第23話、ヴァンデ兄弟
「つまり、僕は何者かに『呪い』を受けていた……」
ヴァンデ王国国王ヴァルムは、難しい顔でそう言った。六十代の国王陛下が『僕』とかいうと、すっごい違和感なのは何故だろう。単に慣れてないだけだろうか。
「蓄積型ということは、身近なところに僕に呪いを与え続けていた者がいる」
「その可能性は高いな」
ただ、呪い自体は、対象がわかっていれば、遠くからでも飛ばせるから、いつもそばにいるとは限らない。
ごくたまに出入りしているだけでも、一応容疑者に数えられる。
「僕の側近に犯人がいる?」
「かもしれない。ユニヴェル教会のガルフォードが、お前の病気と聞いて面会を求めたんだが、断られたって言っていた」
教会の司教を断るって、相当だぞ。原因のわからない病気というなら、教会に相談し、原因究明なり、治療の手がかりを探すものだろうに。神聖魔法を得意とする教会は、病気や呪いに対して、一般よりも対抗手段に秀でている。
「僕は、教会が要請を断っていると聞いた」
ヴァルムはそんなことを言った。
「ガルフォードは高齢だし、教会が協力を拒んでいる、と」
「うーん、俺が聞いていた話と逆だな。王国から申し出を断られたと、ガルフォード本人が言っていた」
「それ本当かい、兄さん?」
兄上から兄さん呼び。だいぶ昔のようになっているな。――と俺の内心をよそに、ヴァルムは言った。
「どちらかが嘘をついているわけだね」
「そうなるな。……なあ、お前の側近たちは、誰ひとり呪いだと疑わなかったのか?」
国王の体調が悪くなり、原因がわからないとなったら、病気は当然として呪いの可能性も疑うものだと思うんだが?
「そういえば……誰も呪いの可能性を考えなかった。本当なら、僕の健康担当の治癒魔術師が気づいて、指摘するべき話なのに」
「その担当の治癒魔術師、怪しくない?」
「いや……でも、彼がそんな、僕に呪いを与えるようには見えないが」
聞けば、その担当は二十年前に、父親の跡を継いで、王室担当の治癒魔術師になったそうだ。温厚にして誠実。とにかく悪い噂も態度もない、聖人のような人と評判らしい。腕もよく、ヴァルムの息子――王太子が重傷を負った時も、適切かつしっかりと回復させた。
「そんな人が、呪いの可能性を疑わないとも思えないんだがなぁ」
「同感だよ、兄さん。彼はいつも真剣に僕たち家族に向き合ってくれていた。毎日の診断でも……」
「どうした?」
「そういえば……ここのところ、言葉数が減ったな、と思って。てっきり、彼も手を尽くしたけど、回復させられない現状に精神的に追い詰められてかと思ったけど――」
「もしかしたら、呪いとわかっていて、口にできない、あるいは手を出せない理由があって、言えなくなったと?」
その説で行くと、犯人というか、犯人の仲間で、その何者かの指示を受けているみたいにも取れる。もちろん、単なる思いつきで、事実かどうかはまったくわからない。
「うん、これはあれこれ考えるのも面倒だ。さっさと呪い返しして、お前に呪いを与えた奴をあぶり出そう」
「呪い返し?」
ヴァルムが聞いてきたので、呪い返しについて教えた。要するに、呪いっていうのは、使うほうも危ない術だってこと。
「お前の近くにいる者に犯人がいるなら、呪い返しを受けて、明日――時間的には今日か。体調不調でベッド行きだ。倒れた奴を突き止めて、それが単独犯なのか、他にも協力者がいるのか、確かめよう」
「そうだね、兄さん」
ヴァルムは同意した。
「僕がここ数年感じていた体の変調、ここのところの苦痛は、ぜひお返ししないといけない」
「そういうことだ」
やられたらやり返す。このまま呪いが悪化していれば、ヴァルムは呪い殺されていた。国王の命を狙った不心得者には報復あるのみだ。
「ということで――お前に呪いの術をかけた者のもとに、呪いを返した」
「もうかい?」
特に儀式や魔法を唱えることをしなかったので、拍子抜けしたような顔になるヴァルム。俺は苦笑した。
「朝を楽しみにしよう。誰が呪いで苦しむか、見物だぞ」
そう言ったら、ヴァルムも子供のように笑った。ここ最近、呪いのせいでずっと苦しめられていたのだ。復讐したい気持ちは、人一倍だろう。
「一応、会う奴全員の表情や態度をよく見ておけ。呪いはなくとも、挙動不審なヤツがいるかもしれない」
「わかった。気をつけてみるよ」
それはそれとして――と、ヴァルムは言った。
「兄さん、まだここにいるんだよね? 五十年ぶりに城に戻ってきたんだから」
「不法侵入だからな。周りに気づかれないうちに立ち去るつもりだった」
お前の様子を見に来ただけのつもりだった。まさか、呪い持ちになっているとは思わなかったが。
「凄いよ、兄さんは。人の呪いを取り除くなんて」
ヴァルムは声を弾ませた。
「おかげで僕は、体がだいぶ軽いんだ。いくらか若返った気がする」
「気をつけろよ。しばらくベッドにいたんだから、体力も落ちているだろうし」
俺が注意すると、外見はすっかりご年配の弟は頷いた。
「そうするよ。……あぁ、でもまだ朝まで時間があるだろう? 僕は目が覚めてしまって寝られそうにないから、今しばらくここにいて話に付き合ってくれないか。兄さんの話も聞きたいし、僕も話したいことが山ほどあるんだ」
「……そうだな。だが、明日――いや、今日かな。改めて城に、今度は正面から行くから、そこでお前が通してくれれば、すぐに普通に話せるさ」
だってお前は、王様なんだからね。
「わかった。来訪した時は、通すように行っておくとしよう。兄さんに、息子と孫も紹介したいしね」
「おう、それそれ。お前、結婚してるんだよな」
当然と言えば、当然なんだけど、ヴァルムは結婚して、息子もさるご令嬢と結婚。孫が二人いるって話は聞いていた。さすがにちゃんと王族として、後継者は作っていたわけだ。俺はもうまともに結婚もできないから、ヴァンデ王国を残すためにも、ヴァルムは責任重大だった。
「相手はどんな人だ?」
「知らないのかい?」
「名前だけ聞いた。でも俺も復活したばかりで、直接会ったことがないからね」
「妻にも紹介するよ。名前はもう知っているなら、後は会った方が早い」
「ああ、そうしよう」
久しぶりに兄弟の会話をしたなぁ。外見はしっかり厳めしい王様って顔なのに、プライベートな話になると、実に楽しそうに話をする。いくつになっても、こいつは俺の弟なんだな。
ちょっと泣けてくる。そして思う。ヴァルムに呪いを仕掛けた奴は、絶対に許さないと。
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