第116話、川を越えて
ダンジョン44階に到着すると、少し先に巨大な川が右方向から左方向へ流れていた。
左からは轟々たる滝の音が響いている。対岸まで二百メートルほどか。大雨の後の暴れ川のように茶色く濁り、様々なものが流れている。
「……というか、これ本当、どこから流れているんだ?」
足場になりそうなものが山ほど流れているが、おそらく思い切りジャンプしても次の足場に届くかどうか怪しい。しかも流れに沿っているせいか、漂流物もそれに従って右へ左へ曲がる。流れの読みも必要だ。
一度でもモタつけば、滝つぼに真っ逆さま。これは正規ルートも横断は難しい。
「よくこんなところを行けたな?」
突破者であるシヤンとジンを見れば、獣人のハーフであるシヤンは頭をかいた。
「いやあ、自分でもよくここを抜けられたと思ってるぞ。またやれ、と言われてもどうかなぁ」
何なら45階に到達しているんだから、転移陣使って対岸にいてもいいんだぞ、シヤン。
対してジンは。
「まあ、浮遊魔法を使いました。絶対に足場を使わなくければいけないってわけでもありませんし」
「浮遊魔法!」
聞いていたリチャード・ジョーと『鉄血』の仲間たちが声を上げた。
「そうか……! その手があったかッ!」
「いや、しかし浮遊魔法を使える奴をここまで連れてくるほうが大変――」
おじさんたちが頭を抱えている。その様子をニヤニヤして見ているリルカルムとベルデ。ソルラが振り返った。
「アレス。あれを――」
「おっ、ここで足踏みしているもう一つのパーティーか」
確か『アルカン』とか言ったな。ギルドでボングに聞いた話だと、魔術師をリーダーに、重戦士、魔法戦士、アーチャーにヒーラーとバランスのとれた五人組だそうだ。
「アレス・ヴァンデ大公閣下とお見受けします」
さっそく、リーダーの魔術師――二十代後半くらいの痩身の男、ベガ・イスターが挨拶にきた。
「そうだ。アルカンの、ベガ・イスターだな?」
「名前を覚えていただいているとは、光栄です、閣下」
ベガが恭しく頭を下げる。
「閣下もこれからこの川を渡るので?」
「その通り。それにしても流れが速いな」
「はい、閣下。我々もどうにか渡る方法を考えているのですが……」
「手が思いつかない」
「はい、お力になれず、申し訳ありません」
なるほど、やはり彼らアルカンも、全員で突破する方法を模索している最中というところか。
「謝らなくてもよい。ここまで来ただけでも、私が求める45階以降に挑戦する資格のある冒険者だ。これからは我々は、この川を渡る。お前たちも来るな?」
「願ってもないことです。しかし、よろしいのですか? この川を渡る方法は――」
「今から見せるが、このことは、他言無用だぞ」
アルカン、そして鉄血のメンバーにも、徹底しておく。もちろん、どこかで情報は漏れる可能性はあるが、言っておくのと言わないのでは差があるからな。
「レヴィー、頼む」
『任せて』
突然の念話が聞こえて、アルカン、鉄血それぞれが驚く。しかし驚愕するのはここからだ。可憐な少女が、姿を変えて巨大蛇竜となっていく。
「なっ、なっ、なぁぁー!?」
「ドラゴン、なのかっ!?」
「お、大きいっ!?」
巨大なるリヴァイアサンは見る間に、対岸に頭が到着した。即席の大橋の完成である。
『いいよ、乗って』
再度聞こえた念話。シヤンとベルデが先頭を争うように、レヴィーの体の上に乗った。うちのパーティーメンバーが続き、俺も後を追う。
「お前たちも来い」
促されて、ポカンとした冒険者たちが慌ててついてくる。とはいえ、最初はおっかなびっくり、リヴァイアサンの体に乗る。
「本当にドラゴンに乗っているのかオレたち……」
「夢を見ているんじゃないか」
やはり驚きを隠せないようで、リチャード・ジョーら年配冒険者たちも浮ついているしまっていた。リヴァイアサンの橋の下を濁流と足場が猛スピードで流れていくが、今の俺たちからしたらまるっきり眼中にない。
先に渡ったシヤンとベルデが対岸に到着した。ベルデが息を切らしているのは全力で走ったからか? そんな急ぐ必要あったかわからないが、隣でシヤンが大笑いしているのを見ると競争でもしていたのかもしれない。
「緊張感のない奴らだ」
「ですが、レヴィーに乗っている限り、安全のようですよ」
ソルラが俺の少し前を歩きながら言った。
「さっきから虫型の飛行モンスターが突っ込んできているんですが、レヴィーが防御魔法のような膜を展開しているみたいで、勝手にモンスターが落ちていきます」
壁にぶつかって潰れるように、巨大なトンボやハチが、川に落ちて消えていく。……ここまで楽できるとはさすがに思っていなかったんだが。
ということで、あっという間に川を渡りきり、モンスターもほぼ勝手に自滅した。
フロアボス、巨大なトンボよりさらに一回り大きなハエ型モンスターもあっさり返り討ちにした。
「案外弱かったわね」
リルカルムが不満そうに言えば、ジンは苦笑した。
「不安定な足場を渡っている時の妨害が目的みたいなものだからな。あの見た目だし、どうしても見てしまうから、それに注意を持っていかれると……ドボンとか、飛び移るタイミングを逃して滝へ、ってパターンになる」
そりゃ生理的に嫌悪感を抱く生き物が自分に向かって飛んでくるとか、虫嫌いは目が離せなくなるだろうな。あれだけ大きければ見失うなんてこともほとんどないだろうし、あれが気になったら、川の流れに殺されると。
……こういうボスもいるんだなぁ。地形や階に沿った戦い方とか、これを考えた邪教教団の連中は賢い。
かくて、俺たちは44階を非常に簡単に突破した。40階超えてから、こんな簡単なところが果たしてあったのか? レヴィー様々だが、もし彼女がいなかったらどうなっていたか……。
ソルラは自力で飛べるし、捕まえたグリフォンを使って往復すれば、川渡りも楽にできる。モンスターには対応が必要だが、レヴィーがいなければ突破できなかったことはない。ここまで楽はできなかったが、他の方法で実行できたならズルとは言えない。
さて、これで次は45階。冒険者ギルドにとっても、まったく未開の世界だ。
果たしてこのダンジョンは、何階存在するのか? 邪神復活を阻止するため、攻略は続く。
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