第102話、それは自然現象か、攻撃か、果ては天罰か


 人の命と引き換えに魔法として、敵を攻撃する。その中に含まれる意味を考えれば、色々考えさせられることではある。


 どうせ死は確定していた者の命。……いや、それでも抵抗があるな。死刑の一つの形、ということで、体裁は整うか。

 絞首刑や断頭台、その他処刑と何が違うというのか? もたらすものは、死刑囚の死。それに何も変わらない。

 元からおかしいリルカルムはともかく、シヤンとソルラの反応はどうだったか。


「罪人だぞ。悪いことをしたから悪い」


 シヤンは言ったが、表情をみればすっきりしていないのは明らかだった。リルカルムに対して何かと反発していたソルラのほうが、まだ冷静だった。


「悪いのは、襲ってきた彼らですから」


 試練の間から帰ってきて、サバサバしているというか、淡々としているのが増えたソルラである。雰囲気が、戦場帰りのそれなんだ。


 リルカルムの攻撃は、皇帝の居城の尖塔をあらかた潰して、王族がいるだろう中央のキープの高さも減じさせた。もしかしたら、場所によっては皇帝に怪我を負わせたりした可能性もあるかもしれない。


 俺も、今回のリルカルムのとった報復手段について、特に文句は言わなかった。帝都ごと滅ぼせと言われれば喜んでやりそうなリルカルムが、効果範囲を帝国の城に留めて、取り巻く市街地に当てなかったからだ。

 この辺り、彼女も、どこまでやれば俺や周りが咎めるのか、測った上でやっている気がしないでもない。帝都に無差別攻撃とかやったら、即効で止めていた。


 ただ、この件は、ここにいた者たちの間だけの話に留めた。反撃を受けることなく、他国を攻撃できる魔法なんて、偉い人が知ってみろ。絶対使うから。


 特に弟ヴァルムは、ここのところ帝国に対する憎悪を深めている。リルカルムの魔法を知れば、彼は喜んでこれまで捕まえた処刑待ちの工作員や共有参加守護団残党、売国奴どもを弾にして、皇帝の城に撃ち込ませるだろう。


 それはそれとして、ここのところ報復できずに歯がゆい思いをしていた帝国に、一矢報いたので、よしとしよう。

 もちろん、これまで王国にしてきたことを考えれば、これくらいで済むわけがない。まだまだ報復はさせてもらう。奴らが周辺国の統一などという馬鹿げた妄想をやめるまではな。


 というところで、俺たちは、魔の塔ダンジョンの攻略を進めよう。こっちはこっちで、早々に片付けないと、王国全体が邪神復活のエネルギーにされてしまうからな。……リルカルムより性質が悪い。



  ・  ・  ・



「これはどういうことなのかッ!?」


 ラウダ・デラニ・ガンティエ皇帝は猛り狂っていた。

 ガンティエ帝国帝都にあるアーガルド城は、天から降ってきた光によって、尖塔を吹き飛ばされ、ダメージを受けた。


 帝都にあって半ば小山に沿って建てられた広大かつ重層なアーガルド城が、まさか攻撃を受けるなど、皇帝も、帝国臣民誰ひとり予想だにしていなかった。

 一方的に、為す術なく、城の一部が破壊され、その光景は、帝都の民全てが目撃できたであろう。


 難攻不落の皇帝の居城が、破壊されるという醜態を今もさらしている。ガンティエ皇帝を激怒されるに充分だった。


「あの光はなんだ!? 何故、我が城が攻撃されたのだ!?」


 むろん、その問いに答えられる者などいない。ましてお怒りの皇帝を前に不確かなことを口にして、八つ当たりされても困る。重臣たちは、指名されない限り、迂闊に口を開くことを避けた。


「攻撃だぞ! あれは魔法ではないのか!? ポルマン! どうなのだ!?」


 魔術大臣が指名された。熟練の魔術師といえど、これには背筋が伸びる。


「た、確かに、光属性の攻撃魔法に類似はしておりますが……。しかし、あのような天から、城壁や尖塔を粉砕する威力の攻撃など、一般的な魔法では、不可能ではないかと」

「貴様でもできるか?」

「私などではとても。あれが魔法だとするならば、人間技ではございませぬ……」


 はっきり言えば自信があるわけではなかった。ポルマン魔術大臣は、あのような光魔法を見るのは始めてだった。

 というより、本当に魔法だったのか。そこからすでに怪しんでいる。もしや、天にいる神の御業ではないか――だがそれを口にすることはできない。


 それを言ってしまえば、神はガンティエ帝国に神罰を喰らわしたということになる。皇帝の所業を遠回しに非難していることになってしまうからだ。

 自然現象というのは、光は城にしか落ちなかったのだから、その可能性は薄い。しかし、攻撃だとするなら、いったいどういう仕組みなのか、それが理解できない。


 ――だいたい、誰が攻撃するというのか?


 ポルマンは自問する。ガンティエ帝国に楯突くといえば、かつて帝国が滅ぼした国の民が結成している抵抗組織や、周辺国の政治的に友好国ではない国などが考えられる。


 しかし、抵抗組織にそんな強力な魔法の使い手がいるとも思えず、周辺国も今のところ本格的衝突を避けていて、あからさまな攻撃をしてこない。宣戦布告の理由を作りたくないというのもあるだろうが……。


「――キィヤァアアアアアアアアア!!」


 皇帝の間に、凄まじい声が聞こえた。悲鳴のような、獣の雄叫びのようなその声に、一同吃驚して振り向けば、皇帝の娘であるレムシー・ガンティエ皇女が飛び込んできた。


「何事だ!?」

「お父様! お父様ァァ!」

「レムシー! どうしたんだ?」


 皇女が泣きながら駆けてくるではないか。父であるガンティエ皇帝は困惑を深める。何があったか問うてみれば。


「庭にあったわたくしの黄金像が……っ!」

「何だと!?」


 レムシーのワガママ――もとい、愛娘のお願いを聞いて、征服した国の宝物庫の金を溶かして作らせた皇女像が、光の攻撃に巻き込まれたという。雨除けの屋根が吹き飛び、貫いた光が、黄金の皇女像の上半身を溶けてしまった。


「わたくしの、わたくしの、わたくしのーっ!!」


 泣きじゃくるレムシー。それを見て、重臣たちは表面上は、同情の顔を見せた。だが内心では別のことを思った。


 ――もし、今の攻撃が天罰だったなら、あの像に当たったのは当然か。


 何せ、あの像を作る過程で、その国の宝を溶かしながら、捕虜にした国の姫も溶鉱炉に放り込んで殺してしまったのだから。


 その姫がレムシーより美人だったから、それが気に入らず殺したなどという噂だが、あのワガママ皇女ならば、おそらく本当なのだろうと皆思った。稚拙で残忍な皇女、それがレムシーである。


 しかし娘に激甘なガンティエ皇帝である。娘を抱きしめつつ、今回の惨事に対して怒り、喚き散らした。

 とても記録に残せないほどの罵詈雑言を天に向かって叫び、怒鳴り、周りは皇帝の怒りがただただ過ぎ去るのを黙って待つしかできなかった。


 実に、皇帝らしからぬ、みっともない姿だった。

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