりで、一般的な感覚は知らない。先駆者たちの情報は頭に入っていたし、出てくるモンスターもほとんど情報の範疇だった。


「フロアマスターも?」

「倒さないと先に進めないだろ」


 いわゆる、階段や転移魔法陣前の門番というべき、強力な魔物だ。冒険者票に転移魔法陣の記録を取る際に出現するので、基本コイツらを避けて通ることは不可能だ。


「そんなに意外か?」

「半日で二十階なんて、私の知る限り、初めてですよ。さすが悪魔退治の英雄!」

「煽てても何も出ないぞ」


 俺は手を振った。ボングは表情を改める。


「そうですか。それで、フロアマスターを倒した証明の部位をお出しいただければ、ギルドで買い取りますが……」

「持ってないよ」

「へ?」

「何も出ないって言ったろ?」

「えぇ……! 取ってこなかったんですか!? もったいないっ!」


 ボングは驚愕した。いや、俺は別に稼ぐためにダンジョンに行っていないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る