第29話、レーム一族の裏には


 ヴァルム王は、非常に憂鬱そうだった。朝からこんな顔をされるのも一日の始まりとしては如何なものかと俺は思うのだ。


「どうした、兄弟。悪い夢でも見たのか?」

「いっそ夢であればよかったと思うよ」


 真顔で、いかにも悩んでますって顔だな。朝食のオートミールと、焼きたてのパン――五十年前に比べて随分とふんわりしているな。……ちぎったら、あっさりちぎれた。何だ、このパン、柔らかいぞ。


「カーソン・レームが色々自供した。今回の事件がだいたいわかってきたんだ……」

「――このパン、旨いな」

「兄さん?」

「失礼。俺は朝食をとっているんだ」

「……それ美味しい?」


 オートミールを指さして、ヴァルム王は言うのだ。


「お前はオートミールを食ったことがない?」

「ない」


 国王陛下はきっぱり言った。


「クッキーは食べたことはあるが、ポリッジはないな」


 ポリッジはないって。病気の時とか食べなかったのかね……。まあ、いいや。


「それで、何の話だっけ?」

「カーソン・レームの国家転覆の企みについて」

「……ああ、何がわかった?」

「今回の企みは、レーム家単独のもので、他の貴族でこれといって協力したものはいないようだ」


 なるほど。もしいたら、その協力者一族もしょっ引くところである。


「ただ、限りなくグレー……。つまり王家を乗っ取った後、レームに協力するように、成り行きを注視していた者は、少なからずいたようだ」

「黙認していたというなら、それはグレーではなく、ブラックでは?」


 王家乗っ取りの事実を知ったなら、通報するのが筋というものだろう。


「王太子夫妻を人質に取られていたんだ。仕方ないところもある」

「ああ、そういうことね」


 王族の命を盾に、脅されて仕方なく傍観するしかなかった者もいたわけな。……それでも裏切り者をこっそり討つなり、王族に密告するとかしてほしかったところだが。まあ、事情を知らず、どうこう言うものではないな。どうしようもないこともある。そのあたりの匙加減は、ヴァルムに任せよう。


「明らかに様子見をしていた者には、相応の罰は与えるがね」


 そのヴァルム王は、これまたきっぱり告げた。……うん、日和見に走った連中には仕置きが必要だろう。


「罰といえば、カルヴァー・ジャラの件だが――」

「ああ、もちろん、兄さんの言う通りに手配しておいたよ」

「そうか」


 王族専属の治癒術士だったジャラ。二十年近く、王とその家族を診てきた彼だが、今回、呪いの件を王族に伝えることができなかった。


 王太子夫妻を人質に取られていたとはいえ、王が呪いで死に向かっているのを、ただ見ていた。


 孤立させられ八方ふさがりだった、という点もあるとはいえ、主を殺そうとし、裏切り者の利になることに協力してしまったことにかわりはない。最悪、死罪。追放などもあり得る。


 結果を言えば、ジャラは王族専属を解任、王城から追放された。王の命を見殺しにしようとした、という事実がある以上、もう専属として置いておけない。


「あれでよかったのかい、兄さん?」


 少々不満そうなヴァルムである。……まあ、彼がよく思っていない理由はわかる。ここしばらく呪いに蝕まれていて、その苦痛を思えば、知っていて助けてくれなかったジャラに恨みの感情だって抱くだろう。たとえ、息子夫妻の命を盾にされた結果だとしても。


 いや、ヴァルムも理解はしているのだ。即刻、処刑にしなかった点を見ても、彼なりにジャラが苦悩して、息子夫妻の命を選んだのだと。だから命までは取らなかったのだろう。そして、俺の要望に応えた。


「いいんだ。情状酌量の余地はある。それに解呪の心得がある者を、簡単に処するほど、人材が豊富なわけじゃない」


 俺は微笑した。


「負い目があるほうが、真面目に働いてくれるものさ」

「寛大さを盾に、忠誠を買う、か」

「二度目の裏切りは、問答無用で命を支払うことになるからな。そりゃ働くさ」


 カルヴァー・ジャラの次の就職先は、王都冒険者ギルド。ギルドホームにいる専属治療師のポジションである。


「魔の塔ダンジョンは放置できない」


 正直、いつ邪神復活の時が来るかわかったものではない。数か月後かもしれないし、数年後かもと言われて、すでに十数年。本当に危機感を持つべき状況だ。今日明日、なんて可能性だってあるのだから。


「冒険者たちには、本格的に魔の塔ダンジョンを攻略してもらうつもりだからね。優秀な治癒魔術師はいくらいても困らないよ」


 王都冒険者ギルドは不健全な組織となっていた。先日、神殿騎士団が、ギルドに入り込んでいたガンティエ帝国の工作員を捕らえたが、その結果、隣国の妨害工作があったことがわかった。


「ギルドで甘い汁を吸っていた連中には罰を与えて、組織の健全化を行っている。正常になるまで、多少の時間がかかるだろうが、事は王国の存続にかかわる。やらねばならない」

「さすがだよ、兄さん」


 ヴァルムは微笑を浮かべた。


「戻ってそうそう、硬直化した冒険者ギルドを修正しているのだから。手が早い」


 王族が回り出したところで、魔の塔ダンジョン対策――とくれば、成果を上げているとは言い難い冒険者ギルドに活を入れるところだが、もうすでに俺が手を出してしまっていたからね。不正は正され、王国が望むように冒険者ギルドは再編されている。


 ヴァルムとしては、一歩早く動き出したと感じただろうが、俺に言わせればようやくスタートラインに立てたってところで、周回遅れもいいところだ。


「それにしても、隣国はやることが汚い」


 国王陛下は苛立ちまじりに天を仰いだ。


「策略をもってこの国を滅ぼそうとしている。忌々しいことだ」

「帝国だからな。あいつらは元々性悪だよ」


 俺もそれは認める。それが戦略でもあるんだろうが、あいつらは常に余所の国を狙っているのがたちが悪い。もっと平和な国がお隣ならよかったのにな。


「我が国は、僕をはじめ王族が狙われた。その影に、帝国がいるようなんだ」


 ヴァルムの憤りの原因はそこだった。レームの協力者の中に、ガンティエ帝国の者もいたという。呪いを使ったアレス・レームの接触者がそれだったらしい。


「工作員の悪事が露見しても、国がそれを否定したらそれまでだからな。いかに工作員が自白しようとも、知らぬ存ぜぬ、でまかせだ、で済んでしまう」

「むぅ……」

「いずれ帝国には報復するが、今はまず目先の魔の塔ダンジョンを優先しよう」


 俺は宣言する。


「五十年前同様、俺が塔に乗り込む」


 かつて大悪魔を始末して回ったように、な。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る