第21話、王に会いにいこう


「そういえば、アレス様。王城から返事がきたのですが……」


 ガルフォードは神妙な面持ちである。

 一度、国王――俺の弟であるヴァルム・ヴァンデとも話がしたいと思い、ガルフォードに面会の手続きをとってもらったのだが――


「何か、あったのか?」


 その表情は不安になるじゃないか。俺の視線を受けて、ガルフォードは言った。


「ここのところ体調が思わしくないのか、面会の許可がおりませんでした」

「……そんなに具合が悪いのか?」

「そのようです。……ただ、正直に言えば疑わしく思っています」

「というと?」


 嫌な予感がするね、その言い回し。


「ヴァルムは病気ではないと?」

「我々が聞かされているのは、原因不明の奇病というもの。治癒の魔法もあまり効果がないとか。ただまったく効かないというわけではなく、ある程度回復したり、また悪化したりを繰り返しているそうです」

「疑わしいというのは?」

「病気や奇病の類いとくれば、我々ユニヴェル教会にも協力を仰ぐのが自然というもの。……ですが、国王に近しい臣下たちは、王国最高の治療団がついているから、教会の出番はないと、突っぱねているのです」

「そういうことを問題にしている場合ではないだろうに」


 俺は、弟を補佐する人員である臣下たちの言い分に苛立った。一国の王の危機なのだろう。隣国の医術団が、とかいうならわからないでもないが、ヴァンデ王国に尽くしてくれているユニヴェル教会を外すというのは不可解った。


 ヴァンデ王国の儀式や祭事で、ユニヴェル教会との関係は切っても切れないものがある。そもそも治療面に優れる神聖魔法を操る教会をかかわらせない理由がないのだ。


「個人的な感想になるのですが……」


 ガルフォードは、少し躊躇った。


「まるで、我々を国王陛下に会わせないようにしているように見受けられます」

「まあ、教会に助けを求めないってのも、妙な話ではあるな」


 治療が上手くいっているならともかく、そうでないのならなおさらだ。……気にいらんな。


「俺の名前は出したのか?」

「はい。ただ、アレス様のことを話でしか知らない者ばかりで、どうにも警戒されてしまいましたが……」

「断られた原因ってそれじゃない?」


 俺が本物のアレスか疑わしくて、国王陛下に近づけられないっていう警備上の理由。今の王の側近たちは顔を見ても本物かどうかわからないだろうという。……俺の顔を知っている奴がそばにいればいいのだが。


 またか。このくだり、冒険者ギルドでもあったぞ。俺のことを知っている側近の身内とかを探して、それと一緒に行くとかすれば、話も変わってくるかもしれない。

 ……これ、いっそ俺がアストラル化して、こっそりヴァルムに会いにいったほうが早いんじゃないかな?



  ・  ・  ・



 と、いうことで、俺は王都中央にある王城へ忍び込むことにした。……やれやれ、五十年ぶりの帰宅が、まさかこっそりお忍びとはね。


 時間帯は深夜。王城だから当然、夜間でも警備がいるが、日中の人の往来を考えれば、全然静かなものだ。

 逆にこれだけ静かだと物音が意外と遠くまで聞こえてしまうので、アストラル体の呪いを利用して、無音移動。これでそこらの一般兵では、見られても騎士甲冑の亡霊にしか見えないだろう。


 ……もちろん、その時点で大騒ぎになるだろうから、極力視界に入らないようにするけども。ま、城内の明かりも最低限だからな。とくに暗い部分を利用すれば、そうそう見つからんよ。


 随分長いこと離れていたが、城内はほとんど変わらないな。細かな装飾や家具の位置は微妙に記憶と違う気もするが、主な部分はそのままだから、俺は迷うことなく進んだ。


「む……?」


 いまフッと、何かがすり抜けていく感覚がした。いかんな、魔力索敵だ。近衛の当直魔術師あたりが、定期的に魔力を飛ばして城内の監視をしているのだろう。

 今の感覚からすると、気づかれた気がする。アストラル体やゴーストというのは、魔力索敵に引っかかりやすい。存在が魔力寄りになるせいだ。


 忍び込んだという状況からすると、発見されるというのが一番よろしくない。普通に考えたら不法侵入だもんな。いくら王族とはいえ、捕まる。


 おそらく、すぐに確認に、もう一度魔術師は魔力索敵の波を飛ばしてくる。仕方ない……。『壁の中』を進むか。俺はアストラル体のまま、壁に突っ込む。肉体が緩衝しないからこそできる荒業というやつだ。魔力索敵も壁や床の中までは探知できない。

 魔力波がそれらに反射するためだ。そもそも魔力波をぶつけて、その反応で探知する術だから、届かなければわからないのだ。

 先ほどゴーストを例えにあげたが、今の俺は幽霊同様に浮遊移動が可能なので、壁の中を進みながら、目的の王城中央に進んだ。

 唯一の難点は壁の中だから、視界は真っ暗。どこにいるのか、ほぼ記憶と勘でしか見当がつかない。


 ……なに、ここは俺の生まれ育った城だ。目を瞑っていたって進めるぜ――などと思ったが、案外うまくいかないものだ。やはり城は広い。


 迷ってはいないが、位置確認と修正に手間取り、少々苦労した。だが、お目当ての国王の寝室に到着できた。

 近衛騎士の見張りは、手前の寝室への道の前を見張っているから、そこさえ気づかれなければ、悠々と実体化して移動できるんだよな。


 懐かしい。昔はここは父が使っていた。今では俺の弟のヴァルムが使っている。五十年ぶりか、あいつはどんな顔をしているのかな?


 俺が悪魔討伐に出た頃、弟はまだ十二、三のガキだった。俺に対してはひどく素直な性格で、武具の扱い方も教えてやったのが記憶に残っている。


 さて、せっかく実体化したが、扉を開ける物音を聞きつけて、近くの部屋で控えている従者の注意を引くのも面倒だ。ヴァルムは体調がよくないという話だから、夜中に扉が開くなんて普通ではないことだ。従者を呼ぶなら呼び鈴で充分なんだからな。


 というわけで、扉はアストラル体になることで、通過。室内をざっと見回して、見張りやら看護の人がいないのを確認してから、実体化で戻る。

 国王陛下はお休みということで、室内の明かりは小さな魔石灯が一つだけ。あまり明るいと眠れないからな。


 久しぶりに見るが、王のベッドってやっぱりデカいな。一体何人同時に寝られるんだろうな。ひとりで眠る王様がポツンと小さく見える。


「……! こいつは」


 俺は極力足音と立てずに、急いで駆け寄った。ベッドで眠るヴァンデ王国国王ヴァルム。すっかり歳をとって、六十代となったその体。たっぷり蓄えた顎髭は白く、壮健ならば王としての威厳があっただろうが、今は苦しいのが体をくの字に曲げている。眠ってはいるが、表情は険しい。


 何より俺が気になったのは、オーラこそ見えないが、ヴァルムの腹回りを中心に、呪いの『黒』が見えたことだ。呪い喰いの本能が嗅ぎつけた。

 ヴァルムは、呪い状態だ。


「いったい誰だ? 俺の可愛い弟に呪いを伝染うつした奴は」


 手を伸ばして、患部に触れる。俺の呪い喰いが、弟の体から呪いを吸収した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る