第216話、アレス、指導者と出会う
邪教教団モルファーの構成員たちは、俺たちの前進を阻む。
彼らは教団に命を捧げた狂信者だ。自らの理想のためなら世界をも壊すと本気で考えている。
その理想のためにどれだけの人を犠牲にした? 邪神復活のために、王都にスタンピードを発生させて、さらなる犠牲を増やした。
どうせ犠牲にするなら、自分たちの命を使って勝手にやればいい。……と、それで邪神が復活されても困るから、やはりやらなくていい。
ゴーレムも、構成員たちも、排除して、排除して、排除する!
暗黒魔術師が魔法を使ってきても、躱す、両断する、跳ね返す!
そして、祭壇のあるフロアに出た。如何にも儀式をやりそうな屋内。そして奥に、一目で、暗黒魔術師よりも上位の存在とわかるローブをまとった少年の姿があった。
「子供……?」
ソルラが呟いた。リルカルムが口を開く。
「嫌な魔力を持っているわね……。見た目はガキでも、タダモノじゃないわよ」
こんなところで、子供がいるっていうのもおかしな話だ。幻術でもなければ、普通じゃない。
「ようこそ、アレス・ヴァンデ殿」
距離があるのに、その声はよく聞こえた。年相応とは思えない少年ながら、落ち着き払った声。
「まさか、本当にここまで自力で来れてしまう者がいるとは思っていませんでしたよ」
「貴殿は、教団でもそれなりの地位にある者とお見受けするが?」
俺が問うと、少年は薄く笑みを浮かべた。
「さすがは、アレス・ヴァンデ殿。ご賢察の通り、私は王都教団の指導者、リマウ・ランジャと申す者。以後、お見知り置きを」
丁寧に一礼するリマウという魔導師。俺の後ろで、ベルデが言った。
「指導者? このガキが? 嘘だろう!?」
「人を見た目で判断するのは構いませんが、慧眼か否か、言動に現れます。……どうやら貴方の目は節穴のようだ」
「なにぃ!?」
「よすのだぞ、ベルデ」
シヤンが構えた。
「こいつ、相当ヤバい」
「獣にも、それくらいのことがわかるのです。……ええ、とベルデさんですね。貴方はそれ以下です」
ニッコリ笑顔で、ベルデを煽るリマウである。
「さて、アレス・ヴァンデ殿。貴方様がここへ来られた理由について、お伺いを立てさせていただきましょうか?」
「想像している通りだ。ヴァンデ王国の脅威となっている魔の塔ダンジョンを排除する。そして教団が推し進めているという邪神復活、これを阻止させてもらう」
俺が告げると、リマウは首を傾げた。
「では、まだ話し合いの余地は残されているかもしれませんね……」
「話し合い?」
ソルラの呟きに、リマウは微笑んだ。
「そうです。まず第一点、ヴァンデ王国の脅威となっている塔の排除ですが、すでにこの塔は、ヴァンデ王国にありません」
何? それは、どういうことだ?
「ヴァンデ王国ではない、だと?」
「はい。貴方方が飛び込んだ直後、我々は魔の塔ダンジョンを移動させたのです。今はヴァンデ王国ではなく、ガンティエ帝国の帝都に、塔はあります」
「何だって!?」
それはさすがに想定外。リチャード・ジョーが叫ぶ。
「移動しただと? 馬鹿な!」
「この魔の塔ダンジョンは移動できるんですよ。そもそも三十年前をご存じですか? ヴァンデ王国王都に突然、塔が現れた。誰かが建てたわけでもなく、転移してきたわけです。それを考えれば、不可能ではないでしょう?」
「何故、移動した?」
ドルーが問うた。
「三十年、王都にあったものを何故今になって――」
「ええ、その予定ではなかったのですが……理由はわかるでしょう。貴方方が、ここにいる、それが理由ですよ」
「塔の攻略を恐れた」
「その通りです、アレス・ヴァンデ殿」
リマウは手を叩いた。
「もしお疑いならば、そちらに展望窓があります。そこからの景色を見ていただければ、ここがヴァンデ王国の王都ではないことがすぐにわかりますよ」
もしそれが本当ならば、ダンジョンスタンピードのような被害が王都に出ることも、魔の塔ダンジョン絡みの問題からも王国が解放されたことを意味する。攻略の一つの目的は、すでに果たされたわけだ。
しかし、それを簡単に鵜呑みにはできない。リマウの言葉が嘘をいう可能性はあるし、展望窓からの景色も幻術で騙すこともできる。俺たちの攻略を恐れて転移というのは、わからないでもないが、それは俺たちを惑わす手かもしれない。
「まあ、それが事実だとしてもだ」
俺たちには、もう一つ理由がある。
「貴殿らが進めようとしている邪神復活。それを使って世界を滅ぼそうとしているとあれば、魔の塔ダンジョンの所在地は隣国に移ろうがあまり関係ない。我々は、邪神復活を阻止する」
「そうですか。しかし、貴方方の活躍によって、邪神復活は残念ながら果たされそうにない」
リマウは言った。つまり、復活とやらにはまだまだ時間がかかるということか。それはいい情報だ。だが――
「はい、そうですか、とここで帰るわけにもいかない。復活に必要な条件が揃えば、俺たちが去ったとしても復活させるのだろう? 塔は、解体。邪神が復活できないように処置をする――これは譲れない」
「……そうですか。残念です」
リマウの表情が一気に冷え込んだ。化けの皮が剥がれたかな?
「王都教団の指導者として、邪神復活を阻むものを排除します。出でよ、召喚――」
銃声が響いた。ラエルが先手を打って、狙撃銃を撃った。しかし銃弾は、リマウの手前の見えない壁に弾かれた。決まれば終わりだったんだが、敵も対策していたようだ。
「サモン・デーモン!」
リマウにより、悪魔が召喚される。低級以上、上級未満といった悪魔が複数。
「まずはお前を倒さないといけないようだ!」
俺はカースブレードを構え、リマウめがけて駆けた。ふよふよと宙を浮いたデーモンが向かってくる。
リルカルム、ドルーが魔法で牽制し、俺とソルラがそれぞれ悪魔を切り裂く。恐怖をばらまく悪魔も、俺はともかく、ソルラでさえ抑えられない。高位のグレーターデーモンすら一撃で倒せるようになったソルラにとっても、もはや敵わない相手ではない。
ベルデやシヤン、ジンらが周りの悪魔たちを相手にしている間に、俺はリマウのもとへ向かう。子供の姿をしているが、それはまやかしだろう。悪魔を操り、教団指導者の立場にいる者が、見た目通りのはずがないのだ。
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