第115話、男たち
「――まだ、ギルマス代理を名乗っているのか。いつになったら正式にギルドマスターになるんだい、ボング?」
俺が言えば、ギルマス代理は苦笑した。
「まあ、なあなあのまま続いているという感じですかね」
それで、肝心の45階到達冒険者たちだけど、どんなものかね?
「パーティーは四つ……あ、いや三つですかね」
「一つ減った」
「45階を突破しようと行って、帰ってこなかったので」
そういうことか。魔の塔ダンジョンを攻略しようという気持ちがある者はちゃんといたんだな。
「正直、さすが40階以上というところですね。これまでも45階の突破に挑んで、帰ってきた者はいません」
階入り口まで到達して帰ってきた例ならあるが。シヤンとかジンとかな。
「後は個人勢が三、四人というところでしょうか」
「個人勢なんているのか?」
「シヤンも、アレス様のパーティーに加わるまでは個人勢でしたよ」
ボングは指摘した。
「個人勢と言っても、一時的に他のパーティーと組んだり、個人勢同士で共同戦線をはったりとか、色々ですがね」
完全に一人攻略はいない、とボングは言った。俺はソルラを見る。
「35階までなら、ソルラも一人で突破できるもんな」
試練の間では、彼女は単独で魔の塔ダンジョン攻略を課せられた。そしてその試練を見事果たして劇的な能力アップを成し遂げている。
「あれはいくら死んでもいい状態でのものですから、同じ条件なら私など1階でやられてしまう雑魚ですよ」
「謙遜だぞ」
「本当ですって」
シヤンの突っ込みに、ソルラは否定した。これにはベルデも肩をすくめる。
「はいはい、そういうことにしておきますか」
「本当なのに……」
あれだけ強くなったソルラを見た後だとな、自身を雑魚と呼ぶのは謙遜か嫌味にしか思えないよな。
俺はボングに向き直る。
「45階に近いところまで来ている冒険者やそのパーティーはあるか?」
この時期にその辺りを挑んでいる冒険者は、ダンジョン攻略に向けて、俺たちと同行したいって考えている者たちだと思うが。
「ええっと……あー、いますね。44階で足踏みしているパーティーが二つほど。43階に挑もうとしているパーティーが一つ。42階にも一つですね」
「いまダンジョンにいるのか?」
「44階挑戦組、『アルカン』がダンジョンに潜ってますね。もう一組の『鉄血』は……あちらに」
冒険者ギルドフロアの休憩所の一角に、重装備の中年組冒険者たちがいた。何やら深刻な顔をして会議中の様子。……おや、あれは。
俺は、そのまま鉄血というパーティーのもとへ向かう。
「やあ、リチャード・ジョー」
声をかければ、男たちは睨むような顔を向けてきて、すぐに表情を和らげた。
「や、これは! アレス・ヴァンデ大公!」
「おおっ、大公様!」
冒険者ギルドが不正の温床になっていた頃、ギルドをやめていた元冒険者のリチャード・ジョー。かつて俺の知り合いであったフランク・ジョーの息子であり、以前一回会ったのだが。
「冒険者に復帰したのかい?」
あの時は前ギルマスら不正組の粛正を逃れて、ギルドに関わらないように忠告してくれたのだが、ここで武装しているということは、復帰したんだろう。
「ええ、ギルドが健全化したと聞いたもので」
少し恥ずかしげに、リチャードは言った。周りにいる中年男たちも、目を輝かせて俺を見ている。
「大公閣下が、魔の塔ダンジョン攻略に取り組んだと聞き及び、お力になろうと老骨に鞭打って馳せ参じた次第」
彼ら中年冒険者は、五十年前の俺の悪魔退治の英雄冒険譚を子守唄同然に聞き、騎士や冒険者を志した口だという。ソルラや一部若い冒険者たちもそうだが、この中年世代はその英雄譚の直撃世代らしく、英雄王子が帰還したならばと再び武器を取り立ち上がったらしい。
……こっちが小っ恥ずかしくなるな。志は立派なのだが、憧れの対象として見られるのはどうもね。
何はともあれ、彼らも現状を憂い、状況を変えるべく行動に移した。冒険者に復帰し、命の保証のないダンジョンに挑む。いい歳なのだから、帰ったら体が悲鳴をあげているのではないか、と心配になるが、それでも44階に挑んでいるのだから大したものである。
「で、何を話していたんだ? 44階突破の作戦会議か?」
「まあ、そんなところです」
リチャードは言ったが、言葉に力はなく、一同が項垂れるように顔を下げた。あー、これはあれか。
「川渡りか」
「はい。流れが早く、足場を乗り継いでいくのですが……。43階でも四苦八苦していたのに、それ以上に流れていく足場が相手では、何人か流されてしまうのが確実なので」
43階同様のペースでは突破できない。彼らはそう結論を下した。しかしここまでやってきた仲間ゆえ、全員で突破する方法がないか、知恵を絞っていたらしい。
体力的にも全盛期には及ばないにも関わらず、王国のため命を賭けて前線に戻った男たち。それでも何だかんだで43階まで突破した猛者である。こんな男たちがいるなら、この国も捨てたものじゃない。
「俺は、戦場で戦うならば、お前たちのような勇士と共に戦いたい」
「大公閣下……?」
「実は、俺たちも44階に挑むところだが、楽に抜ける方法があるのでな。もう少しで45階に辿り着けそうな精鋭も一緒に連れていこうと思っているんだが、一緒に来るか?」
「それは……!」
リチャード・ジョーと仲間たちは驚いた。
「お声をかけて頂き、恐悦至極に存じます」
「しかし、よろしいのですか? 我々は44階を自力で突破しておらず――」
「45階というのはあくまで目安だ」
俺はきっぱりと言っておく。
「40階までをくぐり抜けられたなら、充分戦力だ。それに44階のような障害が今後あろうとも、フォローできる範疇だ。後はお前たちの勇気次第だ。……勇敢さは、もう充分持っていると思うが?」
一度は辞めた冒険者に戻り、魔の塔ダンジョンに挑む。それだけで、もはや彼らを臆病者などと言えようか。やり直そうと奮起するのは難しい年頃なのを加味しても。
「はい!」
リチャード・ジョーは頷いた。
「アレス大公のご厚意に、甘えさせていただきます。王国のため、閣下のため、この命、捧げます!」
彼の仲間たちもそれに倣った。
五十年前にも、こんな男たちがいた。俺が呪いを抱えて大悪魔を討伐して回っていた頃、たとえ悪魔に勝てずとも、俺の助けになりたいと様々なところで尽力してくれた騎士や家臣、王国民たち。
この王国は、俺が守るに充分な、よい民に恵まれている。
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