第27話、ヴァルムの逆襲


 カーソン・レーム大臣は、騎士や兵士に囲まれて、ヴァルム王の前に連行された。当然ながら、国王はお怒りである。


「レームよ、これは一体どういうことだ?」

「……」

「お前の息子、アレス・レームが、我がヴァルム王家に呪いをかけた。お前はそれを知っていたな?」

「いえ、そ、……それは」


 カーソン・レームは五十代半ば。猪のような無骨な顔で、割とがっちりした体格。会議の場合などでは、かなり高圧的かつ冷徹に振る舞うタイプに思える。そんな彼は脂汗をたぎらせ、跪いている。


「私を病死に見せかけて呪い殺し、後を継いだ息子を、呪いにより恐喝し、国を思うがままに操ろうとした! 違うかっ!?」

「ち、違います! 陛下、わ、わしではありません!」


 レーム大臣は、地面に額をこすりつけんばかりに頭を下げた。


「わしのあずかり知らぬこと! 何も、何も知りませなんだ!」

「ほう、全てはアレス・レームの独断ということか?」

「は、はいっ! すべては、彼奴が一人でやったこと! わしは、わしは何も――」

「知らなかったで、済むと思うか?」


 ヴァルムは睨んだ。


「国家転覆の咎。息子の不始末は親であるお前にも責任がある。一族郎党に罪は及ぶ。……お前も極刑は免れぬ」

「……」


 真っ赤な顔で、ぶるぶると震えるレーム大臣。


「だが、お前の態度次第では、一族の減刑を考えてもよい。……アレス・レームはどこにいる?」


 ヴァルムは、一歩、レーム大臣に近づいた。


「お前の息子は今、王城にはおらんだろう。お前の屋敷か? 領地ではないな。今回の主犯だ。王都にいるだろう。奴には今回の事件の全てを白状してもらわねばならないからな……」

「……」

「カーソン……。アレス・レームはどこだ?」


 淡々と、しかし目は笑っていないヴァルムである。平然と冷徹に不始末をした家臣に処罰を下す王の顔である。……家族に見せた表情とは、まるで別人である。


「わしの、王都の屋敷におるはずです。奴はそこに引きこもっておりますから」

「そうか」


 パチリと、ヴァルムは指をならした。


「ドンスコイ団長。アレス・レームを逮捕。あと、レームの一族も全員捕らえよ」

「ははっ!」


 騎士団に命令が下った。団長が合図すると、兵二人が、床に跪いているカーソン・レームの腕を掴み立たせた。


「カーソン・レーム……。もう私に話しておくことはないか?」


 ヴァルムが、感情のこもらない声で言った。


「お前の一族はよく我が一族に仕えてくれたが、独りの不始末で全てが水泡に帰した。恨むなら、馬鹿なことをした息子を恨め」

「……」

「カーソン。私は嘘つきが嫌いだ。……本当に、アレス・レームの独断か?」


 レーム大臣の表情はこれ以上ないほど強張る。ヴァルムの視線は氷の刃のようだった。


「奴が、我が一族を操って、何の得がある? ……なあ、カーソン。お前は私の治療に、ユニヴェル教会の助力を請わなかったな。王の命を助けようという気概すらないのは、大臣の地位にある者として、如何なものかと思うが……何か申し開きはあるか?」


 何も言わない、言えないカーソン・レームだった。ヴァルムはこう言っているのだ。――今回の事件、お前も関わっているんだろ? わかってるんだ、と。


「そうか。言いたくなったら、いつでも言え。――連れていけ」


 王はぞんざいに指示を出し、カーソン・レームは連れ出された。ヴァルムは、近衛騎士を呼んだ。


「奴を拷問にかけ、全て吐かせろ。レーム一族の犯行か、他にもこの件に関わっている者がいないか、全てだ」

「ハッ」


 近衛騎士が一礼して、立ち去るのを見送り、ヴァルム王は踵を返した。ひとまず、カーソン・レームの処理は終わった。後はアレス・レームの逮捕と、事件の真相が明るみに出るのを待つのみだ。


 ヴァルムは、兄であるアレスとリオス一家がいる休憩室へ向かった。



  ・  ・  ・



 はてさて、カーソン・レームはどうなっただろうか?


 俺は、王太子一家のテリトリー内、その休憩室にいた。一応、アレス・レームの呪いを取り除いたが、奴が第二、第三の呪いを仕掛けてきた時のために、待機しているのだ。

 ……俺なら、呪いがきても、すぐに解除できるからな。


「まさか、父上の兄であるアレス殿が、こうして現れるとは!」


 リオス王太子は平静を装いつつ、しかしその目は好奇心が隠せないようだった。イレーナ王太子妃も微笑む。


「改めてお礼を。アレス様がいらっしゃらなければ、私たちはどうなっていたことか」

「父上も」


 リオスは頷いた。


「昨日まで、ベッドから起き上がれないほどだったのに、今日はかつてのように元気に歩き回っている……。本当に感謝してもしきれない」

「なに、家族の危機とあれば助けようとするのは当然のことだ。国王陛下はもちろん、弟の家族である君たちも」

「ああ、英雄アレス様。お伺いしていた通り、高潔な精神の持ち主ですね」

「いや、たぶん言われているほどの半分も高潔じゃないから、俺は」


 英雄王子アレス伝説の類い自体、プロパガンダを前提に盛られていたからな。


「なるほど、父上が貴方のことを尊敬されているはずだ。私は幼い頃から、貴方の話を聞かされて育ったんです。王族とは、勇気とは、犠牲とは――貴方は目標でもあった」


 よせよ、居心地悪いったらありゃしない。褒められても何もでないよ。


「英雄アレス……」


 王太子の膝の上で、王子――今年十歳になるアルディンが呟いた。


「本物の?」

「そう、この人が、英雄アレスだよ」


 リオスが優しく、息子の頭を撫でた。


「この子も貴方の伝説が好きなんですよ」

「伝説?」

「悪魔討伐の旅の話がお気に入りなんです」


 人見知りなのか、アルディン王子はリオスの腕をつかんで、隠れるように動かす。一方、イレーナ王太子妃の隣にいるレイエ王女は、何も言わないが何やら視線が熱っぽい。確か八歳と聞いたが……。いやはや、ね。


「この子たちにとっては、大伯父ということになるんですね」


 リオスの言葉に、俺は考えてしまう。そうか、リオス王太子やイレーナ王太子妃からは、俺は伯父であるわけだから、アルディンとレイエにとっては大伯父なわけか。

 これには苦笑するしかなかった。

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