第3話、ヘクトンの町


 ヴァンデ王国の西の果て。危険な魔獣が徘徊する自然区に、『俺』が自らを封印した墓地があった。

 実質、王国領とされているが、危な過ぎて人は住んでいなかった。……少なくとも五十年前は。


「今も、人は住んでおりません」


 ソルラ・アッシェは告げた。この生真面目さを貼り付けた美しい騎士殿は続けた。


「魔獣が多く、いるとすれば冒険者が狩りをするくらいでしょうか」

「フム、全身呪いを持った俺がいる土地だ。そう簡単に近づかれても困るがな」

「はい」

「だが、そんな場所に、邪教教団モルファーの連中はやってきた。そしてその情報を掴んだお前たち神殿騎士団が派遣されてきた、と」

「よからぬ企みの可能性もあり、大司教様の命令を受けて、馳せ参じました」


 ソルラはそこで目を伏せた。派遣された部隊は、ここに来るまでに遭遇した魔物にやられて、大きな被害を受けたという。先行した分隊も、ソルラ以外は全滅した。


「よく生き残ったものだ」

「運がよかったのです、殿下」


 ソルラは自嘲した。戦死した同僚たちを思い出して、複雑な心境なのだろう。


「馬があります」


 外に出れば、彼女が乗ってきただろう馬があった。あとついでに、邪教教団の連中が使っていたと思われる馬も数頭。


「これでまずヘクトンの町に行き、ユニヴェル教会へ。そこから王都へ移動しようと思います」

「そうだな。弟――国王陛下にも会っておきたい」


 俺は、邪教教団が使っていた馬へと近づく。ソルラは自分の馬に颯爽と乗る。ここから近いヘクトンの町だが、徒歩だとかなりの距離がある。……それだけ離れないと隔離する意味がないからな。


「……しかし、予感はあったが……やはりな」


 俺が近づいた馬が、猛烈に拒否反応を示した。馬上のソルラは、気の毒そうな顔をした。


「やはり『呪い』ですか」

「だろうな」


 俺の持つ呪い。闇のオーラ、呪いの瘴気とも言われる『呪い状態』の典型的症状が湧き出るのだ。馬だって本能的に危険なものだとわかっている。馬たちは鞍などをつけたまま、俺から逃げていった。


「殿下……」


 ソルラが困った顔をする。馬たちがこんな反応を示せば、『私の馬に同乗するか』など言えようもない。やはり彼女の馬が拒否するだろうから。馬は賢く、そして臆病なのだ。


「いい。自力で調達する」


 俺は、地面に向かって手をかざす。


「呪いの眷属よ、出でよ」


 黒い靄が噴き出す。それはたちまち、真っ黒な馬の形になった。


「これは……!?」

「呪いに取り込まれてしまった生き物の成れの果てだよ」


 俺も、さっさと具現化した黒馬に乗った。獣化の呪い――人や生き物を他の動物の姿に変える呪いの応用だ。

 五十年の歳月は、どうやら俺に呪いを自在に制御する力を習得させたようだ。朦朧としていたと思っていたが、呪いを操る術を身につけていたらしい。


「ソルラ・アッシェ」

「はっ!」

「一応、俺は王族であるが、町に入る時や町の中にいる時は……そうだな、一冒険者にでも接するようにしてくれ」

「……それは何故、でしょうか?」


 驚いた顔になるソルラである。俺は馬を進ませる。


「俺は名前を変えるつもりはないが、王子としての俺は五十年前に死んだことになっているのだろう? 実は生きていましたなんて、周りが混乱するだけだ」

「それは……そうですね」

「そういうことだ」


 民の前では、王族ではなく、ただのアレスとしているほうが面倒がなくていい。同姓同名だろうと、五十年も経っているのだ。亡き有名人の名前を子供につけていてもおかしくはあるまい。


「然るべき時と、俺が王族だと名乗っている時は、そのように接してくれればいい」


 さすがに国王に会う時に、気安い態度だと、周りが彼女を不敬罪だと咎めるだろうからな。


「わかりました」

「敬語」

「いえ、私は普段がこれなので」


 ソルラは真顔だった。……うん、確かに今のそれ、変に躊躇ったりすることなく、素の反応っぽい顔をしていた。なるほど、普段から敬語で話すタイプか。ならば仕方ない。


 俺とソルラは、それぞれの馬を操り、西の果て大地を東へと進んだ。


 飛ばしたせいか、獣たちも近づくことなく、素通りないし離れていった。途中、神殿騎士の遺留品をいくつか見かけたが、当の死体はなかった。魔獣たちに倒され、食われてしまったのだろう。町の外、それも西の果てとくれば、弱き者は狩られるのだ。

 ソルラは平静を装っていたが、さすがに目を見れば悲しんでいるのはわかった。


 やがて、間もなく日が暮れるといった頃、俺たちは、ヘクトンの町へと到着した。そびえる外壁は、城壁と言ってもよいほど頑強。いかにこの土地が、魔獣の徘徊区と隣り合わせかわかるというものだ。


「止まれーっ!」


 門を守る兵たちも完全武装だった。先導するソルラは愛馬を止めた。


「神殿騎士団、ソルラ・アッシェである。任務の途中である。ここを通させてもらう!」

「ああ、神殿騎士」


 その兵士は、あからさまに冷めた顔になる。


「バルック様ー! 神殿騎士が戻ってきやした」


 何だこいつ。俺は、この下級兵の、教会の騎士とはいえ、神殿騎士に礼儀もなにもない態度に不快さをおぼえた。町の守備隊とユニヴェル教会は、仲が悪いのだろうか?


「何人だ?」


 奥から上司と思われる騎士が、急ぐでもなくノタノタとやってきた。随分と運動不足な騎士だ。いや、騎士の格好をした盗賊の親玉みたいな、というべきか。


「へい、二人でさぁ」

「ふん、まだくたばっていなかったってわけか。……ほお、女か」


 バルックと呼ばれていた騎士は、馬上のソルラを見上げる。


「逃げてきたか? 西の果ては物騒だったろう? 他のお仲間はどうした? 食われたか?」


 明らかに馬鹿にした態度だった。周りの兵たちも笑っている。後ろから見ていても、ソルラが怒りで身を震わせたのがわかる。


「任務の途中だ。通してもらうぞ」

「いや、オレたちは、ここの守備を仰せつかっているんだがね。勝手に入られても困る」


 バルックは堂々と前に立ち塞がった。……そのまま轢いてやろうかと思った。


「まずは、神殿騎士殿。馬から降りて、きちんと挨拶してもらおうか。これでもオレぁ、ここを預かる騎士なんだ。騎士には騎士の礼ってもんがあるだろ?」


 ……うーん、こいつ張り倒していいか?

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