第24話、今度は正面から


 明け方になって、俺はようやく弟ヴァルムから解放され、王都の大聖堂に戻った。

 ガルフォード司教は、すでに起きていた。というか――。


「まさか徹夜?」

「いえいえ、まさか。聖職者は朝は早いのです」


 いつものように、にこやかなガルフォードである。


「朝帰りとは、また随分と時間が掛かりましたな」

「娼館にでも行っていたとでも?」

「そうなのですか?」

「まさか。呪い持ちは基本、お断りだろう?」


 俺は左手を見せる。呪いオーラを出している相手は、伝染するかもしれないから入店を拒否されると聞いた。


「ヴァルムと話が弾んでな。あいつが帰してくれなかったんだ」

「体調が悪かったのでは? よろしいのですか? 体に負担がかかるようなことをして」

「おう、それだ。謎の奇病の原因は、呪いだったよ」

「呪いですと!?」


 ガルフォードは驚いて、思わず口元に手を当てた。


「病気でなくて、呪いとは……。国家転覆もあり得る重大事ではありませんか……!」

「まさにそれだ。とりあえず呪いは取り除いた。今頃、呪いを仕掛けた奴は呪い返しを食らっている頃だろうよ」

「ふぅ、アレス様が、解呪の術をお持ちで本当によかった」


 安堵したように、ガルフォードは指で祈りの文字を宙に書いた。ユニヴェル教会の典型的な信仰の表現だ。


「では、国王陛下はもう?」

「体調はよくなった。今日は王城に行き、正面から会うことになっている。あなたも来るか?」

「ぜひに。ここしばらく、陛下にお目通りが叶いませなんだ」


 俺は頷いた。


「ただ、例の呪いをヴァルムに掛けた奴のこともある。多少の荒事は覚悟してくれ」

「王城に犯人がいると?」

「近しい位置にいる人間だと思っている。それも確かめる意味もある」


 事情を説明した後、俺は日が昇ると共に、ベッドで眠った。まあ一、二時間も寝れば大丈夫なんだがね。自身の呪いの力を借りれば、眠らないことも、強制睡眠も可能なわけだけど。


 ……起きたら、三時間ほど経っていた。


「おはようございます、アレス」

「おはよう、ソルラ」


 当然のごとく、俺のそばで待機していたのな。


「水を置いておきます。朝食は、お持ちしますか? 食堂もありますが」

「お前は食事は済ませたか? ……なら、持ってきてくれ。食べたら、王城へ行く。聞いているか?」

「はい、司教様から伺っております。……私も同行したほうがよろしいですか?」


 少々の上目遣い。ガルフォードも、彼女の同行について指示を出していなかったのだろう。


「興味があるなら、ついてきていいぞ」

「お供します!」


 直立不動の姿勢をとると、自然と胸を張るんだよね……。俺には少々毒だ。だがそういう身体的特徴は、人それぞれだから、あまり言わないようにしている。彼女は自然体であり、悪気がないのに非難や文句を言うのは頭のおかしい人間のすることだ。

 ソルラは真面目で元気がいいから、気に入ってる。



  ・  ・  ・



 一時間後、俺とソルラ、ガルフォード司教と数名の護衛騎士は、王都中央の王城へ向かった。

 馬車でも用意すればいいのに、わざわざ馬に騎乗して移動とは。


「……落っこちないでくれよ、司教殿」

「何の、まだまだ馬には乗れますぞ」


 九十代にしては元気過ぎるんだよな、このご老公は。


 あくまで司教様ご一行という風を装い、俺はフードを被って、顔は隠しておく。

 五十代あたりまでは、俺の顔を知らないが、六十代より上の人だと、当時と変わっていない俺の顔を覚えているかもしれない。


「……でも昨日は、誰も気づかなかったですよね?」


 そういうこと言っちゃう、ソルラちゃん?


「今はガルフォードと一緒だからな。ほら、周りの人々も、司教様のお通りに頭を下げているだろう?」


 注目度合いが違う。俺とガルフォードがセットだと、それこそ高齢の方々が、あの頃を思い出すかもしれないし。

 そして王城に到着。城門の兵に、ガルフォード司教が名乗れば、兵たちは道を開けて、中へと俺たちを導いた。


 うん、ちゃんと話は通っているようだ。馬を降りて、城内へ。……あ、俺の馬には触るなよ? そいつは普通の馬じゃない。呪いがつくぞ。


「ガルフォード司教、よく来られた」

「これは、陛下!」


 王の間に行くかと思いきや、ヴァルム・ヴァンデ国王陛下が、わざわざ出迎えに現れた。一礼するガルフォード司教と神殿騎士たち。俺がフードをとれば、ヴァルムが歩み寄ってきた。


「やあ、待っていたよ、兄上」

「弟よ」


 兄弟再会のハグ。事前にこうすると打ち合わせは済ませていたけど、近衛騎士たちが困惑している。五十年ぶりの国王陛下の兄の到着……。それなりに歓迎の意を示すのは礼儀だもんな。ヴァルムが歩み寄るのも、実の兄弟だからこそだろう。


「で、兄弟。首尾は?」

「専属治癒魔術師のジャラが、体調不良で今日は出勤していない」

「やっぱり担当医か」

「あと、レーム大臣が、ガルフォード司教らとの面会を渋っていた。よほど教会の人間と会わせたくないらしい」


 レームね。……父の代から、側近に仕えていたレーム家の現頭首か。俺の知っているレームは親父のほうだけど、その息子も重臣として仕えているわけだ。


「言い訳が説得力がなくてね。こうして私自ら迎えに来たというわけだ」

「なるほど」


 それで王の間じゃなかったのな。これも、ヴァルムの体調が回復したからできることであって、具合が悪いままなら、適当な理由で面会拒否られた可能性があったわけだ。


「どちらから行く?」


 ヴァルムは問うた。担当治癒魔術師のジャラか、レーム大臣か。


「担当術師からにしよう。呪い返しが原因なら、俺が一目みれば分かる」


 たまたま普通に病欠という可能性もあるし。まずは確信できる材料から固めていこう。

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