第211話、魔の塔ダンジョン65階


「これは一体、どういうことですか!」


 邪教教団モルファーの魔の塔ダンジョン指導者であるリマウ・ランジャは、硬質な声を発した。


「アレス・ヴァンデの侵攻の時間稼ぎのために、ヴァンデ王国からガンティエ帝国に移動したのに、肝心のアレス・ヴァンデがこの塔にいるとはどういうことなのか!」


 これでは移動した意味がないではないか。リマウの怒気を含んだ声に、上級魔術師らは顔を見合わす。一人、泰然としているハディーゴが自身の顎髭を撫でた。


「こちらの移動前に、塔の中にいたんでしょうなぁ。スタンピードの直後には、もうやってきていたとは。マメですな」


 普通なら一日くらい休んでから、少しでも万全に近い状態にしてから乗り込むものだ。


「マスター・ハディーゴ!」

「あまりに迅速な動き。誰が予想できましたか?」

「……」


 さっさと生贄でもなんでも使って邪神復活をしておけばこんな気を揉まずに済んだ、と、ハディーゴは暗に言っていた。


「今更言っても仕方のないことだ。肝心なのは、空気を読めずにやってきた英雄王子たちをどう対処するか、でしょう」

「対処もなにも」


 リマウは苛立ちを隠さなかった。


「迎え撃つしかないでしょう。我らここにいるモルファー団員の総力を結集して」


 上級魔術師たちは互いを見ながら頷きあった。


 ――それでどうにかなるのか?


 ハディーゴは内心呟く。とうとう65階に達したアレス・ヴァンデ一行。その数は一時期に比べて減少し、今では10人前後。しかし精鋭も精鋭。数を向ければ勝てるなら、とうに返り討ちにしていたはずだ。


 ――束でかかれば勝てると、まさか本気で思ってはいまいな……?


 これまで何度刺客を差し向け、失敗してきただろう。もういい加減、邪神復活に賭ける以外に、アレス・ヴァンデを倒せる方法がないというくらい悟るべきではないか。


 ――まあ、愚か者どもは、ここで始末されるとして。どうしたものか、なにかこう、こいつらの死を利用できないものか。


 ハディーゴは、同僚たちを目だけで見回す。邪神のため、とか教団のため、とか耳障りのいい言葉を重ねて、リマウのご機嫌をとっている低能たち。そのリマウはこの場で一人、憮然としている。


 ――あるいは覚悟が決まったか?


 ハディーゴは冷めた目になる。邪教教団モルファー、魔の塔ダンジョン部隊の総力を投入する戦いが、始まろうとしていた。



  ・  ・  ・



 魔の塔ダンジョン65階。そこにあったのは巨大な大木。ひょっとして――


「伝説の世界樹か……?」


 あまりに巨大過ぎる木が立っていた。それは俺が見た山より高く、天に届くかのようだ。ベルデが口を開いた。


「世界樹って、おとぎ話の?」

「実在するかは知らない。でも、存在するなら、これくらいの巨木になるんじゃないか?」


 俺は、物知りなジンに意見を求める。回収屋の彼は、小首を傾げて巨木を見上げる。


「おそらくですが、世界樹ではないと思います。そもそも、世界樹は魔力の源。これがここにあったとすれば、とうの昔に邪神だかは復活しているでしょう」

「確かにそうねぇ……」


 リルカルムはその細い顎に指を当てた。


「聞いた話だと、王都に魔の塔ダンジョンが現れて三十年だっけ? ワタシも本物にお目にかかったことはないけれど、伝説の世界樹なら、ジンの言うとおり三十年もかかっていないわ」

「とすると……」

「幻覚ですか……?」


 ソルラが言った。これまでも、ありえない環境を平然とぶち込んできたダンジョンだが、さすがに限度はあるかもしれない。


 リチャード・ジョーが辺りを見回す。


「世界樹が幻だというなら、我々の目をそちらにやりたいという視線誘導の罠かもしれませんな。案外、近くに次のフロアの階段なり魔法陣があるかも――」

「どうした?」

「ありました、アレス様。あれ、魔法陣ですよね?」


 リチャード・ジョーが指さした先に、魔法陣が淡い光を放っている。まず世界樹に目が行き、そちらに少しでも歩き出したら、完全に見落とすところだった。

 ドルーが振り返る。


「我々が来た64階の魔法陣がこちらなので……そうですね。間違いなさそうです」


 いつぞやのピラミッド階から、たまにある誘導罠だ。そう何度も同じ手が通用するか。


「65階って言う割には、あっさりだったな」


 ベルデが笑った。俺は魔法陣に近づく。


「これ、偽物だったりしないよな?」


 あまりにあっさりしているから、ちょっと引っかけのように感じた。誘導罠と見せかけた、二重の誘導。あからさまに罠を見せることで、避けさせたら、実はそこに罠がありました、ってパターン。


「特に怪しいところはない」


 レヴィーが、しげしげと魔法陣を眺める。これまで使ってきた魔法陣と見た目の違いはなさそうだ。ベルデが肩をすくめる。


「脅かさないでくれよ、アレス」

「簡単過ぎて、むしろ怪しいなって思っただけさ」


 ジンもリルカルムも、問題ななさそうと行ったので、俺たちは魔法陣を利用した。65階、クリア――



  ・  ・  ・



「クリア、ではなかったですね」


 ジンは苦笑した。俺も片方の眉を吊り上げた。


「そういや、64階も、最初の魔法陣はフロアボスのところへ飛んだっけ」


 俺たちの目の前には巨大な縦穴があった。さっきの世界樹を近くでみたら、これくらいの大きさがあるかもしれない、と思えるほどの大穴だった。

 ティーツァが眉を八の字に下げた。


「普通に考えると、この下へ降りていくパターンですよね……?」

「普通は、だな」


 うへぇ……。かなり深いというか、底が見えない。飛行型の虫系の魔物が、ゆったりと飛んでいるのが見える。よくよく見れば縦穴の外周に沿って、下へと向かう足場らしきものが見えた。


「さっきの世界樹が視線誘導の罠だとしたら……」


 俺が顔をあげれば、ソルラとベルデも真上を見た。


「……何かありますね」

「あるな。足場? 板?」


 宙に何か浮いている。


「賭けないか? あの板みたいな足場の向こうに次の魔法陣があるかどうか」

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