第4話、身分には身分で踏み潰す
ヘクトンの町に入るための門。その門番たちの態度が、どうにもよろしくない。
門となれば、その町に最初に通る場所であり、いわば第一印象を決めかねない重要な場所だ。それをこんな不良の集まりのような兵を配置しているのは如何なものかと俺は思う。
そこまでこの町の治安は悪いのか。
町に入らずして、そんな印象を持ってしまった。
今の時間の責任者と思われる騎士――不遜な態度を崩さないバルックという男は、神殿騎士であるソルラに、馬から降りろと横柄な態度を取った。
こういうのは、かつての王都では見られない光景だ。少なくとも、好き嫌いの問題はあれど、こうまであからさまな態度は初めて見た。
「行きの時は、そんなことは言わなかっただろう?」
ソルラが言えば、バルックは鼻をならした。
「おたくら神殿騎士たちが、お急ぎだって言うから目をつぶったに過ぎん。用事は済んで戻ってきたのだろうが。だったらきちんと筋というものがあるだろう」
そうか、とソルラは頷くと、馬から降りるとバルックの前に立った。
「それは失礼した、騎士殿。我々はこれより教会に戻らねばならない。通してもらいたい」
「そんな詫びの入れ方があるか? 神殿騎士とは非礼があっても、頭を下げることができんのか?」
「は?」
ソルラが耳を疑う。何を言っているんだ、この騎士。神殿騎士が若い女だからと、理不尽な嫌がらせをしているんじゃないか?
大体、詫びとはなんだ。任務で出た神殿騎士が、帰投の際に門番に謝るとか意味不明過ぎるだろう。
俺は黒馬をけしかけ、前へ出る。下級兵がとっさに手にした槍を向けてきた。
「おい、勝手に動くな!」
「下がれ、下っ端。いつから雑兵が騎士に槍を向けてよくなったのだ? 首を刎ねるぞ」
ひっ、と下級兵が槍を引き、下がった。
「バ、バルック様ぁー! こいつ、いや、この騎士、呪い持ちですぜ!」
「なにぃ?」
バルックの視線が、馬上の俺を向いた。
「貴様ぁ、誰の許可を得て勝手に入ってきてるんだ? しかも呪い持ちだと――!」
呪い持ち――呪われている者に対する蔑称だ。見たままであるが、意味合い的には差別的に使われる。
「見たところ神殿騎士でもなさそうだが……傭兵か、冒険者か? ……困るなぁ、神殿騎士殿ぉ、呪い持ちを町に入れるなど」
バルックがソルラに嫌みたらしく言った。絡む理由ができて、嬉しそうである。
「おい、そこの門番の騎士。貴様はなにゆえ、私を無視して連れに絡むのか?」
「はあ? うるせい、呪い持ち、黙ってろ!」
バルックは吐き捨てた。
「大層な鎧を着ていようが、呪い持ちなんざ、力も弱っていて、相手にならねえ。ここを通りたければ、てめぇも馬から降りて、土下座でもしやがれ! はははっ!」
「ほう。貴様、私に膝をつけと申すか。……ソルラ、このヘクトンの町は、変わらずヴァンデ王国で相違ないな?」
「はい!」
ソルラは背筋を伸ばした。態度は王族に対するそれ。
「その門番……バルックと言ったな。貴様はヴァンデ王国の民か?」
「さっきから何なんだ、てめぇは?」
苛立ちを露わにするバルック。
「答えろ。貴様はヴァンデの民か? それとも異国の回し者か?」
馬に乗ったままバルックに近づく。
「いい加減にしろ、貴様ぁ! 何の権限があって――」
その瞬間、俺はバルックの顔面を蹴り飛ばした。盗賊の親玉じみた騎士は、無様にも倒れる。周りの下級兵たちが慌てた。
「バ、バルック様っ!?」
「おのれェ――!」
「控えろ!」
ソルラが一喝した。若い神殿騎士とはいえ、その声の迫力は兵たちを硬直させた。起き上がろうとするバルックを俺は馬上から見下す。
「不敬罪は知っているな、バルック。いつから騎士は貴族や王族より偉くなったのだ?」
「貴族――!?」
その言葉に、バルックはハッと目を見開いた。
「い、いやまさか、こんなところに貴族がやってくるなど」
「さっさと膝をついて詫びを入れなくていいのか、バルック? 王族貴族に無礼、いや非礼を働いて、間違いを正さねば反逆罪で、斬首だぞ?」
最大の失態である『非礼』。それを突きつけられれば、すぐに行いを改めて謝罪しなくては、本当に首と胴体はおさらばになりかねない。……俺は無礼では済ませないよ。
「も、申し訳ありませんでしたっ」
バルックはその場に膝をついた。
「これまでの非礼、お詫びのしようもありません! しからば、非礼ついででございますが、何かご身分を証明になるものをお持ちでございましょうか?」
ふむ、証明か。俺がアレス・ヴァンデであると名乗ったところで、五十年前に死んだことになっているだろうから、嘘をついていると調子づかせることになるか。
「何か、ご証明をば!」
バルックが顔を上げ、俺をねめつけた。……ああ、こいつ、俺の正体がわからないから、とりあえず頭を下げたフリをしているのだ。つまり、俺が出任せを言っていると考えているのだ。うむ、小癪な奴だ。
「辺境の騎士といえど、いや騎士であるならば、これが何だかわかるな?」
俺は首から下げた金と虹色に輝く宝石をあしらったネックレスを取り、バルックに見せつけた。ヴァンデ王国王族のみ身につけることが許された虹色の宝石――それを目の当たりにし、バルックは顔面蒼白になった。
それは周りの下級兵たちも同様だ。
「ヴ、ヴァンデ王族の証……ッ!?」
その瞬間、バルックは地面に額をぶつけながらひれ伏した。
「申し訳ッ! 申し訳ございませんッ!! 王族の方とは露知らずッ!」
周りの兵ばかりか、遠巻きに騒動を見ていた者たちまで、立ち去るか跪いた。
「大変ご無礼をば!」
「無礼ではない。非礼だ」
「申し訳ございませんっっ!!!」
地面に額をこすりつけ、哀れにも土下座をするバルックや兵士たち。失礼、無礼、非礼の順番で重くなるのだ。一番重いものを押されれば、そうもなる。
俺に土下座とか言いながら、結局自分がするのか。……俺は言っていないよ。土下座しろなんて。
「貴様は運がいい。我々は先を急ぐのでな。ここを通るぞ」
「はいっ、どうぞ! ご自由に!」
「当たり前だ。ここはヴァンデ王国の領地だ」
王族が、自分の国を歩くのに、誰の許可がいるというのか。地方領主? そいつらは王族への忠誠と引き換えに、間借りしているに過ぎん。王族への忠誠を忘れた時点で、土地も返してもらう。
「覚えていたら、追って沙汰を寄こす。せいぜい心を入れ替えて励むのだな。バルック」
「はっ、ははっー!」
「ソルラ、行くぞ」
「はい、殿下!」
俺はさっさと黒馬を進めた。ソルラも愛馬に騎乗し後についてきた。
やれやれ、ようやく町に入れた。
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