第25話、呪いの犯人


 ……どういうことだ?


 王城内の居住区画。王族専属治癒魔術師であるカルヴァー・ジャラは、家族と共に住んでいたのだが、跪いているのは、その妻カミラだった。


「陛下にお仕えする身でありながら、夫が行かなかったこと、申し訳ございません!! どうか、どうか――」

「カミラ、いったいどうしたんだね?」


 ヴァルムが心配げに声をかけた。無理もない。カミラ夫人は、顔が真っ赤で泣き腫らしていたからだ。とにかく必死な態度に、切羽詰まったものがあった。


「娘が! 私たちの娘がっ……!」

「何があったんだね?」

「夫が言うには死の呪いをかけられて……今にも死んで、しまいそうで――夫が何とか助けようと解呪を試みているのですが――」

「失礼」


 俺は部屋の中に踏み込んだ。死の呪いで娘が死にかけている? これはただ事じゃないぞ。

 娘の寝室に行けば、妙齢の女性が、尋常ではないほど青ざめてベッドに横たわっていた。その傍らに立つ初老の男が、王族専属治癒魔術師のジャラだろう。一心不乱に呪い解きの魔法を使っているが、あまり改善しているようには見えなかった。


「これは、よろしくないな」


 娘さんを見れば、かなり強い呪いなのはわかった。死の呪いと言ったが、それに間違いないだろう。ジャラの術レベルが足りないのか、解除できなさそうだ。


「失礼、俺が変わる」

「――!? ちょっと、何だ!?」


 詠唱の邪魔をされてジャラが目を剥いたが、俺は一瞥だけして、ベッドの横に膝をつき、苦しそうに胸を上下させている彼女のお腹まわりに手をかざした。ここが一番呪いが黒い。


「カースイーター」


 呪いが俺の手に吸い込まれていく。後ろで「おおっ」と声が聞こえた。それどころじゃないんだけど、まあ、何とか間に合いそうだ。みるみる娘さんの肌の色が人のそれに戻っていく。


「おお、これがアレス様の力……」


 後ろで司教の声がした。呪いが娘さんから消えたのを確認し、俺は立ち上がった。


「終わったよ。もう大丈夫」

「おおっおおっ……!」


 カルヴァー・ジャラは神に祈るように手を組むと、崩れるようにその場に膝をつき、奥さんが娘さんに駆け寄った。

 これはどういうことだろう、という顔をしているヴァルムと、護衛の騎士たち。……俺の方から聞きたいよ。俺の視線に気づいたか、ヴァルムは頷いた。


「ジャラよ。話してくれるか? これは一体何があったのだ?」

「陛下……」


 溢れる涙を拭い、ジャラは向き直った。


「お体のほうは――」

「見ての通りだ。そのことも含めて、話が聞きたいのだがね」

「そう、ですか……。はい、全てをお話します」



  ・  ・  ・



「娘が……呪いをかけられました。私でも解除できない死の呪いです」


 ジャラは白状した。


「娘に呪いをかけた魔術師は、私に言いました。『陛下はこれから呪いによって体調を崩す。お前は診断で呪いであることを伏せて、解除されないようにしろ。もちろん、お前が解いてしまうのもなしだ』と」


 娘を人質にとられた、ということか。なるほどね、ヴァルムの呪い返しの影響はまったくなかったのは、ジャラが呪いの主じゃないってことだ。……つまり、今呪い返しを食らっているのが、その脅迫した魔術師――真犯人ということである。


「しかし、娘への呪いが発動した」


 ガルフォード司教が指摘すると、ジャラは頭を垂れた。


「陛下のご様子を看るに、呪いが解除されたのでありましょう。魔術師はそれを知り、私が解除したと思い、報復に出たのではないかと思われます」


 俺が呪い返しをしたから、魔術師が王の呪いが解けたと解釈したのだろう。自分が呪いに苦しめられる中、原因は担当の治癒魔術師だと思い、娘への呪いを発動させたと。……これは悪いことをしたな。

 まさか、こんな人質策を使っていたとは、わかるかこんなもの。


「ジャラよ。それだけではあるまい?」


 ヴァルムは静かに、しかし強い調子で治癒魔術師を見下ろした。


「実の娘は可愛かろう。だがお前のことだ。王族に仕える身であって、『娘だけ』のために報告しなかったとは思えん」


 たとえ娘が人質とされても、王族の身が優先。それが忠誠心というもの。


「まだ誰か、呪いの影響を受ける人質がいるのではないか?」

「……!?」


 ハッと息を呑むジャラ。ヴァルムは語気をさらに強めた。


「誰だ!? 我が家族の誰かか? 息子か? それとも孫か!?」

「……」


 治癒魔術師は絶望したように頭を下げた。


「お妃様を除く全員で、ございます。王太子殿下と夫人、王子と姫――」

「全員……!」


 ヴァルムの表情が驚愕し、周りも凍りついた。


「王太子夫婦と孫たちの様子を確認せよ! 急げ!」


 騎士たちに命令が飛んだ。弾かれたように騎士たちが出ていく。ヴァルムは頭を抱えて、近くにあった椅子によろめくように腰掛けた。


「何ということだ……。それで、ジャラよ。私が八つ裂きにせねばならぬその魔術師とやらは何者だ?」


 王族に呪いを仕込んだ魔術師。国家転覆を企んだ大罪人の名は?


「……よくは知りません。ただアレスと名乗っておりました」


 へ? 俺と同じ名前? 


「兄上……?」


 ヴァルムが驚いた顔で、俺を怪訝な目を向けてきた。


「違うぞ。俺じゃないぞ」


 同姓同名の別人じゃないか? そもそも、俺がジャラに会ったのは、今が初めてだ。


「あの、そちらの方もアレスとおっしゃるのですか。この度は娘の命を救ってくださり、ありがとうございました。……陛下。魔術師とこの方は別人です」


 おお、早速、擁護してくれた。ほら、やっぱり違う人だった。


「アレス……その名前ですが」


 ガルフォードが考える仕草を取る。


「確か、レーム大臣の三男が、アレス様と同じ名前だったと記憶しておりますが。彼は魔術師でした」

「!? ――レェェェーム!」


 ヴァルムが叫んだが、その場にいた家臣たちの中に、大臣の姿はなかった。動揺する家臣たち。


「ついさっきまで、そこにいたと思ったのですが……」

「すぐにレームを連れてこい! 逃げるようなら拘束しろ!」


 ヴァルム王は大きな声を出して、残っている近衛騎士に命じた。一気にきな臭くなってきたぞ。

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