第26話、王族一家の救出


 姿を消したレーム大臣を取り押さえるために騎士や兵たちが城内を駆ける頃、王太子一家の様子を見に行った騎士が、青ざめて戻ってきた。


「王太子殿下、王太子妃殿下、王子殿下、姫殿下が、突如体調を崩されたとのこと! おそらく呪いの類いかと」


 アレスめ……とかいうと、俺のことかと思ってしまうな。たぶんレーム大臣の三男とかいうアレス・レームがかけたとかいう呪いが発動したのだろう。

 自分の呪いが返されて、策が失敗。人質を始末しようという魂胆だ。


「兄上」

「ああ、呪いなら俺が対処できる。すぐに向かおう」


 俺は、報告に来た騎士に案内させる。悪いがヴァルムよ、歳をとったお前に合わせるわけにはいかないから、全力で走らせてもらう!


 王太子の執務室へ――と、人だかりができているな。と思ったら、案内の騎士が怒鳴った。


「どけどけ! 道を開けろっ!」


 走ってくる騎士の勢いに、従者や侍女、兵らが慌ててどいた。そのまま室内に入室すると、騎士と魔術師が介抱する中、首を押さえて苦しんでいる王太子の姿が飛び込んだ。……ヴァルムにも俺たちの親父の面影があるので、たぶん間違いないだろう。衣装も王太子の正装だし。


「下がれ。治療だ」


 俺が言えば、周りにいた騎士が下がって、入るスペースを作った。が、近くにいた別の騎士が声を荒らげた。


「待て、そいつ、呪い持ちだぞ!? 王太子殿下に近づく――」

「うるさい。俺は呪い解きだ。黙ってろ!」


 淡々と返して、俺は王太子の首もとに右手を伸ばす。カースイーター――王太子の首回りの黒い呪いオーラが俺の手に吸い込まれ、途端に彼は大きく息継ぎをする。


「殿下!!」


 騎士たちが、王太子の雰囲気が変わったことに気づき、声をかける。そっちは任せていいだろう。

 俺は立ち上がり、近くの騎士に問うた。


「おい、王太子妃たちはどこだ? 早く呪いを解除しないと死ぬぞ」

「そ、それなら隣の部屋に――」

「隣だな」


 その部屋の扉は開いていて、ここでも女性と子供二人がぐったりしていた。侍女たちは支えられているが、もがき苦しむ王族一家に皆どうしていいかわからず顔を強ばらせている。


「呪いを解きにきた」


 俺は、まず自分の正体を明らかにして近づく雰囲気を作る。いきなり踏み込んでは、侍女たちがヒステリックに守り――この場合は邪魔をしてくるだろうから。


「わ、私より先に――」


 王太子妃が苦痛に顔を歪ませながら、王子と姫を指さした。


「二人を先に――」

「わかった」


 子供たちを支えている侍女らのそばに駆け寄る。十歳くらいの王子の首もとに左手を添えて――


「姫をこっちに近づけて」


 時間が惜しいから、そっちから来てもらう。七、八歳くらいの姫を侍女が抱えて近づいてきた。まあ、二、三歩の距離だけど。右手を姫に添えて、呪い喰い!


 まず王子の呪いを解除。続いて姫の呪いも消えた。最後に王太子妃の元へ――と思ったら王子が隣室から現れた。


「イレーナ!」

「今、呪いを解く」


 王太子に駆け寄られて、呪い解除が遅れるのは避けたい。俺は王太子妃の前に移動すると、首もとの呪いを喰った。


 ああ、なんたる美味な呪い。こいつは……中の上か。おっとさすがに言葉にすると不謹慎だから口には出さない。


 王太子妃の呼吸が激しく――しかし正常なものになったので、俺は身を引いて、壁際に移動する。


 王子が王太子妃を抱きしめ、そして呪いから解放された王子と姫が泣きながら、両親に抱きついた。家族全員無事でよかったね。

 騎士や侍女らが安堵する中、国王であるヴァルムらが駆けつけた。


「リオス! 無事か!?」

「父上!」


 国王の到着に、騎士と侍女たちはその場で膝をついた。王太子と王太子妃、そして子供たちが無事な様子を見て、ホッと息をつくヴァルム。しかし、リオスと呼ばれた王太子は眉をひそめる。


「父上、その、お体は大丈夫なのですか? ずっと具合が悪かったのに」

「その件なら、心配をかけた。もう大丈夫だ」


 部屋の端で立っている俺を見たヴァルムは言った。


「兄上のお陰でな。……お前たちも、兄上に呪いを解かれたのだろう?」

「呪い? そうか、やはりあの魔術師の仕業かっ!」


 リオスは激怒した。あの魔術師?


「何か知っているのかリオス?」

「私の家族に呪いをかけていた魔術師がいまして。そいつに脅されていたのです。……まさか、私にも呪いをかけていたとは……!」


 脅されていた――どうやら脅迫されていたのは、専属治癒魔術師だけではなかったようだ。リオス王太子の口ぶりからすると、彼もまた家族を人質にされていたようだ。


「それは、アレス・レームのことか?」


 ヴァルムが問えば、リオスは目を見開いた。


「アレス・レーム……。確かにアレスという名前でしたが、レームというと、まさかレーム大臣の関係者!?」


 治癒魔術師ジャラの時と同一犯なのが確定。と、そこへイレーナ王太子妃が口を開いた。


「陛下、先ほど『兄上』と仰いましたが、こちらの方はまさか――」

「おお、そうだった。お前たちにも紹介しておく。こちらにいるのは我が兄、アレス・ヴァンデ。五十年前、国を救った英雄アレス本人だ」


 騎士たちが驚愕し、思わず俺の方を見た。リオスもビックリして固まっている。そりゃ自分より若そうな男が五十年前の英雄と言われても驚くよな。


「兄上、私だけでなく、息子たちをよく助けてくれた。ありがとう……!」


 ヴァルムは改めると、頭を下げた。周りの空気がさっと変わる。一国の王が頭を下げるなど、あり得ないことなのだから。……まあ、俺は一応、ヴァンデ国王陛下の兄だからね。その辺は大目にみてほしい。正式な式典でもないわけだし。


「よせよ、いや、よしてくださいよ、陛下。騎士たちが見ていますよ」

「なに、兄さんならかまやしない。僕らは兄弟じゃないか」


 こらこら、すっかりプライベートな口調になってるぞ。そこは、王様を演じてくれよ。まあいいか、それを指摘するのも野暮だろう。


「それより、レーム大臣とアレス・レームを取り押さえないといけない」


 ああ、くそ。同じ名前だから、何かモヤっとするな。俺とは直接関係ないのに。俺が渋い顔をしたせいか、いつの間にかきていたガルフォード司教が小声で言った。


「アレスという名は、一時期かなり流行りましたからなぁ。英雄にあやかったのでしょう」


 ……本来なら、照れ臭エピソードなんだろうけど、悪党と同じというのは気に入らないな。

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