第135話、説明できない嫌な予感


 一度上手くいけば、後はそれを繰り返すだけだった。


 一回ごとに使い魔が囮になり、その隙にラエルが狙撃して、柱を狙撃する。四回繰り返したら、五階目の使い魔は、まったく撃たれることなく、ピラミッド中腹の入り口まで飛んでいけた。


「よくやった、ラエル!」


 俺が褒めると、回収屋の弟子は「どうも」と答えつつはにかんだ。これで突破できるかな。シガも頷いた。


「いい腕だ、回収屋。大公様よ、大丈夫だと思いたいが、他のトラップを警戒して、斥候隊を出すか?」


 ウルティモのリーダーは慎重だ。俺は専門家に聞いてみた。


「ジン、どう思う?」

「警戒には同意です。ある程度のラインを超えたら、次の仕掛けが発動するパターンは割とありますから」


 回収屋としてダンジョン突破経験が豊富なベテランの意見である。さらに念押しで確認しよう。


「シヤン、どうだ?」

「さっきより嫌な気配はしないぞ」


 入る前から嫌な予感を口にしていた獣人のハーフ冒険者は答えた。


「ただ、中も相変わらず嫌な感じはする」

「外だけで終わり、じゃないってことだな。やれやれだ……」


 俺もこれには肩をすくめる。ジンが段差状の巨大建築物を睨む。


「まあ、悪い予感、嫌な予感というのもわからないでもないんですよ。俺の知るピラミッドって、全てがそうではないですが、大抵は偉い人のお墓です。財宝と共に葬られた王様を守るべく、中は罠だらけになっている……。正直、行く場所としてはあまり好ましい場所とは言えない」

「へぇ、財宝ね」


 シガがニヤリと笑った。何人かの冒険者も顔にやる気が出る。


「フロア突破のついでにお宝もあるのかね」

「まあ、何かレアなものがあるかもしれないが……俺の知ってるピラミッドの場合だと、埋葬時点で、ほとんどがお宝を持ち出されたって話だ。あまり期待しないほうがいい」


 顔を見合わせる冒険者たち。カミリアが眉をひそめた。


「我々は、ダンジョンを攻略しにきているのだ。財宝などは捨て置けばよい」

「まあ、言うなよ、姫様。オレたち冒険者にとっちゃ、お宝は食ってくにも、装備を揃えるのにも必要なんだ。生まれた時から家が出してくれるお貴族様には、わからんかもしれねえけど」

「何だと!」


 シガとカミリアの間に剣呑な空気。この二人、何かとソリが合わないような。シガは根っからの冒険者っぽいし、カミリアは伯爵令嬢で冒険者になった変わり種。まあ、騎士などが腕を磨くために冒険者になる例もあるから、珍しくはあってもなくはないのだが。


「嫌な感じだ」


 暗黒騎士あらため、白騎士になった個人勢冒険者のルエールがやってきた。かつてのトップ冒険者は複雑な表情を浮かべている。


「気にいらないね。この建築物がトラップだらけの可能性がある、というのは」

「そうだな。見た目大きな建物っぽいが、集団で行ったらさぞ狭いだろうな」


 たぶん、行列になるんだろうけど、罠があるとわかっている構造物の中でそれは、いい予感はしない。


「あそこに入らないと駄目?」

「入らないと、次の階にはいけないんじゃないか?」

「シヤンちゃんじゃないけど、どうも私も、あれには入りたくないなぁ。だってアレ、罠の巣窟でしょ?」


 ルエールが口を尖らせる。それはトップ冒険者の勘ってやつか。


「おい、大公様よ。斥候を出していいのかい?」


 シガが催促するように言った。自然と全体のリーダーになっている俺である。


「ちょっと待て。――ソルラ、来てくれ」

「はい!」


 やってくるソルラに、俺はピラミッドをさしながら説明した。


「ピラミッドに沿うように飛行して近づけ。柱は沈黙していると思うが、油断しないように」

「了解です」

「で、一度入り口まで行って安全だったら、そのまま段に沿うようにピラミッドの天辺に行き、そこから周囲を確認してくれ。ここから見えないピラミッドの周りで、何か変化がないか確認しろ。こちら以外の柱はまだ動いているから、体を晒すなよ。……行けるか?」

「はい、大丈夫です」

「よし、行け!

「行きます!」


 ソルラが背中から翼を展開して飛び上がった。初めてみた冒険者たちが驚く。ルエールも目を細める。


「グリフォンとドラゴンっぽい羽根だ。いいなあ、飛べるって」


 天使と悪魔の羽根――と思っていた俺だけど、そういう見方もあるか。飛行している分、地面を走るより早く移動するソルラは、あっという間にピラミッドに達した。

 こちら側にある柱は、まったく攻撃してこなかった。ラエルの狙撃で完全に仕留められたのだ。


 言われた通り、入り口辺りにソルラは降り立った。別の仕掛けが発動することもなく、異音もなければ見た目の変化もない。


「どうやら何もなさそうだな。大公様、もう行ってしまってもいいよな?」


 シガをはじめ、一部の冒険者たちが堀から出て、ピラミッドへ歩き出す。俺は、ソルラの次の行動を注視する。ピラミッドに沿って飛び、頂点に到達した彼女は着地すると、キョロキョロと辺りを見回した。

 俺と同じく見上げていたカミリアが首を小さく傾けた。


「彼女に特に慌てた様子がないところから見て、特に変化はなさそうですね」

「そうだな。俺たちから見えない裏手に新手のモンスターが現れて、ピラミッドに入ったら、後ろから襲われるとか警戒したんだが……うん?」


 ソルラがこっちを見下ろして叫んだ。


「アレス! 向こうの高台に、転移魔法陣が見えますぅー!!」


 なに、高台の上? この窪地に下りるまで、次の階行きのものはなかったはずだが――

 そこで下にいるシヤンが大声で返事をした。


「そっちは、入ってきたほうなのだぞー!!」


 あ、そうか。下に下りる前に、入り口らしい場所の近くまで高台をぐるっと回ったもんな。ソルラが指した方向は、確かに入り口だわ。


「すみませーん! 間違いでしたーっ!」


 ソルラも勘違いに恥ずかしかったのか頭をかいている。まあ、つい進行方向から前に出口があると思うよな。しかしそこで、ソルラがまたも大声で言った。


「すみませーん! 再度報告でーす! 後ろの高台にも魔法陣がありますぅー!!」

「え……?」


 俺たちの後ろにも転移魔法陣だって? 思わず振り返ったが、窪地の底からでは、高台の上は見えない。

 どういうこと?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る