第202話、魔塔、帝都に建つ


 その日、ガンティエ帝国帝都に、巨大な塔が突如として出現した。

 復興中の帝都住民や警備隊は、突然現れた禍々しき巨塔に驚愕した。


「一体何です、あれは!?」

「わからない! おれが知るか!」


 不安が広がる中、警備隊の騎士と兵が駆けつける。真っ黒な塔の一階部分に駆けつけた警備隊は、ただちに封鎖線を設置した。


「何とも、禍々しいですねぇ。まるで悪魔の巣窟みたいだ」

「中の様子は?」

「入り口から除いた分には、広々としています。ぶっちゃけ、魔塔ですわ。中と外の大きさがつり合っていません」


 古参兵の報告に、騎士は小刻みに頷いた。


「ダンジョンか」

「おそらく」


 古参兵も塔を見上げる。


「何だっていきなりここにダンジョンが出てきたのか。……十人長殿はご存じで? 帝都にダンジョンがあったとか、そういう類の噂とか」

「いいや、知らないな。貴様も知らんだろう」

「だとすると……心当たりは一つしかないですな」

「ああ。……魔の塔ダンジョン」


 隣国ヴァンデ王国の王都に建っているという、邪教教団の作ったという人工ダンジョン。かの王国に建って30年。それ以前から、突然現れ、その国を破滅に導くなどという伝説が残っている。


「とうとう、帝国にも現れたというのか……」

「しょせん、お伽話――と言えれば楽だったですが」


 古参兵は渋い顔になる。


「お隣さんの王都には、それが建っているって言うんですからね……」

「……」


 騎士は浮かんだ言葉を飲み込む。現れた国を破滅に導く――その魔の塔ダンジョンが、帝国に現れたということは。


「いよいよ、帝国も終わり、ですかねぇ……」

「おい!」


 古参兵が言ったそれに、騎士は目を剥く。本来であれば、帝国の終焉などと軽々しく口にしていいものではない。それが上官に伝われば、即刻逮捕、あるいは帝国への忠誠に欠けるとして処断される。


「小隊長殿、今さら取り繕ってもしょうがありませんぜ」


 古参兵は、平然と言った。


「最近の帝国は、随分とヤバいことになっているじゃあありませんか。西のヴァンデ王国に喧嘩を売っていたら、帝都は焼け野原。謎の巨人が帝国内で暴れ、東のハルマーが攻めてきた。そして南のハルカナまで侵攻してきたって話じゃないですかい」

「……」

「肝心の皇帝陛下は、帝都からお隠れになり、お山の要塞にこもって、淫蕩に溺れていらっしゃるとか」

「おい、貴様!」


 さすがにこれ以上は、騎士として兵を率いる立場として見過ごせない発言だった。胸ぐらをつかまれ、しかし古参兵は悪びれない。


「小隊長殿、皆知ってる話です。今さら部下の誰が聞いても初耳、なんて奴ぁいません」


 そう言われると、そうかもしれない、と騎士は殴りかけた拳を引っ込めた。事実、騎士も、同僚も上官も皆、その話を知っているという雰囲気があった。


 最近は、皇帝の悪評ばかりが聞こえてくる。帝国の大事にも関わらず、引きこもって指導者としての責務を果たさない。

 帝国軍内部でも、周辺国侵略に対する有効な反撃の準備も対応も取らないガンティエ皇帝に不満が続出している。


 これまで、皇帝への悪評が兵の間に知れ渡るということは、なかったことだ。皇帝への悪口、政策批判などしよう者なら厳罰に処される。今では、誰もそれを咎めず、見て見ぬフリをしている。何故なら、皆、大なり小なり共通の不満と、将来への不安を抱いていたからに他ならない。


「皇帝は穴倉で女の穴を掘って、皇女は、どこぞの湖に自分の名前を冠した船を浮かべて、こちらも腰を振っているそうじゃないですか……。いやー、いい気なもんですなぁ!」


 古参兵は怒っていた。


「帝都の復興は遅々として進まず、仮に復興しても、蛮族どもが攻めてくるかもしれないっていうんでしょ……! 一体おれたちは何をやってるんですかねぇ?」


 騎士は、手を放した。古参兵は襟元を正す。


「失礼しました」

「……気持ちはわかる」


 騎士も、内心の苛立ちを押し殺すが、吐く息には怒りがにじみ出る。


「皇帝の一族でまともなのは、第二王子のナジェ様だけだ」

「しかし、そのナジェ様も、帝国軍を抜けられたと聞きましたが?」

「皇帝陛下が現状維持を命じて、有効な反撃がとれんからだ。ナジェ様は自由に動き、独自に蛮族どもと戦っていらっしゃる」

「平時の評価は最低だったナジェ王子が、まさか一番まともとは、皮肉なもんですな」

「兵隊としては、有事に頼りになるほうがありがたいのだがな」

「部下としてお仕えするなら、まだそちらの方がよいでしょうな」


 皇帝やレムシー皇女のような、いざという時に役に立たない者よりも。


「まだ、と言ったか?」

「本音を言っても、よろしいですか?」

「今さらだな。言ってみろ」

「どうせ戦うなら、ナジェ様のような方の下がいいですが、できれば戦場ではない場所にいたいものです。自分は死にたくないもので」


 古参兵は明け透けだった。


「あの人の部隊にいたら、間違いなく激戦地じゃないですか。それは勘弁です」


 帝国のために奮戦しているナジェ王子。このまま帝国が敗れることになれば、処刑されるだろうリストのトップだろう皇帝一族だから、必死に戦っているのかもしれない。だがその下で、戦うというのは、確かに激戦地だろうと騎士は思った。命がいくつあれば足りるだろうか?


「……それはそれとして」


 騎士は、現実に戻る。


「貴様はどう思う? 魔の塔ダンジョンだろうが、上官に報告するために、調査するべきだと思うか?」

「……やめておきましょう」


 古参兵は首を横に振った。


「こういう塔が出現しました、と上官に報告し、皇帝陛下のご判断を仰ぐべきだと思います」


 それは――騎士は、古参兵の具申が、結果的に『うやむや』になることを意味していた。


「聞けば、ヴァンデ王国は30年もあの塔を攻略できずにいたとか」


 古参兵はしれっと告げた。


「これは国の大事ですので、皇帝陛下のご判断のもと、正規の軍を編成して挑むべきことです。1個小隊が乗り込んだところで、全滅がオチです。小隊長殿も、下手に手柄など考えないことです」


 古参兵は不敵な笑みを浮かべた。


「この塔、最低でも30年くらいは放っておいても大丈夫そうなので、まあ、何かある頃には、我々も兵隊を引退しているでしょうし、死に急ぐことはないと愚考いたします」

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