第203話、八方ふさがりな大将軍
帝都ドーハスに、魔の塔ダンジョンと思われる謎の塔が建った。
その報告は、パウペル要塞にも伝わった。
しかしラウダ・ガンティエ皇帝は、相変わらず部屋にこもり、女遊びに興じている。ジャガナー大将軍は、伝令に皇帝陛下に伝えるよう命じて、軍議室へと戻った。
そんな大将軍を見やり、副官は言った。
「伝令が、皇帝陛下にお伝えできるのはいつのことになりますやら」
「我々でさえ会えぬのだ。仕方あるまい」
大将軍や大臣らが面会できるなら、直接お伺いもできるが、誰が行っても同じなのでは、もはや会えるまで待つという根気は、ジャガナーに残ってはいなかった。
「皇帝専属の従者たちに伝えてもらいますか?」
「ちゃんと伝わったか、見える位置にいるならともかく、そうでないならちゃんと皇帝の耳に入ったか確認できない」
愛人と行為にふけり、伝言もうわの空では意味がないのだ。
それでなくても、ここのところ頭が痛いことばかりである。帝国の危機だが、動けない現状。ハルマーとハルカナに、各地で帝国軍は撃破され、日を追うごとに劣勢度合いが増している。
ナジェ第二王子の傭兵軍が、ハルマーの進撃を足止めさせているから、まだ中央まで攻められていないものの、それがなければ、帝都辺りまで敵の侵攻を許していただろう。
「いっそ、我々も軍を解体して、王子殿下の傭兵軍に参加すれば――」
言いかけ、しかし大将軍は、口をつぐむ。
皇帝から動くなと言われている以上、身動きできない帝国軍。ナジェは先手を打って、独自行動の自由を得て、侵略者と戦っている。パウペル要塞にこもっている軍が出撃し、王子の傭兵軍と合流できれば、この防衛戦にもまだ勝機はあるかもしれない。
だが、皇帝の軍である。正規に辞めるにしても手続きというものが必要だ。そして皇帝が、それを許可するとは思えず、では勝手にやれば脱走、叛逆ととられる恐れがあった。
「大将軍閣下」
「おう」
貴族出の将校が数人やってきた。何やら重要な報告があるというので、人払いの上、軍議室での面談をするのである。
ジャガナーは、内心、ナジェ第二王子に倣って行動するように求めるとか、皇帝を見限ろうとかいう、よろしくない話になるのではないかと警戒していた。
やたら深刻ぶっている貴族将校の顔を見回し、いざ報告を受ける。その内容は――レムシー皇女関係だった。
「先日、貴族の子女を集めたパーティーが開かれたそうなのです」
帝国が大変な時に何をやっているのか――ジャガナーはあからさまに不機嫌になる。だが報告に来ている貴族将校ではなく、その息子や娘たちの話というので、直接不満をぶつけたりしなかった。
レムシーと聞いただけで、反射的に表情が曇るようになったジャガナーである。
「それがまあ、口に出すのも躊躇われる……その、あまりよろしくないパーティーだったようで」
「乱交でもしたか?」
貴族のボンボンがハメを外し過ぎて、やらかしてしまうという話はなくはない。あまり聞きたくはなかったが、ジャガナーは詳しい話を聞いていく。
「レムシー皇女殿下は、被虐性癖にお目覚めになられたようで――」
「自ら奴隷の烙印を体につけらまして――」
「参加した貴族子女から、玩具のように扱われられたとか――」
「人間をお辞めになられたように……その、まるでペットや家畜のように――」
聞きたくなかった。ジャガナーは深々と溜息をついた。貴族のお遊びというのは、極端というか、度し難いものがあることもある。
「皇女殿下が望まれたこととか言っておりましたが――」
貴族将校らの言葉は、どこか言い訳じみてきた。レムシー皇女にやれと言われたらやらないと罰せられる云々。
「……つまり、今、あの皇女には、奴隷印が刻まれていると?」
どこまで堕ちたのか。
「皇帝陛下の耳に入ったら……」
ジャガナーの言葉に、貴族将校らは青ざめる。
そう、彼らはそれを恐れていた。たとえ皇女が命じたからだとしても、皇帝が自らの娘を傷物にされ玩具にされたと聞いたら、パーティー参加者全員、そしてその巻き添えで一族郎党、処罰される可能性があった。
わざわざ大将軍に報告したのは、子供らのお遊びのせいで自分たちの首も危なくなったからだった。
このとても大変な時局に、帝国軍将校も絡む大粛清などやられたら、本当に帝国は滅びる。
――あのクソ姫は、どこまで帝国の足を引っ張るのだ!
ジャガナーの胃が痛んだ。貴族将校の一人は言った。
「先日、皇女殿下が購入した大船――プリンセス・レムシー号とか」
その名前を聞いただけで、むかつくジャガナーである。
湖に大きな船を浮かべるだけ、というのは、何という金の無駄遣い。大きな湖なら、陸路を迂回するより早いだろうということではある。だがわざわざお姫様の専用船が、そのような貨物船や客船のようなことをするわけがない。しかも元からそこにあった船ではなく、余所から持ってきたものである。帝国魔法団に作らせた、まったくもって無駄の極みであった。
「何でも今その船、奴隷姫の船とか呼ばれているとか――」
「もういい、聞きたくない」
ジャガナーは遮った。奴隷ゴッコに興じている愚かな皇女の話など、不快そのものだった。
どうしてこうなった? ジャガナーは頭を抱える。
ガンティエ帝国は、もう滅茶苦茶だ。自分は一体何をやっているのか、本当にわからなくなってきた。
これからどうすればいいのか。どうすればこの難局を乗り越えることができるのか。
ただ一つ、はっきりしていることがある。もし、帝国が滅びることになったら、その戦犯は間違いなくレムシーだろう。我が儘で振り回し、周辺国の関係をこじらせ、いざ戦いとなれば無駄金を使い、味方の足を引っ張り、貶めだ。しかもそれを本人が無自覚でやらかしているのだから、始末が悪い。
その働きは、国を滅ぼした女として歴史に名が残る……そう思っただけで、血管が切れそうだった。
――しかもここにきて、魔の塔ダンジョンが帝都に……。
放置しておけば、邪神が復活するとかどうとか言われている。何故、今現れたのかは謎だが、復興したのち、皇帝の居城の近くに危険なダンジョンがあるのは如何なものか。
帝国軍は現状、対応できない。周辺国との戦いで兵力に余裕がない上に移動を封じられているせいだ。
――これが他国なら冒険者ギルドを使って、冒険者を送り込むのだが……。
ジャガナーは眉間にしわを寄せる。
魔物狩りやダンジョン探索など、何でも屋的に活動する冒険者たち。職業としては、各国に存在し、割とグローバルに活動しているが、ガンティエ帝国においては、少々事情が異なる。
ギルドこそ存在しているが、帝国の特殊工作部門の一つとして活動しており、冒険者身分を活用したスパイが多かった。つまり、純粋な冒険者はわずかしかいないのだ。
当然、ヴァンデ王国がやっているような、冒険者が魔の塔ダンジョンを攻略する、という手は、ガンティエ帝国ではほぼ不可能であった。
「大将軍閣下!」
伝令が入ってきた。また何かよからぬ報告か、と半ばうんざりするジャガナーだったが。
「皇帝陛下がお呼びです、至急参られますよう……」
「!?」
まさかのガンティエ皇帝からの呼び出しだった。久方ぶりに顔を合わせて、色々相談できると喜ぶべきところだが、貴族将校らのレムシー絡みの件もあって、素直に喜べなかった。
やはり、あの女は疫病神だ。
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