第20話、ギルドは回る


「まさか、半日で冒険者ギルドの不正を暴かれるとは……。さすがですな、アレス様」


 ガルフォード司教は恭しく言った。

 王都大聖堂から、増援を連れてやってきた王都冒険者ギルドにやってきたガルフォード。これには俺も苦笑する。


「わざわざ、あなたが足を運ぶことはなかったのだぞ、司教殿」

「いいえ。アレス様が、ギルドに留まり頑張っておられるのに、ただ待つことなどできますまい」


 外見六十、中身九十一なのだろう。大人しく休め。外を見れば、王都は夜が訪れている。


「案外に不正は根深いものだったよ。俺の見積もりでは、とっくに罪状と罪人の洗い出しは終わると思っていたが、これが中々時間が掛かった」


 それだけギルド内のゴミが多かったということでもある。不正が組織的に当たり前となれば、それだけ範囲も広くなるということだ。


「結果的に、冒険者ギルドのスタッフ大半を罰する必要が出てしまった」

「大半、ですか」

「実際に不正に手を染めていた者と、組織内で犯罪行為が起きていたのを、見て見ぬフリをしていた者、だな」


 直接不正をしなくても、通報義務を怠った。


「今は、その見て見ぬフリをしていた者も使ってギルド運営をさせている。さすがに全員いなくなっては、ギルドの運営が滞る」

「お見事です、アレス様。王国軍なりが冒険者ギルドを強制捜査したなら、こうも鮮やかには終わりますまい」


 ギルドは仕事どころではなくなり、何もしらない冒険者たちのクエスト受注や遂行ができなくなる。または諦めの悪い冒険者が往生際も悪く、暴れたりしたかもしれない。


「ありがとう、ガルフォード。冒険者たちは、ギルドの不正を知らない者のほうが多い。さすがに彼らにも生活があるからな。できればギルド業務はストップさせたくない」


 まあ、一部はブロックのように知って加担したり、裏での工作を行った実行犯でもある。こいつらにはついては、不正スタッフ同様、見逃すつもりはない。


「工作に手を染めた者は、順次、ギルドにやってきたところを捕まえる。ということで、ガルフォード。せっかく神殿騎士を連れてきてもらったが、あくまでギルドは平常運行だ。神殿騎士がいると、処罰対象が警戒して逃げてしまうかもしれないから、早々に帰らせてくれ」

「余計なことをしてしまいましたな。申し訳ありません」

「なに、俺を案じてくれたのだろう? いいさ。幸い、ギルドは夜はほとんど冒険者もこないからな。影響はほとんどないだろうよ」


 どのみち、夕方のイリオス逮捕の件は、すでに酒場などに寄った冒険者たちの耳に入っているかもしれんし、明日以降、表向き通常営業ならば、冒険者たちも普通にやってくるだろう。


「しかしアレス様。その不心得を逮捕する人員は如何いたしますか?」

「冒険者の不始末は冒険者でやってもらう」


 呪いで支配した一部の冒険者たちに、該当者がギルドに出てきたら、捕縛するように命じてある。ホスキンやブロックのように、能力まで下げてしまった奴には無理だが、能力は下げずに制限を加えた冒険者が数人、こちらにいるからね。


「まあ、こちらのことは心配しなくていい。ギルドは俺がほぼ掌握した」


 後は、俺たちが来た時にギルドにいなかった不正スタッフや冒険者が出勤したところを取り押さえればよい。


 冒険者ギルドが真っ当になれば、魔の塔ダンジョンの攻略についても、進めることができる。邪神復活の鍵となる魔の塔ダンジョンは、いつ爆発するかわからない爆発物。早めに処理するに限る。

 俺はふと、ガルフォードを見た。


「何か俺に意見があるか、司教?」

「……いいえ」

「当てようか? 俺が呪いを使って、冒険者ギルドを制圧したのを、教会関係者として快く思っていない……そうだろう?」


 本来、呪いは汚れ、不吉の対象。悪魔の刻印とも、負の力とも言われる。呪いすなわち、悪、という考えは、一般でも差別という形で存在するし、ユニヴェル教会もそれは例外ではなかった。


「もちろん、よいモノではありません」


 ガルフォードは頷いた。


「しかし、世に振りまかれた呪いに穢される者は、いつどこで生まれるかわかりません。呪い持ちというだけで、刑を執行する、などということはできませんし、それをやったら最後、人類は滅びてしまうでしょう」


 司教は静かだが、断固たる口調になる。


「もちろん、呪いを世に流し、伝染させるなどはあってはなりませんし、取り締まりの対象ではあります。……ただ、我々は知っている。アレス様の呪いは、我々人が受けるはずだったものを、一人で背負ってくださったもの。アレス様の目的が正しいことに向かっている限り、我々ユニヴェル教会は、あなた様の味方です」

「俺が全てにおいて正しいなどと思い上がるつもりはないよ」


 正しいことをしている――かどうかは、人によって見方も変わるだろう。俺は人の呪いを喰うが、人に呪いを授けるのは罪人のみと縛りを一応設けている。……そう、そのつもりだ。


「俺は英雄などと言われてはいるが、正義を騙るつもりはない。民にとって、必要なことをやっていく。それだけだ」


 放置すれば、時間の問題であろう魔の塔ダンジョンを攻略するのも、俺のためじゃない。ヴァンデ王国に住む民たちのためだ。その行為を正義だなとど言うつもりはない。


「まあ、教会の人間に説法をするつもりもないがね」

「アレス様の行く道に光があらんことを」


 ガルフォードは静かに祈った。呪い持ちであるが、教会関係者と友好関係にあるのは、何かとやりやすい。


「それはそうと、ガルフォード。例の保護した少年だが――」


 ラズーたち冒険者パーティーに連れられて、ダンジョンに入った少年戦士。呪い装備の実験台にされて放置されたと聞き、駆けつけたが、危うくダンジョンの魔物に食われる寸前だった。


「我ら教会の神聖魔法で、治療は済んでおります。御安心ください」


 ガルフォードは答えた。そうか、助かったのか、よかった。駆けつけた時、呪いの手甲をはめられていて、彼には取ることができず、体中の生命力を奪われつつあった。


 死の手甲。つけたら最後、その者を殺すまではずれない呪い装備だった。まあ、俺の呪い喰いで、きちんと処理しておいたがね。


「何にせよ、無事でよかった」


 死んだら寝覚めが悪くなるからな。ガルフォードは首を傾げた。


「それにしても、ギルドは何故、志望者を断って、その者を生け贄にするようなことをしたのでしょうか?」

「冒険者の人数はついては、王国に報告義務があるからだろう」


 魔の塔ダンジョン攻略の進捗の報告はもちろん、補助金を受け取るためにも王国に活動内容や人員を報告しなければならないのだ。


「監査があった時にあまりに人数が違うと、虚偽の報告があるのでは、と疑われるからね。登録冒険者の死亡者が多いと、ギルドの指導力に問題ありと介入を受ける恐れもある」


 だが、登録されていない者なら、カウントされない。呪い装備を持たせたり、盾などに利用して死んだとしても、カウントされない人員である。


「呪い持ちならば、世間的にも差別されて孤立している者も多いだろう。ダンジョンにさらって殺しても、騒ぎ立てられる者もいない」

「何と卑劣な……」


 ガルフォードは眉をひそめた。


「世間の差別を使用して……。命を何と心得ているのか……!」

「何も感じていないのだろう。汚らわしい存在。いじめてもいい的だと勘違いしているのさ」


 そういう奴ほど、自分が呪いを受けてしまった時の反動も大きいだろう。世間とは意外と狭い。自分に呪いはつかないと、根拠のない思い込みをしている奴が一番危ないのだ。

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