第215話、神殿内で起きたこと


「アレス・ヴァンデとその一団は、町を破壊! 神殿内に侵入!」


 その報告は、邪教教団幹部である暗黒魔術師たちの動揺を誘った。リマウは上座にいて、苦虫を噛み潰したような顔になる。


 この部屋にいる幹部魔術師は、先の会議の半分ほど。残り半分は、町の武装信者たちを指揮するため前線に出て、一撃のもとに粉砕されてしまった。


 ここに残っているのは、リマウを除けば、自身は戦闘に向かないからと神殿に残ることを選択した者たちだった。


 ――これは、いよいよよろしくないですね。


 神殿前で起きたことは、魔法による目で、一同は目撃していた。強大な水が押し寄せて町を破壊、そこにいた同胞たちが巻き込まれる様に、残った幹部たちは震え上がった。


「おしまいだ……」

「あんなものに勝てるわけがない!」


 ――ここまで来ると、味方でさえ苛立ちの対象になりますね。


 リマウは、恐れ戦く幹部魔術師たちの弱腰な態度に憤懣やるせなくなる。普段はどこか太々しさもある彼らが、一様に怯え、悲観的なことばかり言うことに辟易した。


 ――これは、マスター・ハディーゴが、生贄に使えと言うのもわからないでもないですね……。


 こういう役に立たない者でも、生贄ならば復活の役に立つ。……いや、このような足しになるか怪しいものの魂など、邪神様が穢れる。むしろ、失敗のリスクを高めるのでは、とリマウは思った。


 ――さて、マスター・ハディーゴは、すでに神殿内の防備に回られましたが、私も指導者らしく、アレス・ヴァンデの壁となりにいきますか。


 おそらく、邪神復活は間に合わない。仮に、今から無能を使った生贄の儀を始めても、途中でアレスたちがやってきそうな気配だ。つまり、もはや何をやっても手遅れだということだ。


 ――彼らが町を正攻法で突破しようとしてくれれば、多少は足止めになって生贄の儀ぐらいは間に合ったかもしれませんが。


 いまさら遅いが。ああも早く町を突破するなど想像していなかったのだ。


「リマウ殿、どちらに?」


 この期に及んで、動こうとしない幹部魔術師らが声を掛けてくる。勇気のある者、教団に献身的な者たちは、町で吹き飛び、神殿で迎え撃つべく席を立った。指導者であるリマウが動いても、なお椅子から尻をあげない腰抜けども。


「務めを果たしに行くだけです」


 どうせ役に立たないなら、いっそこいつらをここで雷で焼き殺しても、何も変わらない気がした。それなら始末したほうが、まだ精神的に安定するかもしれない。


「リマウ殿!」

「リマウ殿!」


 うるさい。振り返るのが負けな気がして、リマウは彼らを無視した。


 ――もう知らん。勝手にすればよい。運のいい奴らめ。



  ・  ・  ・



 リマウが立ち去り、会議室には幹部魔術師たちが残った。邪教教団モルファー、魔の塔ダンジョン活動組の幹部として活動し、組織の運営に携わってきた者たちだ。


 自分たちは戦闘に向かないと自認する彼らだが、その正体は運営の裏で甘い汁を吸ってきた者たちである。彼らは下級教徒を使い、組織外の敵の資産を奪い、時に女、子供をさらい、欲望の捌け口にしてきた。


 邪神復活に真面目に取り組んでいたリマウや他の幹部らと違い、運営のために必要な業務はこなしつつ、実は世界の破滅にそれほど熱心ではない彼らは、ここにきても戦おうとはしなかった。


 命知らずの幹部で狂信的な者たちと違い、彼らは命が惜しかったのだ。


 リマウが去り、教団の終わりを察した彼らは、これからの行動を模索した。アレス・ヴァンデらと戦う? そんな度胸があれば、とうに動いている。

 迎撃に出た連中が信用できないのなら、もはや逃げるしかないのでは――そう結論づけるのに時間はさほどかからなかった。


 そこへ扉が開いた。入ってきたのは――


「マスター・ハディーゴ……!」

「生きていたのか!?」

「おやおや、ご挨拶ですなぁ」


 ハディーゴは部屋に残っている者たちを見回した。落ち着かない幹部たちは言った。


「マスター・ハディーゴ、外の様子はどうですか!?」

「か、勝てましたか? アレス・ヴァンデに」

「……いやぁ、さすが英雄王子アレス・ヴァンデ。彼らは恐ろしく強い」


 ハディーゴの言葉に、幹部たちは項垂れる。


「そう、ですか……」

「いよいよ駄目ですか」


 邪教教団の終焉を、彼らは完全に悟った。


「では、ここに留まっても仕方ありませんな」

「左様。邪神復活のため、今はここを撤退しましょう。生きていればこそ、何十年かかろうとも再起は図れます!」


 幹部たちが勝手に盛り上がる中、ハディーゴは冷めた目だった。


「実に――前向きなことだ」

「……!」

「何十年かかろうとも? いやはや、まだ人生が長い方は羨ましい限りだ」

「あ……」


 幹部魔術師の中でも、おそらく最年長であろうハディーゴの姿を見やり、彼らはいささかの気まずさをおぼえた。高齢であるハディーゴに何十年も生きられるのか、と考えてしまい、彼に対して失言だったと気づいたのだ。


「申し訳ない、マスター・ハディーゴ。我々は決して――」

「いやいや、お構いなく」


 ハディーゴは鷹揚に手を振った。


「同志魔術師たちに、邪神復活の意志が変わりなくあることを、私は嬉しく思いますよ」

「もちろんですとも! マスター・ハディーゴ!」

「そうですとも。たとえいくら月日が流れようとも、我々は生涯を懸けて、邪神様復活にこの身を捧げる覚悟です!」

「ですからどうか前向きにとって受け取ってください。我らモルファーの意志は、不滅ですぞ」


 そんな幹部たちに、ハディーゴはニッコリである。


「皆様のお覚悟、このハディーゴ、しかと受け取りました。それでは――死んでください」


 ハディーゴが腕をかざし、黒き魔法を放った。それは幹部魔術師数人の体を貫いた。


「うっ!?」

「あぁ……な、何故――」

「マスター・ハディーゴ!? これはいったい!?」


 倒れる同僚を見やり、残る幹部たちは驚愕する。はて、とハディーゴは首を傾げた。


「邪神復活に身を捧げるとおっしゃったので、復活を早めるための生贄になってもらったのですよ。……本望でしょう? 復活の贄になれるのです。誇りに思って……死ぬがよい!」


 さらなる闇の魔法が、残った幹部たちの命を奪っていく。

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