第28話、とある三男の末路


 アレス・レームは、カーソン・レーム大臣の三男である。


 歳は二十七。かつては王都魔法学校に通い、一級の魔術師資格を獲得した。

 魔術師一級ともなれば、冒険者で言うところのAランク――トップランクの実力と認められたことを意味する。


 エリートであった。卒業後、彼は禁忌とされる死の呪いを含む、呪術関係に手を伸ばした。

 きっかけを辿れば、魔法学校を首席で卒業できなかったことを根に持って、自分より上の成績に復讐してやろうとしたとか、成績上位者を上回る何かを求めた結果、呪術に手を出したのでは、と周囲から囁かれた。


 結局のところ、タブーに手を出したために、王国軍から除名処分を受けてしまう。


 父親であるカーソン・レームは、これには大変失望した。アレス・レームには、努力してもらって、最終的に宮廷魔術師になってほしかったからだ。

 前科がついた結果、宮廷魔術師になれる可能性はほぼなくなり、アレス・レームは、王都のレーム大臣邸に引きこもることになる。

 ただ、彼は研究熱心であり、引きこもり状態ではあったものの、一族のコネを使い、魔術や呪術を究めんと勉学に励んだ。


 そうしている間に、とある魔術師と知り合った。禁忌に触れるような研究をし、実質追放状態だったアレス・レームに接触した彼は、こう言った。


『呪術を使って、王族を支配すれば、君も復職、いや宮廷魔術師になれるのではないか?』


 トップ魔術師として、王国史に名を連ねる方法が示された。アレス・レームは、王国軍から放逐されたことを、恨んでいた。タブーに触れてしまった自分の責は、まったく考えなかった。


 一度追放されたが、返り咲き、自分を蔑んだ魔術師たちの上に君臨し、見返してやる。今の自分なら、その野心を実現させることができる。


 確信を持ったアレス・レームだが、そこで父カーソン・レームが、屋敷で異国の者と密談をしている場面に出くわした。


『ガンティエ帝国に恭順を示せば、今より好待遇をお約束できます』


 要するに、隣国の工作員だった。大国であるガンティエ帝国は、古くから周辺国を武力で支配、取り込もうとしていた。

 過去何度も、ヴァンデ王国やその他の国々は、ガンティエ帝国を退けてきていたが、かの国もまだその野望を諦めたわけではない。


 この時、カーソン・レームは悩んでいた。

 解決しない魔の塔ダンジョン、地方での治安の乱れや邪教教団の暗躍。王国の将来を考えると、どう考えても明るい未来図を想像することが難しかった。


 このままだと、遅かれ早かれ、ヴァンデ王国は終わる。かつて存在した英雄アレスがいれば話も違うだろうが、様々な問題を抱える王国は、魔の塔ダンジョンか、あるいは隣国のどちらかによって滅びる。


 それならば、今のうちに帝国に寝返り、自分たちの地位を確保しておいたほうが、安泰なのではないか。

 父カーソン・レームの心が揺れているのを見たアレス・レームは、自分にもツキが回ってきたと確信した。

 自分の呪術と、父親のヴァンデ王国の大臣というポジションを加えれば、王国を支配することも可能だと。


 かくて、アレス・レームは呪術を使った乗っ取り案を練り、父カーソンに提示した。

 カーソンが王国に対する不安を覚え、隣国からの勧誘がなければ、息子の誘いには乗らなかっただろう。何故なら、アレス・レームがやろうとしていることは国家反逆である。間違えば、一族郎党処刑されるのは間違いない。


 だが、ヴァンデ王国に将来なしという思いがよぎったカーソンは、アレス・レームの計画を吟味し、結果、その話に乗ることにした。

 自らのポジションが確約されるなら、王国が帝国の属国になろうとも構わない。隣国に対していい手土産ができるのだから、少なくとも悪いようにはされないだろう。


 そんなカーソン・レームが計画に加わったことで、アレス・レームは計画を実行に移した。


 王族担当の治癒魔術師であるカルヴァー・ジャラを落とし、王太子一家にそれぞれ呪いを施していった。これらの行動は時間をかけて、慎重に事を進めた。

 絶対的な人質を確保するまでは、どこからでもひっくり返される可能性があったからだ。その時はレーム一族破滅の時。じっくり、しかし確実に行動した。


 かくて、人質要員の呪いは完了。

 後は現国王を排除し、王太子を王に据える。リオス王太子を、家族に施した死の呪いを盾に脅迫し、レーム一族の操り人形とする準備は整ったのだ。


 そしてヴァルム王の始末だが、極力、周囲や民に対して波風が立たない方法がよい、という話になった。

 暗殺だと、隣国の関与が疑われ、カーソン・レームが望むような帝国との付き合いがやりにくくなる。


 民衆は何も知らず、帝国に支配されればよい。反抗心を持った状態で取り込まれば、反乱などの厄介事が起きる可能性もあった。そうなると、帝国に面倒を持ち込んだと、レームの立場も危うくなるのだ。


 ヴァルム王には、自然に病死していただく。ということで、アレス・レームは、呪いを施した食事を王に採らせることで、徐々に体調不良と呪い蓄積による緩やかな死を与えた。


 この時、カーソン・レームは、王族とも比較的関係のよいユニヴェル教会が介入しないように動いた。


 ヴァルム王の病気を理由に、治療と称して介入してくれば、仕掛けた呪いが見破られ、計画が破綻する恐れがあったのだ。せっかく担当の治癒魔術師を動けないようにしたのに、外部から見破られるのはよろしくない。


 こうして、全て計画どおりに進んでいて、もうじきヴァルム王の死が近づいてきた頃、異変が起きた。


 教会の使者が、アレス・ヴァンデの帰還を告げ、王との面会を求めて訪ねてきたのだ。王族は乗っ取ったと思っていたところに、かつての英雄アレスが現れた。にわかには信じられない事態だったが、無視もできなかった。

 ヴァンデ王国では、英雄王子アレスの伝説は子供でも知っている。その人気は凄まじく、彼の行動いかんで、計画が水泡に帰する。


 邪魔者だ。排除しなければ。

 問題は、どう排除するかだが、それを考えている間に、アレス・レームは、突然の体調不良に襲われた。


 最初は風邪でも引いたのか、と思った。だが色々と出てくる症状を冷静に見つめた時、王に施した呪いが、そのまま返ってきていることに気づいた。

 こんなことができるのは、担当の治癒魔術師のカルヴァー・ジャラか……!


 この肝心な時に、治癒魔術師が裏切ったのだ。となれば王の耳に、アレス・レームの脅迫が入っているだろう。


 仕方がない。自分が破滅するくらいならば、裏切った代償を払わせてやる!


 アレス・レームは、呪いを死の発動させた。ジャラの娘と、リオス王太子と一家を呪いで殺し、ヴァンデ王国王族を終了させるのだ。


 それが終わると、自らに返ってきた呪いを解呪した。王への食材に混ぜた呪いは苦痛ではあるが、まだ解除する余裕がある。王太子一家への死の呪いなどは、とても集中できない類いの呪いだがら、そちらでなくてよかった。


 そしてアレス・レームは逃走の準備をすると、追っ手がかかる前に屋敷を後にした。もはや国内にはいられない。手配が回る前に国外へ逃げるのだ。


「……すまんな、親父。あんたの無事を祈ってるぜ」


 父カーソン・レームを助ける余裕などない。だからすっぱり捨てたのだ。一からやり直しだ! 待ってろ、俺の新たな生活! 今度こそ成り上がってみせる!



  ・  ・  ・



 アレス・レームは屋敷におらず、捜索しているが逃げられた――騎士団の報告に、ヴァルム王は渋い顔になった。


「奴はぜひ、その首を刎ねたかった……」

「じゃあ、完全に逃げ延びる前に、始末しておこうか」


 俺は指を一本立てた。


「どこで死ぬかは知らないが……逃がすよりマシだ」

「そうだね、兄さん」


 じゃ、死の呪いを呪い返しで、アレス・レームに――。さらば、国家の大罪人。今頃逃げることができたとほくそ笑んでいるだろうが……愚かな男だ。死罪からは逃れられないよ。



  ・  ・  ・



 翌日、近隣の村で魔術師アレス・レームの死体が発見された。

 死体は自らの首を掻きむしり、まるで水の中で溺死したような表情だったという……。

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