第210話、ヒュドラ退治


 魔の塔ダンジョン64階のフロアボスは、ヒュドラだった。


 禍々しい黒い鱗で覆われた体。九つの竜の首を持つ大型魔獣だ。ただ相対しただけではない。さほど広くない空中の足場に俺たちがいる。落ちたら即死級の高さのステージで。

 ヒュドラが咆哮を上げた。


「冗談じゃねえぜ……!」


 ベルデが顔を引きつらせる。ヒュドラの頭たちは、一斉に口を開いた。ブレス攻撃か?


「そうはさせないわ! サンダーランス!」


 リルカルムが即席で使える攻撃魔法で、敵より先んじる。9本中、6本が顔を仰け反らせて、明後日の方向に電撃ブレスを放つ。残る3本の首は、足場めがけて電撃を撃った。床の表面が砕け、四方に削られた石畳の破片が飛ぶ。


「なんて威力だ」


 四方に飛び散った破片が、俺たちを襲う。お世辞にも広いとはいえない足場だからな。


「全部まとめて撃たれていたら、危なかった!」


 ドルーが口走る。

 さてさて、こいつをどう倒すか。ヒュドラの胴体は、足場より離れている。ご丁寧に背中の翼を羽ばたかせて滞空している。近接組は飛びつかないと攻撃ができないということだ。


 シヤン辺りなら、ジャンプしてかろうじてヒュドラの体に取り付けるかもしれないが、それも相手が下がらなければという話だ。万が一飛びついた時に逃げられれば、下まで真っ逆さまに落ちる。


 ラエルが狙撃銃を撃った。銃弾は的確にヒュドラの頭に当たるが、仕留めるに至らない。


「奴の最大の特徴は首だ!」


 ジンが叫んだ。


「九つの首のうち、一つを除いて、他のは倒しても傷口から首が倍になって増える!」

「なにそれ、やべぇ!」


 ベルデが、ヒュドラの吐くブレスを回避する。


「ゲ、こいつ毒液も吐くのか!」

「気をつけろ!」


 ジンが再度叫んだ。


「ヒュドラの毒は、不死者も殺す猛毒だ! 絶対に触れるな!」

「不死なのに、死ぬってどういうことだよ?」

「俺の知ってる伝承だと――不死を持つ者が、ヒュドラの猛毒に触れてしまい、死ぬほどの苦痛に苛まれたが、しかし死ぬこともできず治療もできないから、不死の力を返上して、ようやく死ぬことができたんだそうだ」


 そいつはおっかない。あれだな、黒バケツ隊やそれに類する多重の呪いをかけた者たちが、死にたいのに死ねない苦痛に永遠に苦しめられるのと同じだ。


 違いを言えば、ヒュドラのは呪いではなく毒だから、カースイーターで駆除できないということか。喰らうと、せっかくの不死の予防線も通用しないかもってことだな!


「魔法以外、届かないのでは!?」


 ドルーが言いながら、岩のスパイクを生成してヒュドラめがけて放つ。鋭い先端が、ヒュドラの首の一本に突き刺さる。


「おっ、意外と柔らかい……?」


 その瞬間、岩スパイクが抜けて、その傷から新しいヒュドラの首が生えてきた。


「うわ、あれがそうか!」

「傷口を燃やせば、新しい首は生えない!」


 ジンが言った。


「敵の首に傷をつけたら、魔法でもなんでもそこを焼けば、頭は増えないし、切り落として数を減らしていける!」

「と、いうことね!」


 リルカルムが指先に炎を形成した。


「ソルラ、適当に飛んで、あいつらの首を落として! ワタシがそこにファイアランスをぶつける!」

「わかりました!」


 翼を広げたソルラが、瞬時に反応した。下に向きかけたヒュドラの頭が、ソルラを追い、ファイアブレスを放った。


「遅い!」


 素早く相手の下に潜り込んだソルラが、剣に光の力を溜めて一閃。その首を刈った。すかさずリルカルムが炎の槍を放ち、落ちた首、その傷跡を焼いた。

 ヒュドラが怒りの声を上げる。助言通り、焼けた傷から首は生えなかった。


「手順がわかれば! ――ドルー、お前の魔法で奴の首を落とせるか!」

「おそらく!」


 先の攻撃では傷はつけられたが落とせなかった。その上で、やれるというのなら、加減を掴んだのだろう。


「なら、頼む。傷口は俺の炎の呪いで焼く!」

「了解です、アレス様!」


 ドルーが先のスパイクより一回り大きなものを生成、そして放った。今度は首を一撃で分断できる大きさだ。よしよし、露わになった傷口に呪炎を飛ばす。呪いで燃えるが、呪いが効こうが効くまいが炎で傷口を焼ける!


 あー、くそ、もう少し余裕があれば、呪いが通用するか試したい。今はまだヒュドラの頭が多く、例の猛毒で挟み撃ちにされるような危険を早く排除したいから余裕がないが。


 ソルラ、リルカルムと、ドルー、俺で、ヒュドラの首を一つずつ刈っている。ヒュドラは炎、電撃、毒のブレスをランダムにまき散らしているが、前衛のシヤン、リチャード・ジョー、ベルデがうろちょろすることで注意を引いて、攻撃を分散させていた。


「もっと踏み込んでくれれば、こっちからも仕掛けられるのに!」


 シヤンが唸った。浮遊する足場の周りを、ヒュドラが飛んでいるから、近接型にはとことん相性が悪い。

 ヒュドラの首が、減ってきた。傷口を焼いて再生しなくなったそれが、まるで切り株のように見せる。


「残り1本!」

「他がなくなっても生きているなら、そいつが再生しない、ヒュドラの本体だ!」


 ジンの助言。リルカルムが、魔力を集める。


「再生しないのなら――」

「これで終わりです!」


 高空からダイブしたソルラが、ヒュドラの最後の首を切り落とした。直後、リルカルムの放った光の魔法がヒュドラの胴体を一挙に焼いて……墜落させた。


「倒せた、か……?」


 リチャード・ジョーが盾から顔を覗かせる。シヤンが下をじっと見下ろす。


「落ちたのだぞ」


 倒した。……ほぅ、緊張感が半端なかった。不死者も殺す猛毒なんて厄介な能力持ちだったから、自然と構えてしまったな。仲間たちが毒を浴びてなくてホッとする。


「魔法陣だ」


 ベルデが言った。新しい魔法陣。階移動用のそれだ。


「今度こそ64階、突破だな」


 俺はジンに歩み寄った。


「的確な助言だったな。……前にも戦ったことが?」

「……そうですね。遭遇した数なら、そこそこ」


 なるほどね。倒したかどうかは別として、遭遇回数も多ければ、習性や対処方法もわかってくるものだ。


「アレス、ヒュドラの死体ですが、どうします? 回収されますか?」


 ジンが確認してくるのは珍しいな。何かあるのかな?


「……お前の意見は?」

「どうしても欲しいなら仕事なので、取ってきますが、多少めこぼしていいなら、拾わないほうがよいかと思います」

「猛毒、か?」

「はい。うっかり触れたら最期ですから。私たちはともかく、引き渡したギルド職員や、素材購入者が毒で死なれるのは、寝覚めが悪いですからね」

「それもそうだ。あれはスルーしよう。危険だ」


 さて、先へ進もう。

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