第131話、帝都ドーハス、焼け野原になる
巨大な鋼鉄の鬼が、帝都ドーハスを破壊した。
多くの民が被害にあった。建物のほとんどが潰され、砕け、瓦礫と化している。建物の残骸に押しつぶされた者も少なくなく、救助作業が進められている。
敵は去ったが、被害は甚大だ。守備隊は立ち向かったが、まるで歯がたたず、返り討ちにされた。
ジャガナー大将軍は苦虫を噛み潰したような顔で、災厄に見舞われた帝都を眺める。副官がやってきた。
「大将軍閣下!」
「どうか?」
「大鬼は依然として西方へ移動中です! 信じられないことですが、空を飛んでいます」
「奴が空を飛べることはわかっておる」
襲撃の時も、城壁を超える程度の高さを飛んできた。鋼鉄の大鬼は、帝都を滅茶苦茶に破壊した後、西へと離脱した。
「皇帝陛下からは追撃命令が出ております」
副官の言葉に、ジャガナーはさらに表情を険しくさせる。
「あれを追ってどうにかなる代物なのか?」
「……」
副官は返答に窮する。帝都の破壊ぶり、守備隊の壊滅具合を見れば、生半可な力では通用しないのは自明である。
だが皇帝陛下が、追撃、そして討伐命令を発した。そうなれば、無理だとしてもやらねばならない。それが騎士、そして兵の務めなのだ。
「今、追撃しているのは騎兵だったな?」
「はい。敵は空に浮いて移動しまして、これが意外に早く、歩兵では追いつけません」
「騎兵だって常に走り続けられるわけではない」
追ってどうにかなるものでもない、無駄だ、とジャガナーは思う。むしろ、近隣部隊が敵の進路上で待ち構えていたほうがよいくらいだ。
追尾しているのは帝都第三騎兵大隊。
精鋭と名高い第一騎兵大隊は、帝都にいて、大型鋼鉄鬼の餌食になった。もっとも、帝国貴族の坊っちゃんばかりの、名前だけの精鋭部隊だったが、大したこともできずに壊滅したという。……帝国貴族の若き次男坊、三男坊が多く犠牲になった。
その件にジャガナーは内心では、ざまあみろと思っていた。金と権力で固められた飾り物エリートを心底毛嫌いしていたのだ。戦闘力で見るなら、今追尾している第三騎兵大隊のほうが断然上だ。
「まず、あの大鬼がなんだったのか、知る必要がある」
いったいどこから現れて、何故帝都を攻撃したのか。ジャガナーの言葉に、副官は返した。
「ゴーレムのようにも見えました。古代文明の兵器でしょうか?」
「まあ、その線が濃厚ではある」
ジャガナーも認めた。かつて存在し、滅びた文明には、今では失われた魔法や兵器が存在したという。
その手の文明は一つではなく、様々ではあるが、現代までそれらの技術が残っている例は多くない。滅びた原因は、大抵より強い文明に食われたなどではあるが。
「帝国でも、ゴーレム兵器を発掘、再現させているが、あの大鬼のような巨大なものは見たことがない」
「各国の軍備にもなかったと思われます。あれば諜報部門が報告しているはずです」
「ここ最近発掘されて、それを上手く秘匿してきた可能性もあるだろう」
ジャガナーは、決して工作員が知らないからと言って、存在しないなどとは思わない。
「あれも魔導兵器というのなら、魔術大臣に確認せねばなるまい。何か有効な対策があるやもしれぬ。ボルマン大臣に――」
「大将軍閣下……」
副官が何か言いたげな顔になった。そこでジャガナーも気づく。いや、思い出した。
「そうだった、ボルマンはいないんだったな」
「……」
ボルマン魔術大臣は、皇帝によって粛清された。二度に渡るアーガルド城を襲った光について原因と対策を指示されたが、魔法の可能性は高いという以外に何もわからないまま時間を浪費したとして、皇帝の怒りを買ったのだ。
「あやつは、魔導兵器にも詳しかった。今こそ奴の知恵が欲しかったものを……」
しかしガンティエ皇帝は、彼を許さなかった。成果の出せない無能は処分される。端から聞けば、皇帝の言い分も間違いなくは聞こえるが、果たして私情が入っていなかったと断言できるだろうか?
「その皇帝は、今頃ライントフェル城で癇癪を起こしているだろう」
ジャガナーも、その場にいたくなくて、さっさと被害を受けた帝都へ逃げてきた。地団駄を踏み、喚き、みっともなく怒りを振りまいているに違いない。
「逃げる大鬼を、どうにか討伐できればよいのだが……」
「魔法通信で、西方軍にも討伐命令が発せられております」
副官は答えた。
「必ず捕捉できます。追尾する第三騎兵大隊が追いつけば、挟撃も可能かと」
「空を飛んでいる大鬼に素通りされなければいいがな」
武器が届かなくては意味がない。弓矢や魔法でどうにもならないのは、帝都の戦いでわかっていることだ。
――いや、素通りされたほうがマシか……?
待ち伏せした部隊が、ことごとく大鬼にやられる可能性だってある。特に敵が移動しているのは、ヴァンデ王国侵攻のために準備をしていた西方軍に所属する部隊だ。
臨戦態勢になっていて、即応できる状態だったが、あの大鬼のために侵攻に使う戦力を大きく損耗してしまうことになるに違いない。それだけ強力な敵なのだ。
「しかし、奴は何故、西へ飛んだ?」
特に理由もなく、移動した方向がたまたま西だったのか。それとも、西方から来て、帰ったとか。
――もしや、ヴァンデ王国の秘密兵器か?
ジャガナー大将軍は、嫌な予感をおぼえた。そういえば先行させた偵察大隊が、ヴァンデ王国に踏み込んだが、以降連絡が取れずにいた。
かの王国には、特に反応がなく、まるで国境を超えた侵攻部隊などいなかったと言わんばかりに静かだった。あるいは侵犯を気づいていないのでは、と思うほどだが、ヴァンデ王国も国境の防衛部隊を増強したのがわかっているから、まったく気づいていないことはない。
しかしそうなるとわからないのが、不明の偵察大隊だ。
――あの大鬼が、ヴァンデ王国の兵器として、侵攻部隊はあれに蹴散らされたのでは……?
あの戦闘力ならば可能性はある。しかしそれでも、まったく生存者がいない、逃げ帰って報告する者がいなかったというのが解せない。
普通、一人も生還しないような戦いなどほとんどない。数人、数十程度ならば皆殺しもありうるが、数百ともなれば、全滅させるのは難しく、少数でも逃げ帰る者が出てくるものである。
その後の処罰を恐れて、雑兵がそのまま行方をくらますことはある。しかし、騎士や貴族の指揮官など一定の階級にある者は、報告の重要性を鑑みて、あるいは言い訳として逃げ帰る者がいるものだが。
「もし、ヴァンデ王国が絡んでいるのなら、かの国の侵攻について、戦略を練り直さねばなるまい……」
グラムリン諜報部大臣にも確認しなくてはいけない。ジャガナーはそう判断した。
廃墟の町と化した帝都から、ライントフェル城に戻ったジャガナーだが、ガンティエ皇帝が部屋にこもって、ヒステリックに暴れていると聞いて、心底ウンザリさせられるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます