第22話、呪われし王


 ヴァンデ王国国王ヴァルムは、呪われていた。


 これは穏やかな話ではない。一国の王を呪うとか、国家転覆を図る一大事。国王の存在を疎ましく思う者の仕業だ。

 権力に取り付かれた近しい者か、それとも隣国の工作か。邪教教団モルファーの仕込みという線もある。


 ……さて、とりあえず国王の体から呪いを取り除いたはいいが、どうしたものか。呪いというものは面白いもので、かけた本人にも跳ね返るという特性がある。


 東方の言葉だったか、人を呪わば穴二つ、というものがある。あまりに強い念を流し込んで、自身の生命を失いポックリ――に備えて、相手を呪い殺す前に、自分の墓も掘っておいた、って話だった気がする。


 恨みなどの負の力は、普通では出ない力を発揮するが、その力の代償もまた大きい。日常でも、無理をすれば反動も大きいが、呪いもまた例外ではないということだ。


 まあ、それは極端な例ではあるが、実際のところ、呪いは返ってきやすいのは本当のところだ。

 だから、ヴァルムに受けた呪いを、呪いの原因、術者にそっくりそのまま呪いをぶつけ返してやることができるのだ。


 問題は、その術者がどこの誰か、俺にはわからないということだ。犯人が単独なのか、どこかの組織の者なのかで話も変わってくる。……組織だったら、一人呪い返しを食らったとしても、次の手で来るだろうが、こっちは相手がわからないから、事前に潰すとか難しい。


 とりあえず、何かわかるまでは、この呪いは俺が預かっておこう。呪い耐性がついている俺は、自分の使った呪いを呪い返しされても平気な身だ。そんなんだから、他人の呪いを受け続けても、痛くもかゆくもない。


 具合が悪いと聞いて来てみれば、原因は呪いだけだろうか? 俺は医者ではないから、呪い以外はさっぱりだ。

 ベッドで寝ている国王は、先ほどまでと変わり、穏やかな表情である。苦痛が消え去ったとみてよさそうである。


 と、その時、王の瞼がうっすらと開いた。不法侵入であることも忘れて、俺は昔のように声をかける。


「おはよう、寝ぼすけ。朝の訓練の時間だ」

「……兄、上……」


 随分と掠れた声でまあ。あの真っ直ぐだった少年も、すっかりお爺さんになってしまったんだな。


「よっ。久しぶり」

「……あぁ、なるほど。私もとうとう逝ったのですね」


 何を言っているんだ? ボケたのか?


「体が楽に……。なるほど、これが死後の世界なのですね」

「大丈夫か?」

「ええ、まさか死んだ早々、兄上が迎えに来てくださるとは」


 穏やかに笑いつつ、その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。いやあ、俺も久しぶりに兄弟として会えたのは嬉しい。嬉しいけどな?


「まだ死んでいないぞ」


 手を伸ばして、弟の肩を叩いてやる。


「お前は死んでいないし、俺もまだ死んでいない」

「……騙されませんよ」


 ヴァルムは笑った。


「病魔に蝕まれていた体は、若返ったように痛みは消え、兄上は旅立たれた頃の姿でいる。認めてください。私は死に、あの世に来たのでしょう?」

「……おかしいな。父上も使っていた代々国王の部屋があの世だったとは知らなかった」


 俺はすっとぼけた態度で肩をすくめる。


「父上と母上はどこだ?」


 キョロキョロと周りを見回すヴァルム。そろそろ寝ぼけていても覚めるころだろう。


「まだあの世ではないと。これからそっちの世界に行くのですか?」

「だから、お前は死んでないって。死後魂が抜けるなら、お前の体はベッドに沈んだままのはずだろう?」


 いわゆる幽体離脱。もちろん、ヴァルムは体と魂が離れることなく、彼が起き上がれば、体もそのまま起き上がる。


「しっかりしろよ。五十年ぶりに帰ってきたのに、死んだ扱いされて、ひどい弟もいたもんだ」

「……本当に兄上? 生きている、と」

「五十年ほど寝込んで、つい最近起きたんだ。勘違いされたのも、歳もとっていないように見えるようだからだけど」

「本当に――」


 ヴァルムは俺に手を伸ばしてきた。


「おっと、左は触るな、呪いが伝染るかもしれんぞ」

「あっ、ごめん」


 室内が暗いせいで、呪いのオーラが見えにくいのだろう。代わりに右手を出してやる。ヴァルムは俺の右手に触れて、生きているか確認してくる。


「悪魔討伐を終えたが、呪いで満身創痍だった。それで姿を消したから、死んだってことになっているみたいだけど、俺のほうで呪いを制御できるようになったから、戻ってきたんだ。……お前も外面は一人前になったな、ヴァルム」

「兄上……」


 ヴァルムは俺の手を包み込むように握ると、ポロポロと涙した。俺にとっては感覚がないけど、弟にとっては五十年ぶりの再会だもんな。感極まるのもわからんでもない。というか、五十年経っても俺を慕ってくれていたんだな。貰い泣きしそう。

 しばらくそっとしておいたら、やがてヴァルムは顔を上げた。


「兄上が戻ってきたなら、王位を兄上に返さないと――」

「何を言っているんだ? 王位はお前が継いだんだ。後継は俺じゃなくて、お前の子供だろうが」

「僕は、兄上の代わりに王になったんだ。本当なら長男である兄上が王になるはずだった!」

「普通はそうなんだけど、長男が王位を継げない時は、次男であるお前が継ぐ。そういう決まりで、事実そうなった。だから王位は俺のものではないし、他に後継がいないならともかく、候補がいるんなら、そっちに譲るのがルールだ」


 本音を言えば、王様になりたいってわけじゃない。……そんなんだから、継承権を蹴って、悪魔討伐に乗り出していたわけだけど。


「それは……そうかもしれないけど。僕はもう長くない」

「それを言ったら、俺は重度の呪い持ちだ」


 世間的には、呪い持ちの王は歓迎されにくいと思うぞ。


「それにお前の体を蝕んでいた『呪い』なら、俺が取り除いたから、他に何か病気でもない限り、お前はまだまだ死なんぞ」

「え……? 呪い……?」


 ヴァルムはキョトンとした顔になった。


「原因がわからない奇病だと言われたけど」

「呪いだよ、お前が患っていたのは」


 俺は真顔で告げた。


「長い時間をかけて、対象者の体力を奪い、体を蝕んでいく呪いだ。単体では微弱だが、重ねて取り入れることで、病気のようにカモフラージュしたんだろうな」

「……本当に呪い?」

「今は全然楽になっただろう?」


 俺は自身に左腕を見せた。


「俺はカースイーター。呪い喰いで、人様の呪いを取り除くことができるんだよ。お前の呪いも、俺が喰った」

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