第130話、大鬼がやってきた


 ガンティエ帝国、帝都ドーハスの北、ロスガンテ山に築かれたライントフェル城。


 アーガルド城が謎の光によって破壊された後、ガンティエ皇帝は、ライントフェル城を代わりの住処としていた。


 その皇帝陛下は、大変ご機嫌斜めであった。


 城を破壊した光の正体は依然として掴めず、西のヴァンデ王国への侵攻に出した先方部隊は音信不通となっていた。西方軍の侵攻準備は整えつつあるものの、帝都が攻撃されたという知らせが、各方面軍に飛んだ影響もあって、現在待機状態である。


 しかしガンティエ皇帝は方針を変えるつもりはなかった。西方軍には、ヴァンデ王国を攻略させる。南方のハルカナ王国への攻撃を見送り、南方軍の一部を西方に送った以上、早々に蹴りをつけたかった。


「西方軍をとっとと動かすのだ! ヴァンデ王国など粉砕だ!」

「……」


 大臣たちは黙している。内心ではアーガルド城を壊した光がまた降ってくるのではないかと危惧している。

 皇帝の前では口が避けても言えないが、神が彼の所業にお怒りで天罰を下したのではないか、というのが密かな噂となって兵たちの間にも広がっている。


 それは貴族たちの間にも広がっており、神罰を極端に恐れる世界にあって、彼らの士気にも大いに影響することだった。

 皇帝の娘レムシーの傲岸不遜な振る舞いもまた、臣下たちの心理に影を落としている。


 ガンティエ皇帝が、城主の間――仮の皇帝の間の窓へと歩み寄る。ロスガンテ山から帝都を眺めて、フンと鼻をならす。

 帝都の中心に力強くそびえていたアーガルド城の尖塔はそこにはない。あの忌々しい光の雨が、皇帝の虚栄の象徴を破壊してしまったのだ。


「忌々しい、忌々しい、忌々しいっ!」


 皇帝は声を荒らげた。


「我に逆らう者は皆殺しだ! 我の道を阻む者は、街道に埋めて、永遠に踏み続けてやるっ!」


 何とも見苦しいというか、一国の王として、周囲を憚らず一人怒鳴っている姿には、大臣たちも渋い表情になる。最高権力者の気まぐれ、気晴らし、つまりとばっちりはごめんなのだ。

 その時だった。


「ん? 何だあれは……?」


 皇帝が帝都方面に見える小さな点に気づいた。


「何か……飛んでおる?」


 懸命に目を凝らすが、はっきり見えない。埒が明かないので、ガンティエ皇帝は叫んだ。


「望遠鏡を持ってまいれ!」


 従者が素早く、皇帝専用の望遠鏡を箱に入れて持ってきた。ガンティエ皇帝は無言で箱から望遠鏡を取り出すと、早速覗き込んだ。


「人……鎧?」


 ブツブツと見えているそれを見つめる。じっと見つめ、やがて皇帝は叫んだ。


「きょ、巨人が! 空を飛んでおるっ!」


 大臣たちは、何を馬鹿なことを、と思った。巨人が空を飛ぶ? 夢だとしても、ありえない話だろう。

 そもそも翼のない巨人族が空をどうやって飛ぶのだろうか?


「おおおっ、目が光りおった!!」


 その瞬間、遠くで雷鳴のように爆発音が響いた。皇帝が喚く。


「なっ!? 帝都が! 巨人が帝都を攻撃しおったぁぁっ!」


 聞こえてきた爆発音。とうとう大臣たちも何が起こっているか確かめるために窓に走った。

 遥か遠くにある帝都ドーハスに、周囲の建物のよりも大きな重甲冑をまとった巨人――というより手の長い猿のようなものが立っていた。そして目をチカッと光らせると光線が放たれ、帝都の建物が吹き飛ばされていく。


「何なのだあれはぁっ!!」


 皇帝がヒステリックな声を上げたが、それに答えられる者はいなかった。


 超巨大ゴーレム? それとも未知の魔獣、モンスターだろうか? しかしそれが何故、帝都を襲っているのか、まったくわからない。


「余の町が! ええーい、将軍! あのデカブツを討伐せよ! これ以上、やらせるでない!」

「ははっ!」


 ジャガナー大将軍は、魔力通信機を用いて、ただちに帝都の軍に鎮圧命令を発する。

 しかし、敵の体躯はあまりに大きく、そこらの騎士や兵、魔術師では相手になりそうになかった。


「ぐぬぬ……」


 ガンティエ皇帝は、自分のいない帝都が為す術なく蹂躙されていくのを、ただ遠く離れた場所から見つめることしかできなかった。



  ・  ・  ・



 ガンティエ帝国の帝都ドーハスが火の海になっていく様を見つめる目があった。

 邪教教団モルファーの暗黒上級魔術師ハディーゴである。


「いやいや、愉快愉快。痛快痛快。驕り高ぶる愚帝が支配する町を破壊するのは、愉しいなあ……!」


 大型鋼鉄鬼『ダイ・オーガ』――古代文明時代の発掘機械を修理、改修して完成させた兵器である。


 ダイ・オーガが一歩を踏み出せば、民家などあっけなくぺしゃんこである。足元で、帝国の騎士やら兵が集まって、蚊ほども役に立たない武器を振るっているが、ダイ・オーガの鋼鉄装甲にはまったく通用しない。


「何を言っておるのか、わからんのう!!」


 巨腕を振り上げ、地面に叩きつける。帝国兵たちは染みとなった。


「うーん、これならばアレス・ヴァンデも倒せそうなんだがな。残念ながら、かの王都でこいつは使えないのじゃ」


 魔の塔は、ヴァンデ王国から魔力を吸い取って邪神を復活させようとしている。だが、この大型鋼鉄鬼は、動かすために大量の魔力が必要。復活までの時間稼ぎをしなければならないのに、その時間をさらに引き伸ばすことになるかねない機械兵器を、かの国で使うことは意味がなかった。


「まあ、その分、こっちでは制限なしなのでな。せいぜい帝都にある魔力を使って大暴れしてやるぞぃ」


 ハディーゴは不敵に笑う。ダイ・オーガが稼働するための魔力の残量が半分になった。ここからは帝都とその近場から魔力を強制吸引して、稼働する。


 動かすための初期魔力は、ヴァンデ王国にいた帝国の諜報員やその他捕虜を魔力に変換して注ぎ込んだ。ハディーゴが王都で、スパイ狩りをやっていたのも、王国の敵意を煽ることなく――つまり邪魔されずに必要な魔力を集めるためだった。

 もっとも、それ以前に、ハディーゴはガンティエ帝国が大嫌いだった。


 帝都防衛隊の魔術師の放った攻撃魔法が、ダイ・オーガに当たった。しかし、それだけだった。


「んんーっ、効かんなぁ……ファッファッファー!」


 この鋼鉄鬼の装甲の前には、人間の魔法など恐るるに足らず。


「邪教徒どもに、制裁をーっ!」


この世界に神はいない。神を信じる宗教すべては邪教であり、それを壊すための無神教団、それがモルファー。上級魔術師ハディーゴは、ガンティエ帝国帝都に破壊の限りを尽くした。

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